第五十八話 輝く朝

 馬車の荷台に乗っていたエタは朝の光に照らされていることに気づいて目が覚めた。

 久しぶりにすがすがしい朝だった。いや、むしろ朝の訪れを実感したことそのものが久しぶりだった気がしていた。昨日までそんな余裕はなく、薄暗い小屋の中で目覚めていたからだ。

 荷台はとりあえず人が数人乗れればいいと言わんばかりの粗雑さで、かなり揺れていたのだが、それでも眠ってしまえるほど疲労していた。

 五人とも。

 惑わしの湿原に向かったのはエタだけではない。

 結局、ミミエル、シャルラ、ターハ、ラバサルもついてくると言って譲らなかったのだ。

 ここまで来たのだから最後まで見届けさせろ、という四人の主張は理解できたし、そもそも自分でお金を払ってついていくという四人を止める理由はなかった。

 正直に言えばエタは自分の体調にかなりの不安を感じていたので誰かがいることは安心できた。おそらく、四人もそれを気遣ってはいるだろうが口に出すことはなかった。

「起きたのね、エタ。おはよう」

「おはようシャルラ。怪我は大丈夫?」

「うん。痛みのせいで何度か起きちゃったけどね。というか三人ともすごいね。私よりよっぽど激しく戦ったはずなのにぐっすり眠れるなんて」

「やっぱり冒険者として経験を積んだ人たちだからかな」

 全員の奮戦がなければとても切り抜けられなかったとはいえ、やはり一番すさまじいのはミミエルだろう。

 一番激しく戦ったはずだが、一番怪我が浅かった。生傷そのものは多いのだが、致命傷につながりそうな傷があまりにも少なかったらしい。

 間一髪で攻撃をずらしていたとは傷を見たニスキツル社員の弁だ。ふと、彼女はどうするのだろうと思った。

 シャルラは学生であり、ラバサルとターハは仕事を持っている。いや、ターハは気ままに冒険しているある意味冒険者らしい暮らしなのだが、それは実力と実績あってのことだ。

 だがミミエルには所属したギルドもなくなり、灰の巨人以外での活動はほとんどないらしい。

(あの才能ならどこか行く当てはあるはずだけどね。ラバサルさんに頼んでみてもいいかもしれないかな)

 ミミエルがあまり知られていなかったのは活動範囲が狭かったからだ。ギルドは腐敗も多いとはいえ中にはきちんとした活動を行っているギルドもあるはずだ。

 できればそうした場所で活躍してほしい。この才能を埋もれさせるのは惜しいと感じていた。

 他の三人も目を覚ます。ひとまず朝餉をとることにした。


 水を飲み、干した果実えおほおばり、ネギを加えて竈で焼いた無発酵パンセベトゥをかじる。

 なんということはない朝食だったが、今までで一番の朝食である気がした。みんなもほどよくくつろいでいたが、しゃべっているうちに魔人とは何か、という話題になり、それに答えたのはラバサルだった。

「魔人は迷宮に魅入られた人間の総称だ。人間以外が選ばれると魔獣と呼ばれるな」

「おっさんよう、そりゃあたしでも知ってるぜ。具体的に何なのかっつうことだよ」

 ターハが干し肉をかじりながら腑に落ちていない表情をしていた。

「知らねえな。確かなのは異能を持つということ。昨日戦った魔人は完成していなかったということは確かだ」

「あ、あれで完成してなかったんですか?」

 全員の間に緊張が走る。死にそうな思いで倒した相手が未熟だったとしたなら、万全ならばどうなっていたことか。

「間違いねえ。わしが戦った魔人はあれよりもよっぽど強かった」

 ラバサルは不自由な右手の小指をさすっていた。もしかしたら、魔人と戦ったことで古傷が痛んだのかもしれない。

「なら、どうしてハマームは魔人として完成しなかったのかしら?」

「わからん。時間が必要だったのか、ハマームの器が足りていなかったか。だが、もしも搾取の掟を使い続ければ完成していたかもしれねえ」

「完成するとどうなるの?」

「単純に強くなるな。あと、魔物と違って迷宮から離れることもできる。例え迷宮が攻略されても魔人はそのままだ。それと、もとになった人間の記憶なんかも失われる。ただ、迷宮に授けられた掟に従うだけの人形みてえなもんだ。だからまあ、あの場で倒さなきゃもっと被害が出たかもしれねえ」

 最後の言葉はミミエルに向けられたものだったのだろう。

 彼女はハマームを憎んでいたはずだが、だからと言ってハマームを殺めてしまったことに対して何の良心の呵責もないとはいかないのだろう。

「あ、そ。ま、どうでもいいわ」

 もちろん、ミミエルはそんな感情を表に出そうとはしないのだが。今更、隠すようなことでもないはずだが、今まで続けてきた生き方をそうそう変えられるものでもないのだろう。

「お客さん。もうすぐだよ」

 御者がエタたちに声をかける。

 惑わしの湿原を攻略する冒険者が滞在している村はすぐそこだった。

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