(5)
「お、お
ミアは、クラレンスを見て媚びた声を出したが、彼は今までに見たことのない険しい顔のままだった。
メイスンよりも高い背から発せられる、ねめつけるような視線。
クラレンスは明らかに――怒っていた。
「は、初めまして――」
「だれがしゃべっていいって言った?」
「――え?」
ミアの知るクラレンスは、いつだって物腰柔らかな優しい青年だった。
けれど、今のクラレンスはどうだろう。
あからさまに眉間にしわを寄せ、釣り目がちの目を三角にし、相対しあうコンスタンスとメイスンのあいだへと、足早に体を滑り込ませる。
その姿は背にコンスタンスをかばっているかのように見えた。
「……クラレンス」
クラレンスの背後から、覇気のないコンスタンスの声が上がった。
しかしクラレンスは無言のままちらりと自分の背後に視線をやったきり、また刺すような目でメイスンを見る。
「お前、コンスタンスのこと好きなの?」
「え、あ、その――」
メイスンはその綺麗な顔を今や引きつらせて、完全にクラレンスの迫力に呑まれている。
メイスンのかたわらに立つミアは、なにが起こったのかを正確に捉えるすべを持たず、ただ場について行くことに必死だ。
「あの! お
「……ああ」
クラレンスはミアの言葉をさえぎって、今度は完全に感情を失ったかのような無表情になる。
「……ああ、お前、コンスタンスのこと好きなんだ」
「それは、その……」
「ハッキリしろよ。『はい』か『いいえ』で答えられる質問だろ?」
「は、はい! はい……コンスタンス嬢とは是非親しく――」
口元を引きつらせつつも、精一杯の社交辞令的な笑顔を浮かべたメイスンが――次の瞬間には炎に吞まれていた。
「え?」
ミアは間抜けな顔をして、隣で激しく燃え盛る火柱を見た。
火柱からは、聞くに堪えない絶叫がほとばしる。
ミアが火柱だと思ったものは、炎に呑まれたメイスンだった。
その火勢はすさまじく、ミアの頬に熱せられた空気が当たり、思わず後ずさらざるを得ない。
しばらく棒立ちだったメイスンは、しかしすぐによく磨き上げられたル=ヴァーミリオン家の床へと転がって、自らについた火を消そうとしているのか、はたまた単に火から逃れようとしているのか、床の上で左右へと奇妙に体をくねらせる。
蛋白質が焼ける独特のにおいが、ミアの鼻腔を突いた。
そして次の瞬間、中空に水球が現れた。
ミアは、それがメイスンの魔法だということを理解した。
メイスンの得意な魔法は水魔法なのだ。
けれどもメイスンが苦し紛れに出した水球は、彼の体をなめつくさんばかりに燃え盛る炎を消せはしない。
水球はあっという間に蒸発して、水蒸気の白煙が一瞬、あたりに立ち込めた。
メイスンの絶叫はやがて、「ヒィヒィ」というような、情けなくか細い悲鳴へと変わって行く。
ミアは状況について行けず、ただ目の前に広がる惨劇を前にして湧き出てくる、奇妙な笑いをこらえることしかできなかった。
「お前もさあ」
いつの間にかミアのそばにクラレンスが立っていた。
ミアの奇怪に歪んだ唇からは、もはや彼に媚びる声は出せず、ただ「ひ、ひ」と込み上げてくる笑いをこらえる音しか出なかった。
「余計なことすんなよ」
クラレンスがそう言い終わるか終わらないか、ミアの体は火柱に包まれた。
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