第二十話 攻略開始
不安を抱えながら休んだ翌日、戦士の岩山を攻略するための作戦は開始された。シュメールが配置されたのは戦士の岩山の北東だった。どこもかしこも同じような風景なので移動してきた実感は薄い。
ざりざりと砂と岩、砂利の混じった地面を独特な音を立てて歩く数十の影。
エタはちらりと丘の上に目をやると遠くにいるシャルラと目が合った。
ニスキツルもまたこの作戦に参加しており、囮役を自ら志願したらしい。ザムグたちはニスキツルを手伝う部隊に組み込まれている。
目が合ったシャルラは微笑み、手を振っていた。少なくともそんな気がした。
「何? 仲の良さでも見せつけたいの?」
左から不機嫌そうな声をかけたのはミミエルだった。
「どっちかって言うと申し訳ないかな。危険な囮を引き受けてもらってザムグたちも預かってもらっているわけだし」
「ふん。企業なら事務的に処理しなさいよ。いちいち感謝してたら日が暮れるわよ」
「感謝するのはいいことだよ。それを表に出しちゃうと損をすることがあるかもしれないけど」
「忘れてた。あんた、もともと商人の生まれだったわね。こういうところは現実的だわ」
表情と心情は別のもの。そういう割り切りをさらりと行えるエタは経営者に向いているかもしれない。
もう一度遠方を見るともうシャルラの姿は見えなくなっていた。
この戦士の岩山は大きな山が一つそびえている形ではない。
小高い丘がいくつも重なっており、山間に入ると極端に視界が狭まる。
それは石の戦士がどこにいるのかわからなくなるということだが、一方で石の戦士からも見つかりにくくなるということでもある。
丘の頂上はその逆だ。
見つけやすいが、見つかりやすい。
囮役がなるべく見晴らしのいい丘の上にのぼるのは当然と言えた。
作戦の概要はこうだ。
まず囮の部隊が石の戦士に攻撃する。それから囮は戦士の岩山の端ぎりぎりまで逃亡する。
石の戦士は迷宮から生み出された存在であるがゆえに、迷宮の外に出るのは難しい。一度迷宮の外に出れば石の戦士は囮を追うことができず、戦士の岩山中央部に戻ろうとするはず。
そこに再び攻撃を仕掛けてまた誘導する……そういう作戦だ。石の戦士たちは強大かつ強靭だが、それほど頭は良くないらしいためこういう作戦が実行できる。
当然ながら槍や棍棒で攻撃を加えるわけにもいかないので、囮役は弓や投石器で攻撃する予定だ。
弓が主力兵器であるニスキツルは適任であると言える。
もちろん何か問題が起きれば命にかかわる危険な任務なので、早めに攻略組が戦士の岩山を攻略しなければならない。
ざらりと乾いた風が頬を撫でる。
次の瞬間には角笛の音が轟き、作戦が開始された。
「ふむ。これは……驚きと言うほかないな」
傭兵派遣企業ニスキツル社長にしてシャルラの父親であるリムズは思わず慨嘆した。
眼下を徘徊していたのは石のナツメヤシだ。
ナツメヤシそのものはウルクで欠かせない作物だ。
やせた土地でもよく育ち、水がなくとも実をつける。果実は水分が豊富で、滋味に富む。酒や食酢にもなり、さらには装飾品に加工することもできる、まさに無駄の欠片もない植物だ。
難点は成長が遅いということだけ。
そんなウルク市民の友と呼べる作物が石の巨躯で歩き回っているのは悪夢のようですらある。
本来のナツメヤシなら白っぽい幹のてっぺんに緑の葉をつけるが、この石の戦士は全体が茶色っぽい。そして根にあたる部分がうねうねと蠢き、あたりを徘徊している。
リムズは傭兵派遣企業の社長という立場上、自分が迷宮探索に赴くことは珍しくはない。
このメソポタミアでは分業という概念が完全に浸透しているわけではないのだ。
しかしそれでも人を容易く踏みつぶす怪物と言うのはそうそう見かけない。
「社長。配置につきました」
冷静で感情を排した声は娘であるシャルラだ。
リムズは仕事中なら娘でさえも社員と社長の関係を保ち続けている。それは支給している服や武器にも表れている。シャルラは徹底して没個性的な戦闘服だった。
「よろしい。合図を待て」
ほどなくして角笛が鳴った。囮部隊の攻撃開始の合図だ。
「個人的には携帯粘土板に連絡すればよいと思うのだが……まあいい。冒険者の酔狂に付き合うのも仕事だ。では、斉射」
淡々とした命令に従ったニスキツルの社員は無機質な動作で石のナツメヤシに向けて矢を放った。
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