第四話 謀略の霧

「王子を暗殺しようとしているのは王の娘とその夫だ」

(でしょうね)

 エタは心の中で得心した。

 現在王位継承権の順位が最も高いのは王の息子、その次が王の娘の婿だ。王子を暗殺して最も利益があるのは姫と夫になる。

「念のために確認させていただけませんか? ラルサでの王位継承権はまず王の息子。その次が姫の夫。子供がいなければ王の兄弟。それもいなければ……」

「……王の親類。甥、あるいは叔父などから選出される。これは法典にも記載されている」

「お詳しいですね」

「急いで一夜漬けしたのだよ」

 つまり何か仕掛けるつもりであるのだろう。そうでなければわざわざ調べるはずもない。

「他の親類となると確か現国王陛下にはご兄弟がいらっしゃらなかったはずですよね。あ、いえ、夭折なさった王子がいらっしゃったはずですが……」

「死んだ子供のことなど気にしなくてよかろう」

 エタとしては死したとはいえ、王の子供の存在を無視するのは不敬だと感じての発言だったがリムズは不快そうだった。

「それもそうですね。それ以上に遠くの親類になると候補が多すぎて絞れませんし、暗殺しなければならない障害が多すぎます。それくらいなら、娘婿につくことを選ぶでしょうね」

 リムズは頷いた。

「もう気づいているだろうが、私の目的は王子の捜索、および護衛だ。もちろん可能な限り、隠密に」

「娘婿に気づかれないためですね」

「当然だが、王族のお家騒動に巻き込まれては命がいくつあっても足りない」

 ジッグラトの内部の権力争いがどのようなものであるかは想像でしかないが、あのアトラハシス様でさえ手を焼いているようなので、首を突っ込みたいわけがない。

「最低限の距離を取りつつ、王子に恩を売る。いざとなれば娘夫婦に乗り換えるつもりですか」

「卑劣かね?」

「そうですね。ですが社長である以上、企業を守る義務があります」

「結構。君のその割り切りは実に好感が持てる。……シャルラには難しいだろう。誰に似たのか……正義感が強く、激しやすい」

 小さなため息を漏らし、珍しく社長ではなく、父親としての顔をのぞかせた。

(……これが、人心掌握術の一種でないことを祈りたいけど)

 エタは経験から不意に見せる優しさが人を引き付けることがあると知っていた。リムズはそういう手段を用いる人間ではあるだろう。

 ふと、エタは何故リムズをこれほど警戒するのだろうと自問した。

 縁も恩もあるが、一度たりともリムズへの警戒を解いたことはない。はっきりとした答えはないが……しいて言えば同族嫌悪だろうか。

 冷酷に、容赦なく、策を用い、他者を出し抜く。

 そういう在り方に、自分の一歩先を行っているように思えるからどうしても心の底から信じることができないのだろうか。

「いや、今のは忘れてくれ。そして王子の行方ははっきりしない」

「はっきりしない? いくら何でも行方を知っている人ぐらい……いえ、まさか……」

「すでに前王の忠臣は娘婿に捕らえられている。王妃は数年前に亡くなっているからこれは考えなくてよい。娘婿はさして優秀な人物とは聞いていなかったのだが、どうも二人のどちらかが謀略には向いているようだな」

「そこまでしますか……」

 娘夫婦は徹底的に王子を排斥するつもりなのだろう。国王たるもの権謀術数の一つや二つこなせなくてはならないとは思うが、あまりにも露悪的すぎる。

 このような男を王位につけてよいものだろうか。

「ちなみにアトラハシス様は静観なさるつもりだ。裏で動いてくださってはいるだろうが……謀略に関わるつもりはないのか、あるいは王など誰でも良いと思っているのか……」

 つまり今最も重要なのは。

「誰が敵で誰が味方か判断しなくてはならないことですか」

「そうだね。では、どうするかね? 君は私の敵か? 味方か? それとも、無視を決め込むか?」

 試すように視線を投げつけるリムズに対して、エタは……ゆっくり答えた。

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