第27話 片鱗
「はい『オーク』はい『ブラックドッグ』はい『ゴブリン』ッ! 弱い弱い~うりゃりゃりゃりゃ~~~!」
獲物を食い殺すのは自分だとばかりに続々と現れる魔物を、レラは楽し気な気炎を吐きながらSの字の如く巨大な両刃鎌で一掃していく。
「ちょっとレラっ! こっちに飛ばさないでよ!?」
「にゃはっ! ごめんごめ~ん! ほッ!」
「全く……周りの事なんてお構いなしなんだから……一番倒してるのもレラなんだけれど……」
可憐な翡翠髪のサイドテールを靡かせて楽しそうに戦場を舞い踊るレラにサキノは注意を促す。
心身ともに余裕を持ち立ち回るサキノはレラが斬り飛ばしたオークの上半身を飛び跳ね回避し、一段
「魔物の出現が途切れないねっ! もうだいぶ倒している気がするのだけれどッ!」
何十体目かの小柄なゴブリンとブラックドッグに白線を走らせ、右方からの攻撃力のあるオークの棍棒にサキノは防御態勢を敷く――が。
サキノの眼前を峻烈な勢いで黒影が横切る。
「吹き飛べッ!」
『ブゴォォッ!?』
翠眼――身体強化を施したルカの激烈な蹴撃がオークを捉えた。弾力性のある贅肉を喰い込ませながらバキィッ、と骨に到達する醜音をその場に残し、もう一体のオークを巻き込みながら決河の勢いで吹き飛んでいく。
「ルカありがとっ!」
「気にするな。まだ来るぞ」
一瞬でサキノの
しかし――。
「……ぅん? 何かがいつもと違う、ような?」
そんなサキノの予想を裏切るように、周囲の光景の違和感が頭の片隅をノックする。
戦闘に集中していて『原因』を追究しようとはしていなかったが、思えば戦場にあるべき姿がそこにはなかった。
「数十の魔物を相手にしたのに死体が転がっていない……魔物の死体は消滅まで三十分のインターバルを要する筈なのに……」
魔物の死骸は幻獣のように命尽きても即消滅することはなく、大混戦に陥れば骸が足元を埋め尽くしているべきなのだ。
しかしそれが見当たらない。
「こんなに足場がすっきりしているなんてそれこそ異常なのだけれど……もしかしてこれも
血で濡れた足場、多数の魔物を攻防一体で豪快に迎撃するレラ、ブラッグドッグの首を黒剣で跳ねるルカ――そこまで視線を配り、サキノは衝撃の光景を目にした。
「ルカ――魔物を蹴り飛ばして――ぅえっ!? 嘘でしょうっっ!?」
眼前のブラックドッグを仕留めた少年が闇夜に翠眼を光らせ、その骸を蹴り飛ばした先には固められた何かの山。黒く、赤く、大小様々で、見覚えのある物体の山。
「魔物の死体置場ぁ!? 魔物との戦闘も、集団戦闘も初めての筈なのに、戦闘と『足場の確保』を同時にしているの!?」
ルカの機転に驚愕の声をサキノは張り上げ、周囲を回顧すると同じような山がいくつも見つかった。
暫くルカの行動を目で追うと、一帯に転がる動かぬ障害物達を回避と連動して蹴り積み固めていく。特にレラが撃破した周囲は念入りに。
「『足場の確保』は魔界の戦士としては鉄則だけど、普通は戦場を移動して足場を確保するもの……ここまで大混戦になると移動出来なくて常に危険が付きまとう筈が、機転次第でここまで快適になるなんて……なんて発想っ……!」
地に横たわる障害物を避けながらの戦闘は一歩踏み違えれば死を誘発する。魔物は死して尚、不安定な足場で戦士達を死へと引きずり込む悪霊の手となるのだ。
『ブオオオオオオオオ!!』
「私だって――!」
『ォッ――――――――』
