第三十話 慙愧、悔恨、激励

 どうして。

 目の前の姿がわからない誰かにそう問われた。

 どうしてと言われても、そもそも何が疑問なのか。それをはっきりさせなくては答えようがない。

 だが口が動かない。

 どうして。

 目の前の誰かはやがてくっきりと人型に変わった。

 以前争うことになった灰の巨人のギルド長、ハマームだった。

 どうして。

 次に人影はカルムに変わった。

 どうして。

 その次はディスカールに。

 どうして。

 そしてザムグに。

 どうして。

 最後にエタの姉、イレースになった影はこう言った。

「どうして助けてくれなかったの?」


「わあああああ!?!?」

 ようやく悪夢を見ていたことに気づいたエタは飛び起きた。

「え? あ、あれ? ここ、どこ?」

 体中がずきずきと痛むが、意識ははっきりしていた。

 きょろきょろと周囲を見回すとどうやら天幕の中だった。ギルドが用意した住居の一つだろう。

 エタは毛布を被せられていたようだ。

 天幕の外からわずかに砂を噛むことが聞こえ、天幕の入り口が開いた。

「エタ!? 目が覚めたの!?」

 飛び込んできたのはシャルラだった。

 それと同時に戦士の岩山での記憶が呼び起こされた。

 駆け寄ってきたシャルラの肩を掴み、悲壮な顔つきで矢継ぎ早に質問する。

「みんなは、みんなはどうなったの!? ミミエル、ラバサルさん、ターハさん……ザムグ、ディスカール、カルムは!?」

「お、落ち着いてエタ」

 エタの異常な剣幕にシャルラは怯えつつも冷静に落ち着くように促したが、エタの動揺は静まらない。

「落ち着いてられないよ! みんなはどうなったの?」

「ターハさんとラバサルさんは少し衰弱しているけど無事よ。ミミエルは体調が悪かったけど命に別状はないわ」

「……他の三人は?」

 エタはわかっている。あの三人がどうなったか。

 しかしそれでも神の加護があったと信じたいのだ。

「……エタ。それは……」

 言い淀むシャルラ。

 ずっしりと雨雲のような沈黙が天幕の中に立ち込める。

 それを破ったのは外からの声だった。

「三人は行方不明よ」

 ミミエルが問いに応えながら天幕のうちに入る。

「ミミエル! どうして!」

 ミミエルを咎めるシャルラだが、ミミエルは顔色が悪いまま、しかし冷静すぎるほど冷静だった。

「どのみちすぐにわかることでしょ。ならさっさと真実を告げるべきだわ」

「それはそうだけど……」

 意見を異にするシャルラとミミエルはしばしにらみ合うが、エタは急に咳き込んだ。

「エタ! あなたやっぱりしばらく休みなさい。あとのことは私と父さんが……」

「そういうわけにもいかないよ。早く、三人を助けに行かないと……」

「無意味よ。ずっと連絡がないもの」

 ようやくエタは肝心なことを聞いていなかったことを思い出した。

「僕は……どれくらい寝ていたの?」

「……一日半くらいよ」

「そん……なに……?」

 自分の怠けぶりに腹の底から怒りが湧きたつ。

「そう。だからもう間に合わないのよ」

 エタはこの瞬間ありとあらゆる可能性を模索した。

 ザムグたちが上手く逃げられる可能性。

 たまたま連絡ができない可能性。

 飲み水などが確保できている可能性。

 どれも……あまりにも低かった。

 声にならない声を出し、毛布に顔をうずめた。

 それにナイフの切っ先のような声を飛ばすのはミミエルだ。

「何してるの?」

「放っておいてよ……僕は……何もしない方がいいんだ」

「は?」

 ミミエルの声はエピフ山の峰より鋭く、シャルラも口をはさめなかった。

「ねえ? あんたこのままでいいの? ザムグたちが……」

「僕のせいじゃないか!」

 毛布から飛び出したエタの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「僕が姉ちゃんを弔うために興した会社で、そこの社員になって、ザムグたちが死んだのは……僕が、僕が原因で」

 エタの言葉が終わる前にパシンと空気が破裂する音が響く。

 ミミエルがエタを平手で打ったのだ。彼女の表情は氷よりも冷え切り、その瞳は溶岩よりも熱かった。

「誰が、誰のせい、ですって?」

 茫然と頬を押さえるエタの胸倉を掴む。

 エタの方が背は大きいのだが、今のミミエルは獅子よりも巨大に見えた。

「あんたのためにザムグたちが死んだ? のぼせ上がるのもたいがいにしたら!? いい!? あの子たちは自分の意志であの場所に行ったのよ!? あの子たちが働いていたのは自分自身のためよ! 何があったか、おおよそ想像はつくけどそれはあんたが背負うべきじゃない、いいえ、あの子たちの死をあんたが背負うなんてあの子たちへの侮辱よ!」

 びりびりと雷のような怒号。

 ミミエル以外誰も口を開けない。

 それほどの迫力があった。

 ミミエルはエタの耳元で彼にだけ聞こえるように囁いた。

「ねえ。あの子たちの死を無駄にするの?」

「そ……れ……は」

 自分が巻き込んだくせに彼らの死を無為にするのか。

 そんなことが許されるのか。

 エタは自問した。

「わかったら、とっととやることをやりなさい」

 ミミエルは手を離し、エタは地面に崩れ落ちる。ミミエルはそのまま天幕を出て行った。

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