第21話 深入り禁止

 凶器を宛がわれるルカと刃物を用いて奇襲を仕掛けた二人組は緊迫状態に陥り、一方で顔面を蒼白にしながら慌てふためくのは背後の少女シロ



「ゼノン!? クゥラ!? いきなり何を!?」

「姉ちゃんが人族の匂いを引き連れて帰って来るからだろ。捕まった姉ちゃんが不承不承に住処を案内されてんのなら俺等が始末しねぇと」

「……警戒するのは当然だよ」



 シロの意図を知らない二人は、ルカがシロに住処の案内を強要した可能性について説いていた。

 同居人同士での言い争いが起こる中、刃物を突きつけられたルカはしかし。



(まるで気配を感じなかった……だけど――)



 右方から首筋にナイフを宛がう少年の手を掴み、ルカは刃先を更に自身へと食い込ませた。



「は……!? 自分から押し当てて……!? 何を考えてるんだ!?」

「気配を完全に殺して奇襲までしておいて、に持ってるナイフ。殺気を纏ってるだけで本当に刺す気はない。違うか?」

「そ、そんなことないっ!? 俺達の平穏を奪おうとする奴だったら俺は――」

「ルカさん血が……」



 ルカの首筋から垂れる赤い液体と言葉に、少年は動揺を隠しきれていない。



「……お兄ちゃん、止めよう。この人に悪意はないみたいだし、何よりお姉ちゃんもびっくりしてる……」



 ルカの害意の無さを感じ取った少女はナイフを持った手を下ろし、部屋に簡易的な電気を灯らせた。



(金髪金眼、十歳くらいの子供……男猫人ヒーキャット女猫人シーキャットの双子ってところか? そう言えばシロにゼノンとクゥラって呼ばれてたな)

「ちっ……何だってんだ……姉ちゃん説明してくれよな」



 少しだけ明るくなった工場内。机の上にナイフを置き捨てた少年――ゼノンは部屋の隅にある椅子へと向かい、ぞんざいに腰を下ろす。

 一先ず話を聞く体勢が整った場にシロから安堵交じりの大きな溜息が漏れ、ルカとシロを招き入れた工場の扉は閉められた。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




 クゥラが用意した回復薬により、ルカの脚の負傷と首の出血はたちまち回復し、シロによる事情の説明会が開かれた。



「――つまり姉ちゃんが相変わらずのポンコツ勘違いをしたせいで話が複雑になってアンタが巻き込まれたと」

「……受け渡し場所にも現れたから追手だと思って思わず回復薬も割っちゃったと」

「う、うぅ……ううううううっ!?」

「「ポンコツパンダ」」

「うがぁぁぁーーーーー!? わたくし小熊猫レスパンディアだから!?」

「何の弁明にもなってねぇよ?」



 洗い浚い吐かされたシロは羞恥によって真っ赤な顔で種族の暴露を吠える。

 


「小熊猫ってことは襲ってきたあの男と同じか? にしては毛並みがレッサーパンダっぽくない気もするけど……?」

「バ――彼は純粋な男小熊猫ヒーレスパンディア、私は希少種アルビノなんです。目立つってだけで特に取り柄はないんですが……あはは……」



 外套を脱いだシロの髪と尾は軍服に近い衣装と同じ空色。本人からの補足がなければ一目で種族を理解するのは困難だろう。

 しかし少女は自身のことよりも正面に座るクゥラを、そして少し離れたゼノンに慈愛の眼を向ける。



「それに比べて、ゼノンとクゥラの二人は調合、開発に秀でた薬師なんです。様々な回復薬ポーションを使ってきたわたくしから見ても、二人が作った薬は他の薬よりも優秀です」

「俺の怪我も直ぐに治ったしな。シロもここで薬を作ってるのか?」

「姉ちゃんは製薬に関してはからっきしだ。手伝ってもらってもヘマばっかするしな」

「そういうことです……お恥ずかしい……」


「ま、俺達は姉ちゃんに養ってもらってるみたいなもんだから文句は言えねぇけどさ」

「……お姉ちゃんが依頼をこなして稼いできてくれるんだよ」

 


 血縁関係はなかろうとも姉と呼ばれ、とことんいいところがないシロ。しかし唐突にゼノンとクゥラはシロの存在意義を口にし、ルカに一片の引っ掛かりが生じた。



(二人が薬を造ってシロが移送する流れじゃないのか……? どうしてシロに養ってもらってるなんて言葉が出てくる?)