オークの轟然とした棍棒の振り下ろしを流水のように躱し、首を跳ねる。断末魔さえ残さない流麗な直線を斬り返し、サキノは白刀の側面でオークの豪腕を死体置場へ向けて弾き飛ばした。
しかしその腕はあらぬ方向へと錐揉みしながら墜落し、やがて綺麗にサクッと。
「地面に刺さって……ふふっ」
上手くいかなかったことへの失笑か、珍事の結果へか。
笑いが込み上げてくるサキノは戦場のど真ん中で必死に笑いを堪えていた。
遊んでいる場合でないことは百も承知だが、予期せぬ笑いの風に一人の少女が悶え苦しんでいる中。
「ん~? やけに耐久も力も強いトレントがいるな~! ほら頑張れ頑張れっ」
木の根を巧みに操り鞭のように攻撃を繰り出す移動砲台の樹木。林に紛れて擬態することで戦士達を欺く、奇襲を主とする狡猾な魔物トレント。
「黒い靄、赤い眼……ふーん、これが
通常時の魔物との相違点を洗い出し、まるで執行猶予は終わりだとでも言うかのように笑みを濃くするレラは、迫り来る触手を大鎌で切断しながら頭上を見上げた。
「悪いな。一撃で充分だ」
『――――――オォォ……』
降り注ぐ黒一閃、淀みのない縦線をトレントに斬り下ろしたのは黒き影。
トレントのお株を奪うようなルカの奇襲に、縦断されたトレントは崩れ落ちる。
「強化種でも一撃なんて、ルカくんやっるぅ~! さっすがクロユリの
「いつの間にか入団したことになってない?」
キャイキャイとレラが騒ぎ立てて戦場を見渡すと、そこには魔物達の亡骸が積み上げられているだけの静かな夜。
何事もなかったかのように凛然と寄るサキノを交え、三人は長時間に渡る大混戦に一度終止符を打ったことを認める。
「いや~中々に長かったね~。初都市外でこれだけの大規模戦闘! ルカ君運がいいね!」
「絶対運が悪いの間違いだろ。これを運がいいって言うレラがどうかしてるぞ……」
「レラは
「サキちゃん辛辣~ま、否定はしないけど~。何はともあれ、向こうからジャンジャン寄って来てくれたおかげで捜し歩く手間が省けたんじゃないかな? ここらはもう狩りつくしちゃったでしょ」
「噂に聞いていた強化種の数が大分少なかった気がするんだけれど……軽度であるに越したことはないけれど、あまりにも拍子抜けと言うか……」
今回の
「確かにね~。あれだけの大群の中、はっきりと強化された魔物だってわかるのトレントの一匹だけだったもん。あの程度なら、ステラⅣの騎士団員達でも連携次第でなんとでもなるだろうし、大事になるとは思えないな~もしかすれば全ての魔物が強化されてる訳じゃなくて、何らかの条件があるのかも?」
「
「まっ、
「男女比二対一でダブルデートとは言わないし、そもそもこんな物騒なデート望んでないよ……」
先行きに暗雲を見るサキノへ、場を和ませようとレラお馴染みの冗談が林間をすり抜けていく。
下界では考えられない血生臭い非日常を否定するサキノが計らずも発した返答に、レラはにやにやと口角を湾曲させる。
「こんな物騒なデートは、ね~。にゃるほどにゃるほど~」
「な、何よ……?」
「ベっつに~。さ、進むよ~」
「ちょっとレラっ!? その含みがある感じは何!? 白状するまで終わらせないんだからね!」
余計なことを口走ったのかと不安に駆られるサキノは、レラの横に張り付き尋問を開始。
楽しそうに笑顔を咲かせる少女、小さく頬を膨らませる少女。
そして少年は後ろ髪を撫でられた何一つ変化のない東の夜空を眺めていた。
何かが起こりそうな予感がする東の方角を。
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