第18話 はじめてのおつかい

 ココとの最終打ち合わせを終えたルカの現在地、魔界。

 陽が落ちた魔界は人通りが少なく、獣人が自宅へと逃げ込むように帰っていく様を見れば何かを恐れているようだった。



「ココから預かった荷物を預ける魔力ロッカーがここら辺にある筈なんだけど……って言うか厳重に封されてるけど、これマジでココの血なのか……?」



 簡易的な地図と手順書を見比べながら荷物を抱えて夜の魔界を歩く。

 丁寧に梱包され中身の見えない荷物が歩調に合わせて揺れ、ルカはココとの会話を思い返した。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




『受け取り場所に行く前にこの荷物をAって書いてあるところに預けてきて欲しい』

『代価みたいなもんか。中身は?』

『私の血よ』

『……は? はぁっ!?』

『勝手に飲んだら殺すわよ』

『飲まねぇよ!? どんなサイコパスだと思われてんの!?』

『冗談。下界のお土産とでも思っておけばいい』



 凄みを利かせて念を押すココの冗談に、笑えないとルカは半眼で否定する。

 説明も指示も全てこなし、ココは亜麻色の幾何学模様を展開して妖精門メリッサニを開門させた。


 発光がより一段と強くなり、その場を退いたココと入れ替わるようにルカはゆっくりと踏み入り。

 


『気をつけてね――受け渡し人、疎いから』



 転移の瞬間、ルカは不吉な言葉を聞いた気がした。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




「まぁ、ココの血を必要としてる人がいるのかもしれないし、それよりも転移際の疎いって言葉が――っと、円球状に区切られたカプセル……もしかしてこれか?」



 ココの注意喚起を気にかけるも目的の設備が並んでいる場所を発見し、ルカは一時思考を放棄した。



「コインロッカーみたいだな。これに荷物を入れればいいのか」



 荷物を中に入れ、蓋を閉じる。ブゥンと小さな音とともに青白い発光が球体を一周し、カプセルは何事もなかったかのように鳴りを潜めた。



「へえ、ちゃんと閉まってる。渡し手と受け手の魔力にのみ反応で開くってココは言ってたし、魔界は本当になんでも魔力で補ってるんだな。よし、一つ目の依頼はクリア。後は荷物を受け取って帰るだけだな」



 再度地図を広げ、暗く無人の路を進む。

 月明かりが差し照らす三又路で足を止め、地図に目を落とすルカへと。

 タッタッタッ――ダダダダダッ。



「はぁっ、はぁっっ!!」



 まるで追われているかのような騒々しい足音が近付き、ルカの注意が引っ張られる。

 外套で全身を覆った小柄な人物の接近に、ルカは不審に思いながらも路端に寄って進路を譲った――が。



「へ? 前に人がっ!? うわわっ!?」

「何でこっちにくんのっ!?」



 頻りに背後を気にしていた小柄な人物は前方不注意によりたたらを踏み――咄嗟の出来事に右手に持っていたフリルの付いた『傘』を振り回し、ルカの顔面を殴打した。



「ぶッ!?」



 傘の奇襲を受けたルカは仰け反り、追い打ちのように顔面へモフッとした感触。ルカは外套の人物とともにその場に転げ倒れた。



「いったぁ……!? 何が起こったんだよ……!?」

「待ち伏せだなんてどこまで陰険なんですか!」

「一体全体何の話だよ――うおっと。傘も刺突すればある程度凶器だからな?」

「くっ!? は、離してください!!」



 少女らしき線の細い声が外套の人物から漏れ、ルカは奇襲のように放たれた傘をがっちりと掴む。



「追手が……っ! あぁ、もうっ!?」



 傘を掴んで離そうとしないルカの様子に少女は傘を一旦諦め、ルカと追い付いた追手から距離を取った。



「面倒臭ぇなぁ……お前、そいつを庇うつもりか?」



 少女と同じように外套を羽織って追走してきた後続の人物の野太い声。どこかで聞いたことのあるような声にルカは魔界で出会った人物を列挙するが思い当たる節は無く「まぁいいか」と、服の埃を払いながら立ち上がった。