わたくしはこんなですけど、この子達には立派な夢が――自分達の薬舗を持つという大きな夢があるんです。今は表立って商売もできませんが、いずれは名立たる薬師に――」

「姉ちゃん喋り過ぎだ」

「表立って商売ができない?」



 ゼノンが制止の声を上げるのと、ルカが異存を唱えたのは同時だった。遅きに失したと顔を逸らすゼノンとルカの横顔に何度も目を移ろわせるシロは当惑し返答に窮す。



「あ……え、と……それは私が都市から追われ、住処を転々としているからで……」

「都市から追われて……? あの男に追われてたのはそう言う事なのか?」

「はい……女小熊猫シーレスパンディアであっても何も変えられない。私が犯した過ちは悪逆で、許されざる所業なのです……」

(出会った当初からの過剰な敵対反応……なるほど、都市が彼女を追ってるとすれば、俺の言葉なんて信用出来ないよな……)



 外套然り、回復薬の引き渡し場所然り、シロの人目を避けるような行動理由にルカはようやく得心がいった。



(……ん? でも誰も信用出来ないなら、子供達もいる最後の砦のこの場所をなんで俺に案内した……? 来訪者に対して警戒心の強い子供達にどうして会わせた?)

 


 同時にルカは場違いなまでに新顔の己が連れてこられた理由がわからない。

 彼女の真意が分からない――けれど、その矛盾がルカに一つの仮説を生んだ。




『ルカがしたい事はなぁに? ルカが求める結果はどんな結果? ルカがしたいことに正面からぶつかって初めて、救われる何かがあるんじゃないかな』


(ラヴィは言ってくれた。もしもこれが彼女の救済の声なら、俺がしたいこと――俺がするべきは)



 瞑目しながらもまるで自分達の縄張りテリトリーに踏み込まれた獅子のように尖鋭な気配を発す少年。不安そうに薄い胸に手を宛がう少女。

 そんな二人を一瞥して救済の手を伸ばすルカは――。



「一体全体何があったんだ? 良かったら話を――」

「アンタはよぉ、理不尽に殺されかけたことはあるか? これまで平和だった人を事件に巻き込んで自由を奪ったことはあんのか?」



 少年の怒りを買った。



「ゼノンやめなさい」

「事情も知らねぇ、深い仲でもねぇ、そんなが何勝手に深入りしてきてんだよ。俺達の全貌を知って嗤うか? 魔界にも惨めで哀れな亜人族がいたと言って回るか?」

「ゼノン!」

「俺達は小汚いし貧乏だしみっともないかもしれねぇが、決して満足してないわけじゃねぇ。アンタからしたら俺達は不幸に見えるだろうが、その自己中心な見解の押し付け、はっきり言って不快だ」



 ゼノンのルカへ対する非難はひとえに人族への嫌悪。下界とは正対的な、魔界での常識が抜け落ちていたルカへ、ゼノンの舌鋒は止まらなかった。



「姉ちゃんが連れてきた客人だと思って少し気を許せばこれだ。……だから人族は信用ならねぇんだ、帰ってくれ」

(……そうだ、ここは人族が疎まれる魔界……他種族の救済なんて好奇心や偽善にしか映らない……! やっちまったな……上手くいかないもんだ……)



 椅子から飛び降り「クゥラ行くぞ」と、奥の部屋へと消えていくゼノンの背中はとても小さかった。険悪な空気にクゥラは机の上に魔力回復薬の入った紙袋を置いて一礼しゼノンの後を追う。



「ゼノン……」



× × × × × × × × × × × × ×

【モノローグ⇒シロ】



(あぁ、まただ……)



 失態を感じる。自己嫌悪を感じる。

 わたくしが間に立っているというのに、どうして二人の人族嫌いを助長させるような結果にしかならないのか……。

 全てが裏目に出る。全てが悪い方向にしか転がらない。



(私はなんて弱いのでしょうか……心も体も、何もかも……) 



 どうして私は何も上手くいかないの?

 どうして私だけが小熊猫レスパンディアの異端なの?

 どうして世は私を認めてくれないの?



(――どうして二人はこんな私を見捨てずに連れ添ってくれるの?)



 聞いては壊れてしまいそうで。

 知ってしまうとかけがえのないものが手の平から零れてしまいそうで。

 聞けない、聞けない、聞けない――。



(私のことを監視し、都市に突き出すため?)



 違う。

 計略が真実ならばもっと早期に私の元へ追手が来ている筈。



(私といることで何かメリットが?)



 違う。

 私が差し出せるものなど何もないし、私自身に価値などない。



(子供である自分達より、矮小な存在である私の近くにいることで優越意識を?)



 違う! 違う違う違うっ!!

 あの子達が軽侮の念を抱く筈なんてない!

 愚劣で、卑陋ひろうで、陰湿な、こんな考えを持ってしまう私とは違う!


 ――違う、筈、だよね……?


 全てが私を否定している。誰も肯定してくれない。

 全てが私を拒否している。誰も受け入れてくれない。

 一人が辛い。だから私は脆弱さを理由に何も聞かない。

 家族同然の関係を壊して一人になるくらいなら、私は弱くていい――。



(私は弱い……)



 まるで雪の中にいるような冷たさ。近くに居る筈なのに遠い。





 いつになったら温かく笑える日が来るのでしょうか。

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