23.魔法隊長レーア
マリアーヌ・ラディスは後悔していた。
一度は本気で愛した男。その彼が平民だと知り一方的に別れを告げた。怒りが彼女を包んだ。もう二度と顔も見たくないと思った。
(なのに、なのに『騎士団長』になるなんて……)
エーク・バーニング。マリアーヌが愛した男は王国最強の騎士として、宣言通りこの国を率いる男になった。
正騎士団長と言えば大臣などと同列の地位。軍を掌握している分、影響力はもっと強い。出自が平民であろうがなかろうが、もはや今の彼にはそんなことは意味のあることではなかった。
(エーク……)
マリアーヌは正騎士団が勝利を収めパレードをする度に、馬上で輝く彼の姿を見つめた。彼を、彼自身を好きになったはずだったのに、『平民』と言う言葉が彼女を狂わせた。
【『業火の魔女』討伐に、騎士団長が出陣する】
そんな城内の話を聞いたマリアーヌは居ても立っても居られなかった。
「エーク!!」
出撃前、多忙を極めるエルクが城内を移動中、前からその懐かしい顔が大きな声を掛けた。
「マリア、……ヌ殿。お久しぶりです」
金髪のサラサラな髪を傾けてエルクが挨拶をする。離れていた時間に比例するようふたりの間には手の届かない距離が横たわる。マリアーヌがエルクの前まで来て言う。
「エーク、私あなたに謝らなきゃいけないの。本当に私あなたに酷いことをして……」
「マリアーヌ殿、お気になさらずに」
少し痩せた、マリアーヌはエルクを近くで見てそう思った。
「違うの、エーク! 私はあなたのことがやっぱり……」
そう話すマリアーヌの言葉を遮るようにエルクが言う。
「平民出の私にはあなたは眩しすぎます。あなたにはもっと素晴らしい人が相応しいでしょう。それでは、急ぎますので」
エルクはそう軽く会釈をすると足音を立てて立ち去る。
「エーク、エーク……」
その場に座り込んで涙を流すマリアーヌ。
身分などもうどうでもいい、そう思えるようになったマリアーヌとは対照的に、エーク・バーニングには今やすっかり貴族社会の価値観に蝕まれてしまっていた。
この後すぐにエルクは『業火の魔女』討伐に出撃した。
「おっさん!! 来たよ、来た来た!! 正騎士団が攻めて来たよ!!」
レフォード達がヴェルリット家に戻って二日。予想よりも早い正騎士団襲撃に皆が少し驚いた。部屋で作戦会議をしていたレフォード達に、偵察に出ていたライドが興奮した様子でそれを伝える。
なお彼が武闘大会で魔族から受けた傷は完治。三風牙のライドは完全復活をしていた。レフォードが尋ねる。
「敵数は?」
「おおよそ三百程度かな」
「指揮官は分かるか?」
「えーっとね、真っ赤なビキニとマントつけてた」
(魔法隊長レーアか……)
正騎士団の情報は既に多く手にしている。『業火の魔女』討伐に名前がなかったレーアならここに来てもおかしくない。しかも少なくない敵数。隊長クラスを送るなど相手も本気だ。ガイルが言う。
「相手は魔法隊だ! 各自、準備せよ!!」
「はっ!!」
その場にいた兵士が敬礼して退室する。ガイルがレフォードに尋ねる。
「レフォ兄、何か作戦ある?」
レフォードは拳を作って言う。
「作戦も何も、これでぶちのめす」
(そんなのあんたしかできねえだろ……)
ガイルが苦笑いしてそれに応える。そこへ兵士が報告にやって来た。
「正騎士団から使者が参りました! ミタリア様との面会を求めています!!」
ミタリアが立ち上がりそれに答える。
「いいわ。会いましょう」
こうして正騎士団の使者とヴェルリット家当主との交渉が始まった。
「失礼するよ」
正騎士団の使者として三名の者がヴェルリット家へ交渉の為にやって来た。
リーダー格の男は中年でやせ型。常に不服そうな顔をしているとっつきにくい人物。美しい白銀の聖騎士の鎧がこれほど似合わない男もいないだろう。ミタリアが答える。
