第十四話 飲食供養
今日の迷宮探索はそれほど時間がかからなかった。というのも、大黒蟻の群れが伐採予定地付近に出没したらしく、さすがに身の危険を感じたギルド長の決断によって近場の樹木を多少伐採しただけでお開きになった。
その後、希望したものには酒もふるまわれるようで、昨日知り合った老人も喜んでいた。ある種の蜜と鞭だが、それを口に出しても何も変わらない。
そして夜になる。満月が煌々と輝く夜だった。
集落から少しだけ離れた場所に鮮やかな花の群生地があった。満月に照らされたそこは神秘的ですらあった。
物陰からエタはそこの様子をうかがっていた。最悪の場合寝ずの番になることを覚悟していたが、待ち人は思ったよりもすぐに到着した。
顔を見られないためか、ベールを目深にかぶり、お椀を二つ持っている。自分の予想が正しかったことを確信し、腹をくくったエタは声をかけた。
「こんばんは。ミミエル。満月に
ベールをかぶった人影がすさまじい勢いで振り返る。満月の光を反射したオオカミの瞳が見開かれていた。
飲食供養とはその名の通り何かを食べることによって死者へ食べ物を供え、冥福を祈る行為だ。
ただし広義においては死者に対し何かをささげる行為自体を指している。富裕層であれば宝石や油、亜麻布などを供え物とするが、それほど余裕のある市民はそう多くない。
よって水や食物を備えるのが一般的になる。
例えば。ミミエルが手に持っている大麦のおかゆや、水のように。
しかしミミエルは認めようとしなかった。
「はあ? 馬鹿じゃないの? 私はただ一人で食事したかっただけで飲食供養なんかしてないわよ」
「わざわざ満月の日に?」
飲食供養を行うのは一般的に新月か満月の夜とされる。今日のように雲一つない満月なら冥界にいる死者にもその祈りが届くことだろう。
「いい満月だったから外で食べたくなっただけよ」
「昨日リクガメを捕えようとしていたのも偶然?」
ミミエルはピクリと瞼を震わせた。亀は生命力にあふれた動物であり、供えものとしてよいとされている。
「昨日君が持っていた野草はリクガメが好む草だった。多分、罠か何かを使って亀を捕えようとしていたんじゃないかな」
「別に。亀の肉が好きなだけよ」
ミミエルはもはや面でもかぶっているかのように無表情になっていた。それが普段の様子とあまりにも違い、核心に近づいていることを予感させた。
「最初におかしいと感じたのは大白蟻を君が倒したとき。他のギルド構成員は誰も来なかったのに君は真っ先に大白蟻にたどり着いた。ギルド長から怒られそうになった時も君が注意を引いてくれて助かった。あとで聞いた話だけど今日は君が大黒蟻の群れを発見したらしいね」
「何が言いたいのよ」
「君、もしかして無理矢理働かされていた人を助けようとしていたんじゃない?」
ミミエルから完全に表情が消え、その代わりに瞳から底冷えする怒りが感じられた。
サンダルを履いた足を器用に動かし、ふわりと足元の小石を浮き上げるとそれを思いっきりエタの腹めがけて蹴りつけた。
まさか手がふさがった状態からこんな攻撃が飛んでくるとは思わなかったエタは悶絶した。
「あのさあ。勝手な想像で人を値踏みしないでくれる? 不愉快よ?」
「想像じゃ……ない」
ミミエルの眉間に強くしわが寄る。本気で怒っているのは明らかだ。その怒りが何に向けられたものなのかはわからないが。
「だって君、ここに何度も足を運んでるじゃないか」
「はあ? そんなことわかるわけ……」
「足跡。この集落でサンダルを履いている人はギルド長の直属くらいだよ。そして、こんなに足が小さいのは君くらいだ」
ミミエルは露骨に舌打ちした。
「足跡で判断するとか、あんた気持ち悪いわよ。もういいわ。ギルド長に言いつける。あんたは逃亡者扱いで下手すると借金が増えるわよ」
ミミエルはそのまま去ろうとする。ここが勝負所だと決め、最後の矢を放つ。
「それにさ。ここの地面には遺品が埋まってるじゃないか。これも君が埋めたんだろ」
ぎゅるりと振り返ったミミエルは今までとは種類が違う炎のような怒りを宿していた。
「あんたまさか、墓を暴いたの!?」
お椀を持ったまますさまじい勢いでエタに迫る。その様子を見て、エタは笑った。そしてミミエルもその笑顔の意味を悟った。
「ほら。やっぱりここはお墓じゃないか」
「……最悪。こんなはったりに引っかかるなんて」
悔しそうに、イライラしているようにうつむいていたが、どことなくほっとしているように見えた。もしかしたら、誰かに見破ってほしかったのかもしれない。そう考えるのはエタの驕りだろうか。
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