第十八話 嘘薬

 翌日ラバサルは灰の巨人が管理する集落を訪れた。

 儲けは大きいとはいえ人の入れ替わりがあまり多くないこの集落を誰かが訪ねてくることは少なく、ギルド所属の冒険者も面食らっていた。

 そこに何かきな臭さを嗅ぎとったのか、ギルド長であるハマームがわざわざラバサルを応対していた。

 適当に喫緊の話題や木材の輸出入に関する契約について聞いていたラバサルだったが、ことあるごとにハマームが自ら注いだ酒を勧めてくることに注意していた。

(確かあの杯はハマームの掟で酒を飲んだ相手の口を軽くするんだったな)

 もしもミミエルが教えてくれていなければこの時点で計画は瓦解していたかもしれない。もっとも、ミミエルがその掟の内容を知っているのは、ハマームが酔った勢いでしゃべっていたのを覚えていたからである。因果はめぐるということなのだろうか。

 警戒心の強いラバサルに業を煮やしたのか、ハマームは強引な手段に打って出た。

「おっと失礼」

 懐からこれ見よがしにラピスラズリの玉を取り落とした。ウルク近隣で希少かつ高貴とされるラピスラズリは高価で、これも売れば数年は暮らしていられる良質の宝石だと分かった。ラバサルは欲深く見えるように宝石に視線を送ってからついっと目をそらした。

 物欲しそうな老人の演技だったが、半分本気だった。

「いやあ最近は景気が良くてね。こんな宝石ですら手が届く。どうだい? 気に入ったものがあるなら売ってもいいぜ? もちろんただとは言わないがな」

 ラバサルは少し逡巡しているふりをし、やおら話し始めた。

「ここだけの話なんだがな。どうも大白蟻の内臓に値が付くかもしれないらしい」

「どういうことだ? 蟻は肉もまずくて食えたもんじゃねえだろ」

 そこでラバサルはふいっと横を向き、押し黙った。何も言わないことで対価を要求するふりをしたのだ。のちに一世一代の名演技だったと振り返るほどの役者ぶりだった。

 ハマームが懐から先ほどより明らかに小さなラピスラズリを取り出し、机の上に置いた。

「余りものだ。やるよ」

 すっとラピスラズリを手に取り、しげしげと眺める。ひとまずそれなりの値打ちモノではあった。

「薬は苦いもんだろ。内臓が薬になるんだとよ。言っておくがまだ出回ってない情報だ」

「……確かなんだろうな?」

「そうじゃなきゃこんなとこまで来ねえよ」

 疑心と欲望の混じった視線を真っ向から受け止める。

「そうか。教えてくれてありがとうよ。しばらくここに泊まってくれ。歓迎するぜ」

 他所には教えるなよ、と言外にほのめかしていた。

「ああ。しばらく世話んなるぜ」

 ひとまずはうまくいったはずだ。相手に悟られぬようラバサルは心の中で安堵した。

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