燈乃夕陽と黃山花梨2

今日は街に人間が多い。どうも日曜日らしい。久しぶりに番組の流れをちゃんと頭に入れた気がした。といっても、今日は街頭インタビューとちょっとした番宣くらいで、それほど神経を使うものではない。

 ただ、それにしたってずいぶん思い切ったメンバーではある。

「すみません、なんか、頼りっきりで」

「すみれっち謝るのすきだねー」

 デビュー二年目ともなれば落ち着くかと思ったが、すみれに関して言えば、そんなことはないようだった。それどころか、すみれはどんどん一般化しているような気がする。

 こんな大人たちに囲まれて暮らしていて、その他大勢の人間と同じような感性を持ち続けられるのは、間違いなく才能だ。この世界ではなかなか見ない。

 今日のメンバーは私とすみれと桃ちゃん先輩の三人で、となると当然、回しは私ということになる。すみれはまだ仕事をするということ自体に一生懸命で、桃ちゃん先輩はそもそもやる気がない。

 芸歴ということでいえば、桃ちゃん先輩など生まれた瞬間から芸能人みたいなものなのだから、もうちょととしっかりしてくれてもいいのに。今もちょっとの休憩時間だというのに、お菓子をあさりにロケバスを飛び出て勝手にどっかに行ってしまった。

 一方ですみれは、ちゃんとした街録自体が初めてで、かなり手こずっているようだった。

「こういうのあまりやったことなくて」

「そりゃそうだ。普通は知らない人間に片っ端から話しかけて、夏の曲と言えば? なんて聞いて回ったりしないもん」

 そうですよね、とすみれは疲労いっぱいの顔でふう、と息を吐いた。こうしてみると、すみれの持っているものの中で、顔の造形だけは普通という枠からは少しはみ出ている。

 親戚がオーディションに応募しなければこんなことにはなっていなかった、とよくインタビューで話しているが、そうじゃなくてもどこかでは捕まっていたはずだ。

 事務所は新しいグループにこの顔とスタイルが欲しかったのだろう。すみれはうちの事務所にはいない系統の穏やかな美形で、手足も長い。だからといって、本人の意思を絡め取るように、素人をこんな世界にとりこむのは罪深いことじゃないだろうか。うちの社長はそういうところがある。

 本人が他人のためにがんばることが苦ではないということは、不幸中の幸いといったところだろう。すみれはまたあってないような台本をじっと眺め始めた。

「だんだん減ってくよ」

 私がつぶやくと、ぱっと顔をあげる。

「え? なにがですか?」

「有名になれば自分のことを知らない人間が減ってくから、知らない人間へのインタビューじゃなくなるってこと」

「それ、相手が知っていても、こちらが知らなければ同じことでは?」

「ああ、そうともいうかも」

 やっぱりすみれの感覚は正常だ。けれど、まぁ大抵の人間は大抵の場合正常ではない。自分がよく知っているというだけで、相手に驚くべき態度を取る人間はたくさんいる。

 すみれをなるべく正常のままでいさせることが、私たちメンバーのできることなのかもしれない。

「そういえば、高校どうしたの?」

 すみれはデビュー時が高校進学の時期と重なっていたが、ごく一般的な地元の高校に入った。入れるところに入っただけだというが、それなりの進学校らしく、芸能活動をしながらだとなかなか厳しいものがあるらしい。

 少し前にそのあたりの融通がきく芸能系の学校へ転入しようかどうか、と迷っていた。すみれは少し眉を下げて少し笑った。

「やっぱり、今のままで行こうかと思います」

「そっか」

「はい」

 なぜか申し訳なさそうな顔をするので、その方を軽く叩いてみる。

「うん。正解だよすみれっち」

「正解、ですか?」

 私たちがそれとなくすみれに進路のことについて相談されたとき、明確な意見を言わなかったからか、すみれは今の私の言葉に戸惑っているようだった。

 あのときは、メンバーである私たちの意見にすみれが左右されるのが嫌で、一般的な事例についてしか話さなかったのだ。ただの他人の意見と、いわば運命共同体の私たちの意見では、すみれにとっては重みが違う。

