第四十一話 急がば回れ
「! 糸が斬られた! 撤退よ!」
自分の掟であるため、糸がどうなっているのかわかるミミエルが叫ぶと、我先にとばかりに殿を務めていた兵士も出口に殺到する。
ちらりとミミエルが後ろを振り向くと負傷のせいなのか思ったように動けていない兵士の姿が見えた。
「無理だ。助けらんねえよ」
その視線を察したのか小声でターハが忠告する。
「わかってるわよ」
二人が壊れた城門をくぐると轟音と共に大岩が落ち、退路を塞いだ。
「ふいー。何とか生き延びたな」
「油断しないでよ。城壁の上にはまだまだ敵はいるわ。さすがに今日はもう撤退でしょうし、生き延びるわよ」
逃げ延びたが、罠にかかった部隊は疲労困憊だ。
時間も時間なので、本営からもそう指示が下るはずだった。
「なんだって!?」
驚愕の叫びはミミエルとターハと共に脱出したニッグだった。
「どうかしたの?」
「ミミエルさん! 今すぐ本陣に戻らなければ!」
「何があったの?」
「本陣が急襲された!」
生き延びたミミエルたちは先ほどよりも大きな驚きを浴びることになった。
例えばの話だが。
世界のどこかで噴火したとしよう。その影響で数百人死亡したとしよう。
それでも大抵の人は昨日と同じように仕事に行くだろう。
かつて日本で災害が起こった時でも、大変だなあ、などと言いつつも同じような日常を過ごしたことだろう。
結局のところ人間は自分に災いが降りかからない限り、心を砕くことはないのだ。
対岸の火事とはよく言ったもの。
つまるところ、指揮を執っている本営や、それと接する食糧庫などは余裕のある空気がまだあった。
その証拠に。
「ああ、暇だなあ」
「そんなこと言うなよ。みんな命がけで戦ってるんだぜ」
「俺だって前線に立ちたかったよ。神々に認められる好機じゃないか」
「そうは言ってもだなあ。見張りだって大事な仕事だろ?」
このような会話がなされていた。少なくとも無駄話をする程度の余裕はあった。
この瞬間までは。
「ん? おい。あれなんだ?」
「あん? どれだ……砂煙? まさか……敵か!?」
顔を真っ青にした見張りたちが、本営に携帯粘土板で連絡するまで時間はかからなかった。
「ラバサルさん。これは……」
本営を何とか説得して撤退を促し、エタもまたアラッタの城壁の撤退をどう手伝うかと思案していたところに、断続的な角笛が響いた。
携帯粘土板では一対一の会話しかできないため、複数人に伝えるにはこれが一番手っ取り早いのだ。
「敵の奇襲だな。どうやらアラッタの魔物は奇襲や不意打ちが得意らしいな。エタ。狙いは何だと思う?」
「食料です。なくなれば僕らは負けますから」
エタは何の躊躇もなく即答した。
武器はそれこそ石でも投げれば何とかなるし、掟を上手く使えば戦う手段はあるだろう。しかし食料には限りがある。
道中の村々から徴発したり購入したりしたが、やはりアラッタまでは遠い。この近隣はそれほど豊かな土地とはいいがたく、獣を狩猟したり、木の実を採取したりするだけでは到底飢えを満たせない。
そんな当たり前のことをアラッタの魔物たちが理解していないとは思えなかった。
もちろん、トエラーをはじめとした司令部を斬首するという可能性もあったが、そちらは前日奇襲されたこともあり、ある程度防備を整えている。
しかし人員には限りがあり、食糧庫には十分な兵士が配備されていないはずだ。それどころか。
「ただ、あそこには非戦闘員もいるはずです」
これだけの遠征ともなると、例えば食料を管理する人材なども必要だし、娯楽を提供する、あるいは娯楽を売って商売する人もいる。
そういう人たちはまとめて危険の少ない場所に固まっているはずだった。
それが裏目に出てしまったようだが。
「戦えねえ奴が死ぬのは避けたい。急ぐぞ」
無言でうなずいたエタもラバサルの後を追った。
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