第六話 集結

 リリーはエタに向ける表情とは全く異なる柔和な笑顔を子供たちに見せた。

「お話は終わったわ。でも私はこれからこのお兄ちゃんと一緒にお仕事に行かなければいけないの」

 そうリリーが言うとエタへの視線がますます厳しくなった。

「ごめんね。すぐにリリーさんが帰ってこれるように努力はするから」

 言い訳のようにしゃべってからすぐに退散し、リリーもエタについてくる。

 彼女と一緒に心当たりのある人物を訪ねていくことにしたのだ。

 ちらりと後ろを振り返るとぶんぶんと手を振る子供たちとそれに微笑みを返すリリーがいた。

「……君、本当に器用だね」

「はあ? こんなもん誰だってやってることだろ」

 そうかもしれないとエタは思った。

 人は大なり小なり裏の顔と表の顔を使い分ける。

 エタもそうしたことがあるし、何かを演じることが窮地を脱する手助けになったことは一度や二度ではない。

 ならば正直さを美徳とすべきという教えは何なのだろうかとも思わなくもなかったが。

「で? 私は誰に野外生活術を教えればいい?」

「ラッザっていう人。正確にはその人がギルド長の『荒野の鷲』っていうギルドの構成員に君の知識を教えてほしい」

「ギルド長様が大人しく私の言うことを聞くのかよ」

「聞くよ。あの人には大きい貸しがあるから」

 前回の身代わり王事件でラッザは敵でも味方でもない立場だった。ラバシュムが正式に即位した今となっては王に翻意ありとみなされてもおかしくない。

 一貫してラバシュム、そしてイシュタル神殿の味方側だったエタたちの要請は絶対に無視できないだろう。

「ふうん。それならいいけどよ。今回の事件はかなり大事なんだよな?」

「そうだけど?」

「なら、この国の一番上は信用できんのか?」

「……」

 エタは押し黙った。

 この国の真の頂上。彼が信頼できるのか。

 少し前ならばその質問には、はい、と迷うことなく答えられただろう。

 だが今は。




 翌日。

 ジッグラトの上段から姿を現したのは先日も見たラバシュムの正装に身を包んだ姿だった。

 彼の華奢な外見は威厳や勇ましさとは無縁だったが、遠目ではわからないのが幸いだった。

「皆の者も知っての通り、天の牡牛が目覚めた!」

 ラバシュムから発せられた言葉は予想通りだったが、驚いたのはその声量だ。何の掟も使っていない生の声だが、ジッグラト付近に集まった聴衆の耳に届いた。

 歌手だったこともあり、大声を出すのはお手の物なのだろう。

 声の大きさというのは意外にも王や将軍の資質の一つだったりする。

「この未曾有の事態に対し、我々は総力を結集し、事態の解決に当たる!」

 それからの声明もおおむねエタの予想通りだった。

 ギルドや市民から天の牡牛と戦う兵士を募集し、参加したもの、参加しなくとも支援を行ったものには賃金を与え、また、死亡した場合にも見舞金を出すという触れだった。

 あるものは勇ましく歓声を上げ、またある者はらんらんと目を輝かせる。

 誰もが勝利を疑っていなかった。

 まだ、この時点では。

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