「お待ちしておりました。私がヴェルリット家当主のミタリアです」
そう言って微笑むミタリアに男が言う。
「正騎士団魔法隊、第一部隊長のオデットだ。で、お前が当主と言うのは、この私を馬鹿にしているのかね?」
開口一番挑発的な態度。ミタリアから少し離れて周りを囲むレフォード達の顔が厳しくなる。ミタリアが笑顔で言う。
「冗談ではありません。私がヴェルリット家当主です」
一歩も引かないミタリアにオデットが答える。
「なるほど。ヴェルリット家はこのようなガキを当主にしたので愚行に走ったか。よいか、我々は交渉に来たのではない。降伏勧告にやって来たのだ」
「な、なんだ、てめえは!!!!」
厚顔無恥のオデットに対して、短気なガイルが大声で怒鳴りつける。オデットがそれを横目で見ながら馬鹿にしたように言う。
「このような猿のような奴がいるとは。さすが蛮族ですね」
さすがのミタリアもむっとして言い返す。
「サルは同じかと。それより私達の希望は騎士団長との面会です。争いたくてこのようなことをしているのではありません。面会の取次をお願いします」
むっとしていたオデットが腹を抱えて笑い出す。
「ぎゃははははっ!! 蛮族が、平民が騎士団長様に面会だと!? 馬鹿も休み休み言え。そんなこと永遠に叶うものか!!」
レフォードが前に出て言う。
「なんだ、俺はてっきり騎士団長さんの所へ案内してくれるために来たのだと思ったよ」
「なんだ、貴様?」
オデットがレフォードを睨みつける。
「じゃあ、交渉決裂ってことでいいか?」
レフォードの言葉にオデットが見下した顔で答える。
「馬鹿なのか!? だから最初から交渉などできないんだよ、クズ共めっ!!」
ボフッ!!
「ぎゃっ!!」
そう答えたオデットの顔面にレフォードの拳が命中する。音を立てて後ろに仰向けに倒れるオデット。動揺する残りの使者に向かってレフォードが言う。
「それが答えだ。さっさと連れて帰れ!!!」
「く、この様な蛮行を!! 許されると思うなよ!!!」
ふたりの使者は気絶したオデットを背負いながら屋敷から走り去って行く。
「あ~あ、やっちまったな」
一部始終を見ていたガイルが苦笑しながら言う。
「当然だ。あいつらには最初から交渉する気はない。正騎士と言う名前だけで俺達を服従させようとしている」
「同感ですな。使者にあのような者を差し向けるなど、敵将の器も知れたもの」
そう話すジェイクも既に臨戦態勢に入っている。ガイルがレフォードに合図する。
「レフォ兄」
「ああ。じゃあみんな、一丁派手にやろうじゃねえか!!!」
「おうっ!!」
そこに居た皆が手を上げて大声でそれに答える。
「レーア様! オデット様達が戻られましたが、蛮族に殴られ顔面骨折の重傷とのことです!!」
魔法隊に戻って来たオデット達。その報告を聞いた魔法隊長レーアが笑いながら言う。
「まあ、この圧倒的有利な条件で降伏勧告もできないなんて。部隊長から降格ね。さて、じゃあお望み通り始めましょうか。蛮族殲滅劇を」
それを合図に正騎士団魔法隊が攻撃布陣を敷く。それと同時にヴェルリット家の前で待ち構えるレフォード達に向かって突撃を開始。
真っ赤なビキニに黒のマントを風に靡かせながらレーアが叫んだ。
「さあ、蛮族共は皆殺しよおおおお!!! 当主だけ確保、行けええええ!!!!」
一斉に迫る正騎士団魔法隊。迎え撃つレフォード達も迎撃を開始する。
「レフォ兄!! レフォ兄はそこでミタリアの護衛を頼む!! 雑魚は俺達が掃除するぜ!!!」
そう言うとガイルは何やら空に風魔法を飛ばす。レフォードはミタリアの前に仁王立ちになり頷く。ガイルが叫ぶ。
「行くぞ、お前らっ!!!」
「おうっ!!!!」
皆がそれに大声で答える。
「うそ、でしょ……」
戦況は一方的なものになった。
