41.少女ヴァーナと隊長ゲルチ

 ヴァーナはどこにでもいるような女の子であった。

 活発と言う訳でもなく、だからと言って引きこもるようなタイプでもない。強いて言えば幼少期より炎に関する魔法が扱えたことぐらいだ。


 ヴァーナは孤児院に来てからすぐ長兄として自分の面倒を見てくれるレフォードのことが大好きになった。だから叱られた時に魔法で彼を怪我させた時は泣きそうなぐらい辛かったし、故に自分の炎が無効になる魔法も掛けた。妹のミタリアとも気が合い、よく一緒にまるで金魚の糞みたいにレフォードの後をついて歩いた。

 幸せだった。そんな彼女に身受けの話が訪れる。



「行く先を明かさないってどういう事なんだ??」


 主任使用人であるミーアから、ヴァーナの行き先が分からないと言う話を聞いたレフォードが不満げに言う。ミーアも困った顔をして答える。


「そんなこと言われてもねえ。匿名の貴族のようで書類にも氏名などは空白なの。ただとても魔法に興味のある家みたいで、それで彼女に話が来たってわけ」


 この頃には孤児院の中でもヴァーナの魔法力の高さは有名になっていた。きっと高額の金を積まれたのだろう。容易に想像できる。ミーアが尋ねる。



「どうする? レフォード」


 そんな許可などただの孤児の『見守り役』に貰う必要などない。ただミーアはすべての『見守り役』こうして可能な限り話を振っていた。それが孤児院で上手くやれる大切な条件。気配りができる彼女ならではの配慮であった。レフォードが辛そうな顔で言う。



「魔法を大切に考えている家なら、酷いことはされないよな……」


 行く先すら分からない身受け人。ただ最近、他のグループでは悪名高い貴族や商家からの身受け話が増えている。レフォードは辛い決断をしなければならなかった。



「お願いします」


 そしてその数日後、ヴァーナは皆に見送られて孤児院を後にした。この時は誰も彼女に起こる辛い境遇など想像もできなかった。





 ヴァーナが連れて来られたのは意外にも敵国ヴェスタ公国であった。

 まだ幼かった彼女にそれが交戦中の敵国であることはあまり理解できなかった。ただ、これまでの孤児院での生活と一変してしまうことはすぐに分かった。



「さあ、果てるまで魔法を放て」


(なに、これ……)


 ヴェスタ公国でも有数な魔法貴族。

 魔法を研究する傍ら、有能な子供達をたくさん連れて来て強力な魔導士を育成していた。

 ヴァーナがやって来たのは広大な敷地の中に作られたドーム状の魔法障壁マジック・シールドの中。そこには自分と同じような子供達がふらふらになりながら魔法を放っていた。



水弾アクアショット!!!」

雷撃サンダー!!」

火炎弾ファイアショット!!!!」


 子供達がドームの中で倒れそうになりながら魔法を唱えている。中には魔力切れで倒れている子供もいる。それでも誰も無関心でひたすら魔法を唱えている。



「さあ、お前も早くやれ」


 ヴァーナもその中に混じって魔法を強要された。ここから地獄のような日々が始まる。



火炎ファイアー!!!」



 ゴオオオオオオォ!!!!!



 ヴァーナの魔法は他の子供達を圧倒した。

 初級魔法にもかかわらず、年上の子が放つ中級魔法をかき消すほどその魔力は強大であった。しかしここでの生活は幼いヴァーナにとって耐えがたいものであった。


 朝起きると同時に魔法障壁マジック・シールドの中に入って精魂尽きるまで魔法を放つ。魔力切れになって倒れると大人達がやって来て地下の部屋へと運ぶ。部屋と言うよりは檻の付いた独房。夜中目が覚めると部屋に置かれている食事を食べる。冷えた不味い飯。質素だったが楽しかった孤児院とは全く別物。会話も禁止。

 幼いヴァーナの心はやがて壊れ始めて行く。



 そんな彼女にある日、非道な指令が下る。


「ヴァーナを特別訓練へ」


 特別訓練。それは才能がある子供だけに課される非道な実験。

 いつも通り魔法障壁マジック・シールドにやって来たヴァーナは、いつもと違いそこに誰も子供がいないことに不安を感じていた。やがて大人達が運んで来る木型を見て顔色を変える。



(これって、私を縛るため……!?)


