第二十話 おだて上手
灰の巨人はにわかに慌ただしくなっていた。
機を見計らい、ミミエルはハマームのもとを訪れた。
「ギルド長―。ねえねえ。何が始まるの? みんな忙しそうだけど、何かあったのよね?」
しなをつくり、媚びを売り、猫撫で声で呼びかける。灰の巨人に加入してから何度も繰り返してきたことだ。少なくとも灰の巨人のメンバーの前ではうまくやっていた。
そのおかげでハマームを始め、冒険者の面々には気に入られていた。ミミエルが内心で反吐が出そうなほど自分たちを嫌っているなどと微塵も思っていなかった。
このギルドに入ってから不本意ながら身に着けた観察眼によって、ギルド長の表情から内心を確実に推し量る自信があった。
(見抜いて見せる。絶対に。もし疑っているようならおだてて思考を誘導する)
揺るがぬ決意に身を固めたミミエルが目にしたのは……欲望に目をぎらつかせ、脂ぎった笑みを浮かべたハマームだった。
「そうなんだぜ。大白蟻が金の生る木になるんだぜ! 大白蟻が新入りを襲ったことにして大白蟻の危険性を吹聴して他のギルドに協力を要請するんだ。いや、ギルドだと万が一攻略される恐れがあるか。企業に大白蟻の駆除を依頼すればいいな。どうだ? ミミエル。俺の智謀は大したもんだろう!」
「……きゃー! ギルド長! すごいわ! 天才よ!」
(あ、こいつ馬鹿だ)
内心を完全に表層に出さず、ギルド長を褒めたたえるとますますハマームは調子に乗っていた。ラバサルやターハを疑っている様子は全くなかった。
来客用の小屋をあてがわれたラバサルは家に入ってきたターハが悪い顔をしていたのを見てにやりとした。
「どうもやっこさん、疑っちゃいねえみてえだな」
「ああ。そりゃもう。面白いくらい引っかかってくれたよ」
灰の巨人はもはや天地がひっくり返ったような騒ぎだった。ミミエルからの連絡を待つまでもなく、計略がうまくいっていることを悟っていた。
「エタが言うには……買い手の意欲を上げるのは誰かに勧められた時じゃなくて競争相手が現れたときだとさ。商売人ってのは手練手管に長けてるな」
「そーそー。連中の口車に乗せられてどんだけ余計なもん買ったことか!」
やや声を抑えながら二人で笑いあう。ふいにラバサルは真面目な顔つきになった。
「今のうちに言っとくぞ。裏切るなら今のうちだぞ」
「裏切らねえよ。エタはあたしの恋人のせいでこんなめにあってんだ。ニンフルサグ神に誓って裏切りなんかしないよ」
「おめえ、ニンフルサグ神の信徒なのか?」
「意外って顔に書いてあるぞ。……まあ自覚はあるよ」
ニンフルサグ神は女神であり、慈母にして豊穣の神だ。良くも悪くもざっくばらんなターハには合っていなかった。そもそもターハという言葉自体戦士という意味もあったはずだが、ニンフルサグ神の信徒かつ女性にそんな名前は似合わないのではないだろうか。
そのラバサルの心の声が顔に出ていたのだろうか。ターハは自身の身の上話を始めた。
「あたしが生まれたとき親が男だと勘違いしたらしくてよお。そのままこんな名前になったんだ。しかもあいつらは今もどっかをふらふらしてるらしいな」
いい加減な親に思えるが、負の感情はなさそうだった。あるいは、ターハとも似た者同士なのかもしれない。
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