ガイル、ジェイク、ライドの『鷹の風』幹部の素早い連携攻撃に、正騎士団は子供の様に翻弄され敗走。後方から放たれた光魔法攻撃も、ガイルが空中に張って置いた『風トラップ』が全てをかき消す。
実力もなく家柄だけで選抜された今の正騎士団に、命が掛かったガイル達の攻撃を防ぐことなど到底不可能であった。
「な、なんなの、あれ……」
後方で戦況を見守っていた隊長レーアはまさかの展開に唖然とした。
ラフェル王国最強と称えられる正騎士団が、下等だと蔑んでいる蛮族に一方的にやられている。攻撃も効かない、魔法も届かない、想像もできなかった事態にレーアの怒りが頂点に達する。
「ゆ、許せないわ!! 誰か、そう誰かきっと有能な指揮官がいるに違いない。……ふん、あれね」
この状況はきっと有能な敵指揮官の為だと思った。そしてレーアが目を凝らして見つめた先に、最後方で腕を組み微動たりしない青髪の男の姿が目に入る。
「見せてあげるわ。王国最高の魔法使いと言われた私の力っ!!!」
そう言いながらレーアが魔法を詠唱。自身の目の前に大きな光の弓が出現する。レーアが叫ぶ。
「食らいなさいっ!!
光魔法使いレーア最強の攻撃魔法。ミシミシと極限まで引かれた巨大な光の弓に、白い稲妻ほとばしる
ゴオオオオオオオ!!!!
そして放たれる巨大な白い稲妻。ガイル達と戦う正騎士の頭上を轟音と共に飛んで行く。
「あれは、レーア様の魔法!!」
「これで俺達の勝利だ!!!」
数多くの戦場で放たれたレーアの
「お、お兄ちゃん!!」
ミタリアが自分達に轟音を立てながら向かって来る光の矢に恐怖する。レフォードがその前に立って言う。
「下がってろ、ミタリア」
ミタリアはすぐに屋敷の近くへと下がる。対魔法のコートを着たレフォードがゆっくり前に歩きながら光の矢を見つめる。
ドオオオオオオン!!!!
直撃。
レーアが放った最強の光魔法は、見事狙い通りにレフォードを直撃。もくもくと上がる粉塵を遠めに見ながらレーアが歓喜する。
「きゃはははっ!! 当たったわ、当たった当たった!! 直撃よ、あー、あいつもう死んだわ!!!」
風に靡く黒い色マント。何人もの敵将を葬って来た自信の一撃にレーアが勝利を確信する。だがその確信は一瞬で消える。
「あれ? え、え、なに……、うそ、どうなってるの!?」
レフォードの周りに舞い上がった砂塵が収まると、レーアの目にその中で佇む男の姿が映る。
「お兄ちゃん!!」
建物の陰に隠れていたミタリアが声を出す。レフォードは背を向けたままそれに片手を上げそれに応える。レーアが戦慄する。
「ば、馬鹿な!? うそでしょ! うそでしょ、こんなこと……」
衣服に多少の破れが見えるものの、ほぼ無傷。信じられない光景に自分の目を疑う。レフォードがミタリアに言う。
「ちょっと敵将さんと話に行って来る」
「う、うん……」
レフォードはそう言うとそのままゆっくりとレーアへ向かって歩き出す。
「
ゆっくり近づくレフォードに向かってレーアが次々と光魔法を放つ。
ドン、ドドオオオン!!!
レフォードはそれを全て体で受け止める。
「な、なんだよ、あいつ……」
兵士達の間を魔法攻撃を受けながら黙って歩くレフォードに、敵兵達が恐怖を抱き震え始める。
「やだ、やだ、来ないで……」
真っ赤なビキニに黒のマント。正騎士団最強魔法使いのレーアが震えながら地面に座り込んだ。これほどの恐怖はない。絶対的実力差。彼はまだ抜刀すらしていない。震える彼女の前にレフォードが仁王立ちし、上から見下ろして言った。
「話し合いに来た。聞いてくれるか?」
殺されると思っていたレーアは、その意外過ぎる言葉に目を赤くして素直に頷いた。
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