 それは人型に作られた木型。その首、手足の部分に金属製の鎖が付けられている。直ぐに嫌がるヴァーナを無理やり大人達が木型に固定し立ち去っていく。

 そして変わるように現れたひとりの男。ほとんど会うことのない貴族の男。手に大きな鞭を持ち、ヴァーナに言う。



「さあ、果てるまで魔法を放て」


 バン!!!!



「きゃあ!!!」


 貴族の男は鞭でヴァーナを叩くと魔法を放つことを強要した。彼には特殊な魔法障壁が掛けられ、着ている服も対魔法用の防護服。並の魔法ならすべてかき消してしまうほど強力なものだ。



火炎ファイアー


 ヴァーナは恐怖の中で必死に魔法を唱え続けた。



 バン、バン!!!!


「ぎゃっ!!」


 しかしこの特別訓練が終わることはなかった。

 何時間、何日経ったのか分からない。食事もトイレも行けずひたすら魔法を強要された。だが他の子供達と違い魔法量が底なしだったヴァーナはそれに耐えてしまう。貴族の男が興奮しながら叫ぶ。



「ああ、凄い凄い!! なんて魔法量だ!! お前ならなれる最強の魔導士にぃ!!! ぎゃはははっ!!!!」


 バンバン、バン!!!!


「ぎゃあ!!!!」


 そう言いながら狂ったように鞭を振るう男。ヴァーナは極限の状態で、その幼き心は壊れかけていた。



(助けて、助けてよ、レー兄……、もうダメ、こんなの堪えられないよ……、レー兄ィ、助けて、たずゲでよォ……)



 極限の中で思い出される孤児院での生活。

 貧しくて質素な生活だったが幸せだった。みんなに会いたい。レー兄に会いたい。涙と鼻水、全身の激痛で意識を失いそうになる中、は起きた。



「消えろォ!!! オ前ラぁ、ぎゲろォおおおおおお!!!!!」



 ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!



 限界解除リミット・キャンセル

 魔力暴走マジック・オーバー


 魔法少女ヴァーナの中で同時に起こったふたつの特殊事変。魔力切れで倒れるはずの彼女が目を真っ赤に、溢れる魔力を全身から放ちながら桁外れの魔法を繰り出していく。



赤稲妻の衝撃レッド・ヴァーニング!!!!!」

赤く燃え滾る隕石メテオ・ストライク!!!!!!!」


 もはや彼女を止めることは誰にもできなかった。

 狂ったように上級業火魔法を放ち続けるヴァーナの前に、ヴェスタ公国最強を謳った魔法障壁マジック・シールドもシャボン玉のように弾けて消えてしまう。

 後は火の海。広大な敷地や建物を誇る貴族の家は業火に包まれすべて灰と化した。




「これは一体……」


 緊急通報を受けたヴェスタ公国軍が変わり果てた貴族の屋敷跡を見て絶句した。

 公国内でも魔法通として知られた貴族の屋敷はすべて灰と化し、広大だった敷地内は焦げた匂いで充満している。後の調査で魔法を強要されていた子供達の殆どが地下室におり無事だったことは不幸中の幸いであった。