「今しがた傘で刺されそうになったんだけど、それでも庇ってるって思う?」

「これ見よがしに見せびらかしてないで返してください! 人の物を奪うのは泥棒ですよ!」

「何で俺が悪者みたいになってんの……?」

「なるほど。そうやって俺を油断させようってわけか。ったく、面倒臭えが仕方ねぇ。こうなっちまった以上、邪魔者から潰す!」

「疑い過ぎだろ!? ってマジで俺を狙って――」



 言い放つと同時に男はルカへと飛びかかった。勢いよく振りかざされた拳をルカは身を捻じって回避、ドォン! と豪快な音を立てて壁が崩壊を余儀なくされた。



「オレンジ色の髪と獣人の耳……レッサーパンダ?」

「天下の小熊猫レスパンディアを知らないなんて無知が過ぎるぞ。都市の新参者か? ま、新参者でもなきゃ夜に出歩かないよなぁ!」

「何があったかは知らないけど、なんで俺が標的になってるんだよ。俺はたまたま居合わせただけで無関係だって」

「盗人の言葉に信じる価値があると思うか?」

「何か変に噛み合い過ぎてて弁明も困難な気がして来た……」



 男の容赦ない暴行をルカは傘で弾きながら、すっかり当初の目的が食い違えていることに難を示す。

 ルカは背後を一瞥して女性の姿を探すも既に姿はなく、傘を代償にして厄介事を上手く押し付けられたかのような状況に、物憂げに眼前へと集中した。



「どうやら少しは腕が立つようだ。遠慮なく武器を使わせて貰うぜ!」

短剣はもの……! 傘じゃ少々分が悪い」



 男の短剣の横一閃に、ルカは傘を投げ捨てて紫紺の瞳を解放する。



「魔界じゃ初めてだけど――創造」



 一瞬で両手に二刀短剣を創造し、安堵を剣戟に溶かしていく。



「武器の創造――中々厄介な能力持ってるじゃねえか。だが圧倒的な種族の力を相手にどこまで持つかな?」

「ぐっ……! 攻撃が急に重く……っ!?」



 弧を描く銀閃はルカの黒剣に阻まれるが、ルカの体がズンッと沈み込んだ。



小熊猫レスパンディアは最高種族だ。刃向かうと痛い目に遭うってのは覚えておけよ――夜昇やしょう

「体が光って……!? 速度が上がったっ!?」



 黄金色の発光に包まれた男の身体は明確な変化――強化が施されていた。



「速度だけじゃねえ。夜昇は力も動体視力も強化するッ!」



 二刀の短剣で一本の短剣を防ぐジリ貧状態。

 男の左拳の振り上げをルカは右膝で防御して貰い受け、骨がミシッと軋む音を立てながら後方へと吹き飛んだ。



「いってぇ……たったの一撃で骨を砕く身体強化ね……」

「あいつを庇ったのが運の尽きだったな! 攻め崩すぜ!!」



 夜道に軽快な音を立てて着地し脚を庇うルカへ男の乱撃が襲来する。

 膝に突き抜けるような痛手を負ったルカだったが、しかし頭は澄み切った凪のように冷静沈着。男の戦闘能力をさほど脅威には感じていなかった。



「自負は結構だが――身体強化はお前の専売特許じゃない」



 ――翠眼解放。

 二刀短剣を消失させ、ルカの身体機能が劇的に向上を迎える。



「足元が無警戒過ぎるぞっと!」

「なっ!?」



 種族、能力を過信した男の上体のみの乱舞を体を沈めて躱し、疎かになった足元へ足払いを放つ。



「天下だか最高種族だか知らないが、襲いかかってくるって言うなら返り討ちにするだけだ」

「かっっ!?」



 地面に着いた手から伝わる腕の反発力を渾身の側蹴に込める。足払いによって宙で体を遊ばせる男の胴体へルカの反撃が直撃し、脚から伝わる衝撃にとある事実がルカの脳裏に呼び起こされた。



「あ、雨天時あのとき特殊電磁砲エネルギアオヴィスを押し売りしようとしてきた奴か」



 よくよく考えれば魔界で面識があるのはレラと、の人物の二人以外にはいない。

 そんなルカの呟きを耳聡く聞き取ったのか、姿は見せないままに男の野太い声が暗闇に反響した。



「効いたぜ……あぁ、それにしても運命ってのは残酷なもんだな。あの時のカモ……お鴨様きゃくさまとこんな所でまた会えるなんてよ」

「訂正したように聞こえるけど訂正出来てないからな?」

「アイツも見失ったし……なんだか白けたなぁ。はぁ……仕方ねえ、旧知のよしみで今回は見逃してやるよ」

「旧知って間柄でもないし、再三言うが俺は巻き込まれただけだ。話聞けよ」


「世間知らずのお前さんに忠告だ。世の中には可愛い顔して平気で悪逆を働く者もいる。女だから、か弱いからといって誰でも庇ってたら、いつか痛い目に遭うのは自分だぜ? ま、次は敵対しないことを願うよ兄弟――」

「急に距離間近いな!? だから庇ってねえって――」



 ルカの返答も聞かず、男の気配は遠ざかっていった。



「マジで話聞かねえじゃんアイツ……」



 まんまと理由をつけて引き上げられた感は否めなかったが、戦闘を続行する理由も、追う理由もルカには一切ない。



「周囲に気配はない……さっきの子も隠れてる様子はなさそうだし、この傘どうするかなぁ……」



 翠眼のルカが路端に横たわっていた傘を手にした――次の瞬間。

 ドォンッッ! と。



「うおっ!?」



 傘の先端からが発射され、地に巨大な焼け跡を刻んだ。



「…………この傘特殊電磁銃エネルギアオヴィスなのかよ……放置、はマズいよなぁ……え、マジでどうすりゃいいのこれ」



 頬を引くつかせて黒眼に戻ったルカは危険物を手に、更なる問題を抱えてしまった事を悟ったのだった。

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