「正解正解。学生にしかできないことってあるから、自分の選んだところで過ごしたほうがいいよ。事務所にはすみれの人生と生活を守る義務があるんだから、ちゃんと守らせてやったらいい。それも仕事なんだから」

 そう伝えると、すみれはぽかんと口を開けて、奇妙な顔をした。

「なに?」

「あ、すみません。なんか、すごいかっこいい。人生の先輩だなぁと思って」

「二個下だけどね」 

「まったく思えないです! また何かあったら相談させてください」

 この謙虚かつ素直なところもすみれの持つ稀有な才能だ。一般人にだろうが芸能人だろうが、なかなか持てるものではない

 そんなことを考えていると、そういえば、とすみれが少し前のめりになって呟いた。

「私、前から聞きたいことがあったんですが」

 そのときロケバスの扉が開いて、桃ちゃん先輩が袋いっぱいにお菓子を抱えて入ってきた。

「おつっす」

「おかえりなさい」

 相変わらず桃ちゃん先輩はものを言わずに、ただ少しうなずいて、後部座席の私とすみれの間に陣取った。かすかな体重がどすん、と着地する。どういうわけだかここ最近、というよりもしかしたらずっと前から、桃ちゃん先輩はすみれのことをひどく気に入っている。

「せんぱーい、他に場所あるじゃないっすか、なんでわざわざ間に座るんすか」

 私の言葉にはまったく反応せず、桃ちゃん先輩はお菓子を漁りはじめた。パーキングエリアで駄菓子の屋台のようなものがあったらしく、チープでジャンキーなちいさなお菓子がこれでもかと袋の中で色を競い合っている。

「真ん中が好きなんですかね」

 隣に本人がいるというのに、すみれはよく桃ちゃん先輩の思惑を周りに確認する。どう考えてもすみれの横がいいのだろうと思うが、それをすみれに言っていいのかどうかよくわからない。

「ていうかすみれっち、聞きたいことって?」

 そう水を向けると、ああ、と律儀にすみれは少し居住まいを正した。

「単なる興味、というか関心なんですけど、夕陽さんはなんでアイドルになろうと思ったのかなって」

「え?」

 思いもよらぬ質問に、舌を通さず声がぼろんと落ちる。

「なに急に、インタビュー?」

「すみません、ずっと気になっていた、っていうか、本当のことをいうと、私、バッカス探偵団のファンで」

 本当のことも何も、最初に会った瞬間からそんなことは知っている。すみれくらいの年代なら、会う人間のだいたいが同じような反応をするのだ。彼らは大抵、もうなくなった古い情熱が一瞬ぶりかえしたような顔をする。

 もっとも、それをこんなに重大な告白のように言うのは、すみれくらいかもしれない。

「今でもなんで私がその隣にいるんだって不思議なんですけど」

 がさがさと二人の間で菓子袋の音を盛大に立てている生まれ持っての大スターについてはスルー、というところもすみれらしい。

「すみれはどっち派だったの?」

「はい?」

「リーリとミーミ。どっち?」

 そう聞くと途端にすみれは慌て、というより興奮しはじめた。ぶんぶんと両手を振ってこちらに訴えてくる。

「どっちとか! そういうんじゃないですよ、リーリとミーミは二人でひとつなんですから!」

 一種の様式美にしたがった質問をしてみただけなのに、思ったより真剣な言葉が返ってきて面食らってしまった。すみれはなおも興奮した様子で続けた。

「どっち派とか本当ない。その質問、本当によくないですよ! ばかみたい! なんで二人に優劣つけなきゃいけないんですかね? おかしいですよ。二人ともって言ったら隠してるとか言われるし、私はそんな浮ついた気持ちで好きなんじゃないんですよ、二人のあの感じが、生まれてはじめて獲得した最高さなんですよ。なんでそれが分かんないのかな。なんで二人のうちどちらかが好きって前提で話しかけてくるんですかね、あの人たち」

