第五十話 狼煙が上がる
燃える。
燃える。
燃えていく。
草木一つない岩山で炎の神、ギラ神が手を貸したが如く暴力的な火柱が立ち上る。
燃えているのは石の戦士の一体、ナツメヤシだ。
「たった一本火矢を撃ち込んだだけでこんなことになるなんて……」
茫然としているのは火矢を放った張本人、シャルラだ。
この場にはリリーを除いた五人が揃っていた。
「……こんなこと言うのもなんだけど、結構いい香りよね。木や花の香り」
鼻をひくひくさせているのはミミエルだ。なんとなくオオカミを連想させる仕草だった。
確かにミミエルの言う通り、上品な香りがあたりに漂っている。……ただし炎の勢いが強くなるにつれてむせかえるほど濃い臭いになりつつある。
それなりに距離があっても火の粉が届かないとも限らない。
「一度離れましょう。核の回収は後にします」
全員否とは言わず、大人しく下がる。
もちろん周囲の警戒も怠らないが、焦る必要もなさそうだった。
「エタ。あの石の戦士の正体はなんだ? いや、そもそも石なのか? わしは燃える石なんざ知らんぞ」
「おそらくナツメヤシの正体は琥珀です。琥珀は燃える石なんです」
石の戦士と言う名称もあり、今までの冒険者たちはナツメヤシを燃やすという発想がなかったのだろう。火さえ使えば簡単に倒せるのだ。
ちなみに琥珀は樹脂などが化石となった物質であり、鉱石とは全く別ものである。
「でもよう、こんなに簡単に倒せるならさっさと倒しちまえばよかったんじゃないか?」
「いえ、ナツメヤシは倒せません。というより、おそらくあの石の戦士こそがこの迷宮の根幹を担っています」
エタはあの弱い石の戦士がなぜそれほど重要なのか、かいつまんで説明した。
そして同時に、あれこそがこの迷宮攻略の最大の鍵になるとも。
全員が納得したことを確認してから宣告した。
「明日、迷宮の核を取りに行きます。ザムグの掟によると、天気もいいようですから」
誰もが真摯に頷いた。
翌日、リリーを含めた六人が示し合わせたように目が覚めた。
緊張しているせいか、言葉少なに朝食を食べる。
ところがそこでミミエルがとんでもないことを言った。
「あ、そうだ。昨日新しく掟を授かったわ」
「はあ!? おま、これで何個目だよ!?」
「四つ目ね」
都市国家の住人にとって授かる掟はとても重要だ。
単純に掟があれば便利で、多く持つと肉体が頑健にもなる。だがそれ以上に掟を数多く持つことは社会的地位を向上させる。
ミミエルの年齢で四つも掟を持つのは本来羨望の的になりうる。
エタのように自分自身が授かったわけでもないのに四つも持つのはかえって反感を買うだろうが。
「いい加減昇級試験を受けろ。六級の冒険者が四つも掟を授かるなんざ聞いたこともねえ」
「いやよ、めんどくさい」
冒険者にとって階級は単純な給与だけでなくこれもまた名誉にかかわる。
一つでも上の階級に上がるため切磋琢磨している冒険者からするとミミエルの言葉は激昂してもおかしくないものだっただろう。
だが彼女にとっては階級などただの飾りでしかない……いや、むしろその飾りを嫌ってすらいる……というのも薄々察しているものもいた。
もちろん、そうでない人もいた。
「いいじゃねえかよ。金はもらえるうちにもらっとかないと後悔するぜ」
その筆頭であるリリーが下卑た視線をミミエルに向けると彼女は露骨に顔をしかめた。
「あんた、まだついてくるつもりなの?」
「ああ。金、もらえるんだろ?」
「現物支給だけどね」
「どっちでも同じだろ? つうか聞いたぜ? お前ら、杉の取引もやってんだってな。だから私に家具を送っても損失は少ねえはずだろ?」
「……いえ、さすがに今回はかなり危険ですよ? 道だけ教えてもらえれば……」
「一度しか言わねえぞ」
不意に真面目な顔になったリリーは他人を沈黙させる空気を纏っていた。
「私だって結末が知りてえ。てめえらが死んだらすっきりするだろうが、私の見てねえところで死なれるのは気に食わねえ」
「死なないわよ」
リリーの性根の曲がった言葉を真っ向から否定したのはミミエルだ。二人はしばしにらみ合ったがやがてふんと鼻を鳴らして目を逸らした。
それを合図にエタが立ち上がる。
「さあ、そろそろ行きましょう」
緊張をほぐすための会話は終わった。
ここからはもう息を継ぐのも難しいほどの時間が待っている。
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