第二十九話 神の祝福

「で、最後に奴隷だけど神殿から許可を得て聖娼になって子供を授からなかった夫婦の子供を産んだりする人」

「……大体知っているよ。でも、最後の一つの役職以外、原則として子供を産めないはずだよね?」

 聖娼は儀式として同衾するが、その最中に子供を授かってはならないとされる。自称しているだけの聖娼も、身籠ってしまった場合仕事にならないため隠したりおろしたりする人が多いらしい。

 だからこそ、エタはミミエルが奴隷の子供だと推測したのだ。

「いいえ。あたしの母親は正式なイシュタル神の巫女だったわ」

「え? それ、まずいんじゃないの?」

 正式な聖娼にとっての性行為は儀式であり、神の力を分け与える行為でもある。その最中に子供を授かるのは禁忌であったはず。

 どうやって子供を授からないようにしているかは知らないが、そこは男には思いもよらない知恵と工夫で何とかしているのだろうと思っていた。

「ええ。かなりまずいわね。ちなみに相手の男はわからない。あたしも母も一緒に奴隷になる可能性もあったわね」

 過去形であるのだから、その問題は解決したということはわかっているが、今まさに奴隷になるかどうかの瀬戸際にいるエタにとっては他人事ではなかった。

「でも神殿の巫女や神殿長は母に処分を下せなかった。あたしを妊娠したらしい時期に母が掟を授かっていたからよ」

「え? いや、確かにその……儀式ってのは神々から力を受け取るために行うわけであって……」

 言い淀んだエタの思考をかすめ取ったミミエルはにやりと底意地の悪い笑みを浮かべた。

「ああそうよね。あんたみたいに無駄に頭のいい奴はそう誤解しちゃうわよね。儀式云々はただの言い訳で男と女がやることやる大義名分に過ぎないってね。……このむっつり」

「うぐう」

 エタは全く言い返せなかった。生兵法をあっさり見破られるのは誰だって恥ずかしい。

「あたしだって聞いた話だけどね。本当に聖娼との行為で掟を授かることはあるそうよ。聖娼の側が掟を授かることはそうそうあるものじゃないらしいけどね」

「そ、それはわかったけど、どうして君のお母さんが掟を授かったの?」

「さあ? そこだけは母も神殿長も誰もわからなかったそうよ。でもこう解釈したそうよ。神々が母の妊娠を祝福してくださったって」

 人の身で神々の真意を推し量ることはできないが、それでもそれを知ろうとする努力は続けなければならない。それがこの地に生まれた人の定めだ。

「結局母は神殿を追放されることにはなったけどそれ以上は何もなかったわ。ううん、それどころか神殿に勤めていた人たちからいろいろと支援を受けたわ。本当はダメなんだろうけど黙認されていたらしいわね。中には奴隷だった人もいた。私を産んでからの暮らしは貧しかったけど、イシュタル様から祝福を受けた子供っていうことでいろいろ優しくしてくれたことを覚えてる」

 そう語るミミエルは晴れやかな瞳をしていた。

 なんとなく、ミミエルの優しさの源を知った気がした。

 貧しくとも誰かに優しくされた経験が誰かを助けようという意思を呼び起こすのではないか。ただ、そんなことを指摘すれば怒りそうな気がするので何も言わなかった。

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