「いや誰よ、あの人たち」

 私が突っ込むと、はっとなって、すみれはまた手を振った。

「ちがう、違います、すみません、ちょっと在りし日の思い出が蘇りました」

 どうもすみれはこちらの想定以上にちゃんと私たちのことを好きだったらしい。こういう人に出会えると、やはりやっていてよかったと思うし、許されたような気持ちになる。

 別に悪いことをしていたわけでもないのに。

「番組終わった時、私本当につらくて、悲しくて、だからこうして今、お二人が表に立たれていることはファンとしてすごく嬉しいんですが」

 熱弁をふるっているすみれの手に、桃ちゃん先輩が無理やり林檎型のゼリーを詰め込んでいる。少々、面白くない顔をしているような気がする。彼女の機嫌を損ねるのはよろしくないのに、すみれは林檎をにぎりながらも、私の方だけを見ていた。

「一時期ぜんぜん姿を見なかったので、もうテレビとかには出ないのかなって」

 こういう純粋な好意を引き続き懐いてくれる人間は貴重だ。貴重ということは数が少ないということだ。小さいころは、そのことをちゃんとわかっていなかった。

 人の情熱はすぐに別のものに注がれていく。それは、まったく悪いことではない。もともとそういう仕組なのだ。だから私たちも、あんな風に急激に人の情熱を集めることができた。

 人はいつでも情熱をそそぐ器を求めていて、ある器が情熱でいっぱいになれば別の器をまた探す。どんな器も時間という確固とした価値で象られているので、時が経てば溶けて消えていくようにできている。

 私たちの器はぎりぎりで二年持った。

「単純に仕事がなかっただけだよ」

 端的な事実を口にするとき、いつでもちょっとだけ緊張する。それと同時に、そこには諦めに似た心地よさもある。すみれは首をかしげた。

「そんなことあるんですか?」

「子役なんてそんなもんだよ。純粋な子供でいられる時期からずれて、それでも使い続けてくれるほど私たちには技術がなかったからね」

 演技力もバラエティ力も、ついでに言えば顔つきも、成長してなおも価値をもつほど立派なものは何一つなかった。かつて絶大な人気を博した、という事実の予熱で、多少の仕事は入ったが、小学校高学年にもなるともはやほとんど仕事らしい仕事もなかった。

 すみれはまったく納得していない顔をした。こういう時、なんと言っていいのか分からない。自分たちの能力を信じてくれている子の夢を壊すのは、あまりに忍びない。ましてや、これから先いくらでも、すみれ自身もそうしたものと対峙していかなくてはいけないのだ。

 そこらにうじゃうじゃといる天才や、自分の力ではどうにもならない運や、目に見えない怪物のような群衆の感情と、一緒にこれから戦っていかなければいけない。

 でも今はまだ、すみれにそういうことを知っていてほしくはなかった。

「すみれ、ちょっと」

 ちょうどその時、マネージャーがドアを開けすみれを手招いた。

「へ。私ですか?」

「あんたしかいないでしょ」

「すみません。今いきます」

 なぜ自分だけ、という顔を隠さずすみれが去っていくと、車の中には桃ちゃん先輩のお菓子の袋の音しかしなくなった。すみれは林檎のゼリーを握ったまま外へでたようだ。

「桃ちゃん先輩、私にもなんかくださいっすよ」

 声をかけてみたが、いつも通り感情がよくわからない一瞥をくれただけだった。この人も今の話を聞いていたのかと思うと、気まずい。

 自分たちみたいな野良子役と違って、桃ちゃん先輩は生まれたその時から、世間の情熱の注ぎ先として存在していたのだ。まだ生まれて数日の頃から、全国ニュースでその姿が流れている。

