第五十九話 彼女たちのたたかい
キンと甲高い音が狭い室内に響く。
それは銅の槌で銅の短剣をはじく音。
「お早い再会だったわね。お嬢様」
「ミミエル……あなた、どうしてここに……?」
恐れているような、悲しんでいるような表情のシャルラと対照的に余裕の表情であでやかに微笑むミミエル。
そのミミエルの背後では状況のさらなる激変に感情の容量を超えたラバシュムがただただ困惑していた。
「イシュタル神殿には抜け道がたくさんあってね。ここに住んだことのある人じゃないと知らない近道があるのよ」
「そうじゃない……そうじゃない……どうして、ここにいるのよ! どうして、あなたが私を追いかけてるの!?」
「エタの指示に決まってるでしょ。一応言っておくけど、あたし、あんたを疑ったことなんてなかったわよ」
シャルラはぎりりと奥歯をかんだ。
感情が混じりすぎて、どんな表情をしているのか自分でもわからないようだった。
「いつから……私を疑っていたの?」
「少なくともあんたの父親のことは最初から疑ってたみたいよ。国をどうこうしたい、なんて野心のある台詞言ってたみたいだし。でもそうね。本格的にあんたを疑ったのは遠征の最中に毒を盛られたからよ」
シャルラもこれがミミエルの時間稼ぎであることは理解している。だがそれでも質問を止めることはできなかった。
「何か、おかしいことがあったの……?」
「体調を崩した人は全員遠征軍から配給された食料を食べていたらしいわ。エタが食べたのは、自分で用意したものとニスキツルからの食べ物だった。それに症状の回復が一番早かったのがエタだった。毒の種類が違う可能性が出たのよ。だからあんたが毒を盛った可能性があるのよ。全員から聞きまわったらしいわよ。用心深いにもほどがあるわ」
「……エタらしいわね。本当に、普段は優しいのに、こういう時は徹底的で容赦ないわ」
「ちょっと同情するわ。それで聞きたいんだけど」
一度言葉を区切る。
今までこんな状況ではあるのだが、友人に対する口調ではあった。
しかし今のミミエルは違う。
「どうしてエタに毒を盛ったの?」
明確に、今から殺す相手にオオカミの視線を向けていた。
「……王の義弟からの依頼よ」
唇をかむシャルラをどう見たのか。またしてもふっとミミエルの殺意が消えた。
「つまんない嘘ね。あんたが王様にしたいのは自分の父親でしょう?」
「! そ、そこまで気づいてるの!?」
実のところこれは半ばハッタリだった。もしもラバシュムが王位を継いだ後で誰かが襲ってきたとしたら、それはリムズの手によるものだろうとエタは推測しており、その根拠もミミエルにだけ知らせていた。
「エタを甘く見ない方がいいわよ。ううん、甘く見てたのはあたしたち二人だったのかもね」
「……そうね。本当にエタは、すごいわ」
「当然で……」
自慢げに語るミミエルに、厳しい冬のようなシャルラの視線と言葉が刺さる。
「でも、エタはあなたのことを好きになってくれないわよ。多分、そんな場合じゃないからでしょうね」
ピタッとミミエルの動きが止まる。その間に自分の心を整理したのか。
「別に構わないわよ。エタはただ、自分の目的に突き進んでくればいいの。あたしはその露払いをすればいい。その途中で死んでも構わないわ」
その言葉の何かがシャルラの心の奥底に触れたのか。
今までよりも数倍厳しい表情になってから吐き捨てた。
「あなたのそういうところが嫌いよ」
「奇遇ね。あたしもあんたのこと、好きじゃないわ」
交錯する視線はもう敵同士のものになっていた。
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