第九話 訓練開始

 エタたちは話した。

 エタの姉、イレースが失踪し、奴隷になりかけ、そして迷宮を攻略したものの、イレースは魔人となってしまった。

 そしてエタは姉を弔うために、擬態の魔人となった姉を殺すために迷宮を攻略する企業を立ち上げたのだった。

 概要だけだったが、吟遊詩人の語り口よりもはるかに生々しさを感じる四人の話にザムグたちは釘付けになり、報われない結末にこの卓だけが冬になったかのように静まり返った。

 まず口を開いたのはザムグだった。

「それじゃあ、エタさんはお姉さんを……いえ、お姉さんが元になった魔人を殺すために企業を立ち上げたんですか?」

「そうだね」

「でも、確かここの企業、シュメールは杉の取引をしていると聞いたんですが……」

「うん。一種の偽装かな。企業が迷宮攻略をすることをよく思わない人もいるだろうし。もちろん杉の取引もするけどね」

「つまりそれは俺たちにも迷宮の攻略を手伝ってほしいってことですか?」

「そうだね。でも、危険も多いし、さっきも言ったけど白い目で見られることだって……」

「エタさん」

 ザムグがエタの目をまっすぐに見据える。

 暗闇で希望の灯火を見つけたように輝く瞳。

 エタは自分自身があんな瞳をしていたことがあっただろうかと自問した。

「エタさん。俺たちはあなたにすごく感謝していますし、できるならあなたの力になりたいと思っています。だから手伝います。それにギルド長にはああ言いましたけど、やっぱり迷宮に挑んで神々のお役に立ちたいという気持ちはあります。他のみんながどう思うかはわかりま……いて」

 ザムグの言葉が途切れたのはカルムに叩かれたからだ。

「お前ばっか言いたいこと言ってんじゃねえよ」

「そ、そうだよ。ぼ、僕らだって同じ気持ちだよ」

「うん。私も、みんなを手伝いたいよ」

「いや、さすがにニントルはダメだからね」

 二人の仲間には感動した様子だったが。ニントルに対しては兄らしくたしなめている。

 確かにエタも病弱なニントルでは冒険者は務まらないと判断していた。

 心の中ではまだエタよりも他人、ましてや幼いザムグたちも自分の個人的な責務に巻き込んでいいのかという葛藤はある。

(できるだけ、危険がないようにしないと……)

 一方で人手が必要だということは理解している。そのために妥協案を自分自身で提案していた。

「ありがとう。でも、まずはみんなをちゃんと戦えるくらいに鍛えるつもりだよ」

「え……もしかして皆さんがここに来たのって……」

 にやりと笑うミミエル、ターハ、ラバサルの三人。

 それを見て青ざめるザムグ、カルム、ディスカールの三人。

 きょとんとしているのはニントルだけだった。




 数日後。

 ザムグ、ディスカール、カルムの三人は汗を濁流のように流し、ふらふらになりながら水を飲み干していた。

「これは……ずいぶん絞られましたね」

 息も絶え絶えな三人を横目に教官を務めているラバサルに話しかける。

「三人の様子はどうですか?」

「根性はあるな。だが、肉がついてねえのが難しい」

「みんな幼いころにちゃんとした食事ができなかったみたいですからね」

 現代では考えられないことだが、古代において満足な食事ができるということは幸福なことであり、同時に子供の未来を左右する親から子供への最高の遺産なのだ。

 当たり前だが体が大きければ力が強くなる。

 力が強ければそれだけ選べる職もある。まだそういう時代だった。

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