「ん」

 ちく、と肌が痛んでなんだと思うと、桃ちゃん先輩がお菓子のパッケージで私の皮膚をさしていた。十円玉くらいの大きさのチョコレート。どうやらくれるということらしい。

「あざっす」

 すみれ以外にものを与えているところを見たことがないので、自分でねだっておきながら戸惑ってしまった。そればかりでなく、桃ちゃん先輩はお菓子の袋から目を話さずに言葉を発した。

「なんでアイドルなの」

「はい? なんすか?」

 話しかけられたことは、お菓子を分け与えられる以上の衝撃だった。思い返せば今まで二人きりで話したことなど一度もない。そもそも、二人以上でだって仕事以外の会話らしい会話をしたことがない気がする。小さいゼリーを開封しながら、それだけを見ながら桃ちゃん先輩は言った。

「俳優、タレント、一般人、なんでもなれる」

 それなのになぜアイドルなのか、という質問に違いないが、その質問をする真意が汲み取れなかった。こういうとき、まず相手の求めているものを探ろうとするのは、もう一生変わらない習い性なんだろうか。

「なんでもは、なれないっすよ」

 特に一般人には戻れない。よくて忘れられた芸能人。あるいは、売れなくなった有名人。

 ならば、と言ったのは花梨だ。

 花梨の本性は繊細で臆病だが、本当に大事なことの前では、いつでも鋭敏で大胆だった。

「いっそのこと、使い果たしちゃおうよ」

 誰もいない夜の公園で、生ぬるくて土の匂いがしていて、遠くで虫が鳴いていた。その時、私は鼻先の空気を二三度吸ってみたのだった。夕方まで存在していたであろう、子供の残り香がかすかにするような気がしたから。それから、もし自分がそのうちのひとりだったら、と静かに夢想していたのだった。 

 大人の世界を知らず、子供らしい門限があり、その範囲内で近所の公園で身の丈にあった遊びをする。そこに責任は存在せず、ただゆるやかな喜びだけがあるのだ。

 それは魅力的な人生だが、そうであったら私は花梨と出会えなかっただろう。そう思うと、あまりよい人生とも言えないような気がした。

「なにを使い果たすの?」

 私たちは大きなタコの滑り台の小さな頭頂部の中で、だらりと両足を投げ捨てながら向かい合っていた。タコの頭頂部にはなぜか穴が開いていて、そこから少しだけ夜空が見えた。

「なにっていうか、わたしたち?」

 花梨が小さく首をかしげたので、タコの内壁に髪と骨が擦れて、ごりっと小さく音がした。

「わたしたち」

「うん」

 私はいつでも花梨より理解がすこし遅かったが、それでも「使い果たす」あるいは「使う」という言葉は、これ以上なく私たちの人生に寄り添ってきた言葉だと思った。

 思うに、人生で消費される人間の人間的部分というのは、かぎりがあるのだ。人間的部分というのはたとえば、一世一代の愛の告白に使われ、バレエのポワントに使われ、毎日休むことなく仕事に出かけるのに使われていく。そしておそらく、多くの人は人間の人間的部分を使い果たすことなく人生を終えるのだ。

 それは、普通に生きていては、使い果たせないようなもの。

 でも人の前に出て名をなしている人間は、きっとその人間的部分を消費し続けている。もしかすると、ある程度消費しつづけることで、人間の人間的部分が増えるのかもしれない。

