第16話(幕間) 大きな一歩を、これから

 快晴と呼ぶに相応しいさんさんと降り注ぐ太陽が朝を告げる。



「おっはよ~、る~かっ!」



 背後からばいんっ、という音をあげて頭をナニかに揺さぶられたルカは前方へとたたらを踏んだ。



「おっと、おはようラヴィ。今日も相変わらず元気だな」

「そりゃあそうだよぉ! いつルカが求めてきてもいいように、手入れは欠かさないからねぇ!」

「一体全体、何の話をしてるんだよ……」

「そりゃ、ルカが愛でたこのおっぱいの話だよぉ!」

「愛でてもないしどこからおっぱいの話出て来た!?」



 鼻高々と胸を張ったラヴィは、ルカのツッコミに、ん? と首を傾げるがすぐに、にぱーっと笑顔を咲かせる。



「どうやら悩み事は解決したみたいだねぇ」

「何でわかるんだよ……」

「ルカの匂いがいつも通りのいい匂いだもん」

「匂いで悩みがわかる時代!? ラヴィの嗅覚どうなってんの!?」



 歓談を広げながら二人は学園へ向かう足を再度動かし始めた。

 昨日のデートが余程嬉しかったのか、ラヴィは全身を使って口が閉じる暇もないほどに会話を続ける。

 そんな自身のために様々な画策をし、助言を与えてくれたラヴィにルカは。



「ラヴィ、ありがとな」



 前触れも無く唐突に礼を口にして、親しみを込めて不器用な笑顔を作った。



「何、今の顔!? イケメン過ぎるんだけどぉ!?」

「……は?」



 大絶叫。

 瞳をキラキラと輝かせ、頬を上気させ、ツインテールが激しく揺れ動き、興奮という興奮を全身で表現していた。



「いやいつもイケメンなんだけど何かこう神が降臨したというか女神が微笑んだというか天使が誕生したというかそもそもルカは男の子だから女神じゃないんだけどあたしのメスの部分が悦んじゃってるというかルカがそんな顔するなんて想定外だったから不意打ち過ぎるし心の準備って何のためにあるのって話だし嗚呼今すぐ襲いかかりたいけどそんなかっこよすぎるルカ相手にしたらあたし爆発しちゃうよというかあっつい今日暑すぎるんだけど夏到来にしては早すぎないかなあたしに春はこないのに夏はすぐきちゃうのどういうことなのぉ!!」

「お、落ち着け……」



 機関銃のような余白のない呪文を放つラヴィは肩で息をする。

 盛大に息を吸い、再度呪文を唱えようとするラヴィの頬を両手で摘まむと、ラヴィの表情がニヘェと崩れて続きの言葉を失う。



「二人共おはよっ!」

「おはようサキノ」

「おはおぉー! ハキノがほんなおほい時間に登校ホーコーはんて珍ひいね? どうひたの?」



 依頼遂行のため普段から早い時間帯に登校しているサキノが、ラヴィの遅めの登校時間と被るのは稀にも稀。

 軽妙な靴音を地面に弾きながら合流を来たしたサキノに、ラヴィは頬を摘ままれたまま疑問を投げかけた。



「うん? 特に理由なんてないよ?」

「うっそだぁー! あたしにはわかるんだよぉ!? わかっちゃうんだよぉー!? 大人しく白状しないとぉ――――……! こちょこちょの刑か耳元で囁きの刑どっちがいい?」

「自分で決めとけよ。少し威圧しておいて何で相手に選択肢を与えるんだよ」



 手をワキワキと動かしながらサキノへにじり寄るラヴィをサキノはやや警戒しながら後退る。



「どっちもヤだなぁ……うん、でも、そうだね。理由を付けるとすれば頑張り過ぎるのを止めた、ってところかな?」



 凛然と微笑み、髪を後方に流す仕草はこれまでに見られない美しさを秘めていて、ラヴィは見惚れた。



「何、今の顔!? イケメン過ぎるんだけどぉ!?」

「ん、デジャヴか?」



 本日二度目の同様のやり取りを最短で行った。

 一人で盛り上がるラヴィはころっと表情を笑顔に戻すと、サキノの顔を覗き込みながら一言。



「でも、今のサキノの方がすっごく綺麗に見えるよっ」

「ぃえっ!? き、綺麗……!?」

「ね、ルカもそう思うよね?」



 動揺し、赤面するサキノを真ん中に挟みながらラヴィは反対側のルカへと尋ねる。



「あぁ、そうだな。なんか本来のサキノって感じがする」

「る、ルカまで……」



 それは心の余裕。

 サキノが見せた普段のたった一つの表情でさえ、親友の彼女等にとっては見違えるほどのものだった。

 褒め称えるラヴィの言葉に顔の熱も冷めやらず、頬を淡く染めたままサキノは顔を軽く俯け、二人の名を呼んだ。



「あ、あのねルカ、ラヴィ……」

「どうした?」

「んー?」

「え、と……その……」



 言うべきか、言わざるべきか。言葉が喉を行き来するが、サキノは一呼吸すると決然と顔を上げ、



「今日の放課後、用具室の清掃があって……よ、よかったら力貸して欲しいんだけど……どう、かな?」



 しかと大きな一歩を踏み出していた。

 意志を貫く事は美徳であるが、貫徹しないことは悪ではない。それは他に耳を向ける成長の兆し。

 サキノの変化せいちょうに自然と頬が上がるルカは即答を。



「勿論手伝うよ、任せてくれ」

「うんうん! あたしも勿論い、い……?」



 ラヴィも笑顔で承認――しかけ、あんぐりと口を開けて驚愕を露わにした。



「サ、サキノが……頼ってくれたぁぁぁああああああああああ!?」



 ラヴィはサキノを凝視。サキノは堪らずルカへ苦笑。ルカは小首を傾げる。

 ルカの悩みの解消とサキノの変化の時期に、怪しい繋がりを感じたラヴィは二人を交互に見上げる。



「え? え!? ふえええ!? ふ、二人に何がぁっ!? 怪しすぎるううううううううううううう!?」



 恋する天使の大絶叫が快晴の空に木霊した。

 日常は非日常へ。それでも平和な時間は必ず訪れる。

 ルカとサキノは肩を竦めながらそんな時間を享受していった。

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