「生存者がいます!! 子供です!!!」


 そんな中、地上で唯一発見された生存者。赤い髪の少女。体はもちろん衣服に焦げた跡はない。



「まさか、この子がやったのか……??」


 魔力切れに限界解除リミット・キャンセルによる暴走。

 精も根も尽き倒れた少女。状況から察するに彼女による魔力暴走だと見る方が自然だ。公国軍将官が言う。



催眠スリープを掛けて軍へと運べ!!」


「はっ!!」


 ヴァーナは意識がないまま公国軍本部へと搬送された。





「処刑することが最善かと思われます」


 ヴェスタ公国軍では恐ろしい魔力暴走を起こしたヴァーナの処遇について、すぐに話し合いが行われた。有力貴族を跡形もなく消し去った重罪。今はまだ魔法で眠っているが、もし目が覚め暴れ出したら誰も抑えることなどできない。魔法将官が言う。


「私も賛成です。あの子の魔力はとても常人の手に負えるレベルじゃありません」


 実際眠ったヴァーナを見た魔法将官。桁外れの魔力に心底恐怖を感じた。


「では少女の処遇は処刑をもって……」



「お待ち」



 そんな会議の結論にひとり異議を唱える人物が声を出した。将官が尋ねる。


「なんだね? ゲルチ隊長」


 それは筋肉隆々のビキニパンツの男。歩兵隊長のゲルチであった。彼もその少女を見た人間のひとり。立ち上がって集まった皆に言う。



「あの子は私が預かるわ」



「!!」


 それを聞いた一同が驚く。ゲルチは歩兵隊長。魔法についての才はない。将官が笑って言う。


「ゲルチ隊長、あなたに何ができる? 魔法の『ま』の字も知らないあなたが」


 一同から笑いが起こる。魔法隊が言うのなら分かるが歩兵隊が口を挟む案件ではない。ゲルチが言う。



「まだ子供じゃないの。大人が面倒を見なくてどうするのよ?」


 腰に手を当て悲しそうな顔をするゲルチに別の将官が尋ねる。


「預かるってまた暴れたらどうするんだ? あんな悪魔のような子供、お前で抑えることなどできるのか?」


 真剣な表情。ゲルチが答える。



「分からないわ。ただここに居るオッサン達じゃ乙女の心ってものは分からないでしょうね。少なくともあなた達より私の方が彼女に寄り添ってあげられるわ」


 ゲルチの直感がそう告げていた。

 眠っているが悲しみに溢れたオーラ。孤独、恐怖、不安。そんな負のエネルギーが彼女を包み込んでいる。



「だがしかし……」


 将官がそう発言するより先にゲルチが言う。


「歩兵隊長は今日で辞めるわ。それであの子の面倒を見る。それならいいでしょ?」


 ゲルチの強い覚悟。言い出したら利かない彼の性格を知った将校達はもうそれ以上何も言わないこととした。





「あら、おはよ。ようやく目覚めたわね。お腹、空いてない?」


 ヴァーナは柔らかいベッドの上で目を覚ました。

 見知らぬスキンヘッドの男。知らない部屋。頭が混乱し警戒するヴァーナだが、すぐにゲルチの優しい心は感じ取れた。



「私はゲルチ。まずはその乱れた髪を綺麗にしましょうね」


 ゲルチがベッドで座るヴァーナの髪を櫛で梳き始める。女性としての身だしなみ。そんなことは随分久しぶりのことだ。



「あ、あの……」


 何かを言おうとしたヴァーナにゲルチが言う。



「ちょっと待ってね。髪を梳いたら朝ごはん食べましょ」


 やがてヴァーナの成長と共にゲルチは軍に復帰。

 その士官場所は魔法隊。ヴァーナの補佐役として入隊したゲルチは、この後『業火の魔女』として名を馳せるこの少女に欠かせない人物となっていく。






「ヴァーナちゃん。もうすぐラフェル軍が見えるわよ」


 そんなヴァーナが再びラフェル軍と激突する。様々な想いを胸にした者達がぶつかる決戦の場。

 その場所へ全く別の方向から予想もしない者達も向かっていた。



「ドリュー様。間もなくヴェスタ公国軍に追いつきます」


「うむ、ご苦労」


 それは魔王カルカルがルコ隊とは別に派遣した上級魔族。対魔法部隊様に特別編成された魔族集団であった。

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