 けれど私たちは、中途半端に使いすぎ、普通の人間と生きていくには不十分なくらいのものしか、もう余力がないような気がした。

「使い果たせるかな?」

 今からもう一度、使い果たせるほどの売れ行きが私たちに見込めるとは思わなかった。しかし花梨はにやりと笑った。

「まだ若さがあるからね」

 花梨にはなにか策があるようだった。立ち上がって、タコの頭頂部から空に顔をだした。追いかけて私も顔をだすと、すぐそばに花梨の顔があった。

 あのとき、もしかしたら私は止めるべきだったのかもしれない。

 でも、すぐそばに花梨の顔があって、その顔がきらきらしていて、楽しそうで。その未来に一緒にいたいと思ったのだ。

「アイドルって消費される商売じゃないですか」

 桃ちゃん先輩はまた菓子に目線を落としていたが、私の言葉にふと顔を上げた。人の顔色を伺うのは得意だけれど、この人の感情はいつまでたってもよくわからない。

「しょうひ」

 こうして対話をしてくれるのは、本当にありがたいことだった。グループを結成して三年年、やっと少しは心をひらいてくれているのかもしれない。

「若い肌があれば、なんとかなるというか、拙さも加味して、存在そのものが商売になるというか。そういうの、この世界にはあるじゃないですか」

「しょうひ」

 桃ちゃん先輩がもう一度その言葉を繰り返す。

 彼女にとってのその言葉と、私たちにとってのその言葉は、別の意味を持つだろうか。どうだろうか。少なからず、同じことを私たちは知っているような気がする。

「一般人に戻れる術があるのなら、そうしたかもしれないっすけど。ないですからね。ならいっその事ぜんぶ使い果たしたかったっていうか。もうどっぷり浸かりたかったっていうか」

 人の記憶を消すことはできない。どれだけ些細なものであったとしても、名前を聞けば私たちの姿を思い出す人間が、全国にいくらでもいる。その状態でなお、普通であることを望むほどの気力や情熱が私たちにはなかった

 ぷち、と音がして、見ると桃ちゃん先輩はまた小さなゼリーの蓋を開けて、口に滑り込ませていた。水色の半球体が、つるりと小さな舌に飲まれて消える。そしてぽつりと呟いた。

「自分をしらない人がいるのは、うれしい」

 それは秘密の開示めいた響きをしていた。生まれた時から不特定多数の好奇の目にさらされ、七光りと本気でも冗談でも、幾度となく言われ続けているであろう彼女の吐く言葉は、なぜか信じられないほどに純真な響きを持っていた。

「でも私を私として見てくれるのは、この世界にしかいない」

 そういうこと? と桃ちゃん先輩が問いかけてくる。思うに、彼女はいつでも自分の中で世界のさまざまなことを捉え続けている人なのだ。他人のことも、自分の心と繋いで考えている。

 だからこそ、ほとんどの場合沈黙しているのかもしれない。特殊な出自の桃ちゃん先輩には、自分ごととして捉えられる範囲が、あまりにも限られているから。

 だからこそ、私たちのような人間のことは、こんなにも的確に理解できるのだ。

「そういうことです。わたしたちは、この世界でしか、普通に生きられない」

 芸能の世界には、同じような境遇の人間なんてそれこそ掃いて捨てるほといる。自分よりもっともっと化け物じみた才能や運を持って、もっと苦しんでいる人がいくらでもいる。普通でない私たちが普通以下になれる場所があるとすれば、この世界だけだ。

「そう。わかった」

 単純にそれだけを言って、桃ちゃん先輩はすこしだけ笑った。その笑顔の真意はわからないけれど、私たちに向き合ってくれる気があるというだけで、景色がひとつ明るくなったような気がした。

 それに、桃ちゃん先輩がすみれを好きでいる理由も同時にわかったような気がした。たしかあの子は、オーディションの日に桃ちゃん先輩に興味がないと言ったのだ。ダンスは好きだけど本人のことはよく知らない、とかなんとか。

 最初に聞いた時は、突飛なことを抜かして印象に残ろうというよくある魂胆だろうと思っていた。けれどすみれ本人を見るに、どうも本当らしく思える瞬間がいくらでもある。

 今でも、すみれは桃ちゃん先輩の人格には首を傾げつづけている。けれど、何度も見て聞いているはずの彼女のダンスと歌を、いつまでもきらきらと輝く目で追っているのだ。

 桃ちゃん先輩にとって、出自という背景を無視して、自分の積み上げてきたものをだけを見てくれるのは、すみれしかいないのかもしれない。

「ふふふ」

 勝手に新しい一面を知ったような気になって、気分がよかった。

「桃ちゃん先輩、今度なんかお菓子おごりますね」

 そういうと、彼女は怪訝そうな顔をしたが、すぐにうなずいた。

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