第14話 負滅救剣(エフティヒア)

 少年の上段蹴りを少女は身を屈めて躱す。

 少女の飛ばした斬糸を少年は瞬間的に背後に回り渾身の拳撃を打つ。



「おぉぉおっっっ!!」

「ぐぁうっ……!? チッ!? こやつの速度と力が著しく上昇しておるっ!?」



 振り向きざま防御した右腕をビリビリと痺れさせ、ミュウは地を滑るように後退した。

 戦場にあるのはルカとミュウの熾烈な



「満身創痍の癖に何故そこまで動ける……! 限界も近いじゃろう!!」

「はっ、は……流石のお前もっ、余裕が消えたみたいで、こちとら戦意が漲ってんだよ……!」

「たわけ! 強がっておる事くらい一目瞭然じゃ!」



 今にも倒れ伏しそうなほどに疲弊しているのに、翠眼のルカの動きは格段にキレを増す。



(体が軽い――【信頼】による身体強化のおかげでまだ動けるっ! 力も耐久も速度も上がってるこれが最後のチャンス!)



 サキノへの【信頼】および【敬愛】による宿った力は、防戦一方のルカに最後の活力を与えた。

 互角――時によっては速度に翻弄されてミュウは劣勢に陥るが、しかし黙ってやられっぱなしではない。



「動きは速いが見えんことはないッ! 捕えろ魔鞭リリン・ウィップ!」

「今の速度なら避け――く、手首が……っ!? 鞭が柱を折り返して……!?」

「そら……捕まえた、ぞッ!」

「があっ……! ぐ、ぐ、うぐぅぅっ!?」



 柱を経由した鞭をミュウが力の限り引っ張り、ルカは後方へ隙を晒さぬよう必死に踏みとどまる。

 硬質性の鞭によりぶしゅっと手首から赤い悲鳴が上がるも、しかしルカは動かない。ミュウに付け入る隙を与えない。



「小癪な……ッ!」

(手首が切られようとも絶対に決定機だけは作らせない……ッ!)



 負傷度合いは異なれども力が拮抗する――が、スパンッ、と。



「な――妾の魔鞭が斬られた!?」



 両者の駆け引きは、純白の発光を全身、刀に宿したサキノ――白纏エルフの力を解放したサキノによって断ち斬られた。



「サキノ戻ったか!」

「ごめん、遅くなった!」

「サキノ・アローゼの魅了エピカリスまで解けたじゃと!?」



 平衡状態だったルカとミュウは互いに蹈鞴を踏むが、次の行動への力関係が戦況を大きく変えた。

 ルカは泳ぐ体さえも前方に踏み出す力へ。

 ミュウは攻防後手となる後方へ。



「行こう、ルカ!」

「絶対生きて帰るぞ!!」



 二人の一糸乱れぬ連携が徐々にミュウの空白を奪っていく。

 拳が、刀が、刀が、脚が。ミュウの全身を殴打しようと、斬裂しようと攻め立て、速度と斬裂性能の向上したサキノの白刀が遂にミュウの翼から鮮血を巻き上げた。



「届く――私達は負けないッ!」

「くっ!? 調子に乗るでないぞ!!」



 ミュウは翼を大きく羽ばたかせ風圧を巻き上げ、三者距離を強制され。



「横殴りの糸――貫け『糸槍しそう』!」



 ミュウが鞭を地面に叩きつけると、背後に大小様々な紅色魔法陣が浮かび上がり、無数の糸が二人に向けて放たれる。

 多方向、多角度から撃ち込まれる規則性のない横殴りの糸。



「は、はっ……! はぁっ!!」

「ふぅっ、ふ……やぁっ!」



 回避と掌底で急迫する糸を往なしていく翠眼。

 糸の嵐を掻い潜り、白光する体で先行驀進する紫紺眼。

 焦燥の色に染まるのは、艶やかな双眸に浮かぶ紅色の瞳。



(どうしてこやつらは恐れないのじゃ!? 傷つくことも、失うこともッ!?)


 

 既に限界を越えている筈なのに止まらない彼等の脚。ミュウはありえないとばかりに否定を込めて怒り心頭に吠えた。



「人の本質はそう簡単には変わりはせん! どれだけサキノ・アローゼを信じたとて、いずれまた騙し傷付け、裏切るぞ!?」

「例えそうだとしても、その度に俺はサキノに寄り添う道を選ぶ!」



 糸の隙間からサキノの姿を捉えたミュウは、サキノの白刀へ鞭を絡ませてサキノごと後方上部へ投げ飛ばす。

 速度の上昇に手が付けられなくなり始めた二人の分断。そんなミュウの策を見透かすルカは渾身の力で拳を地面に叩きつけた。



「くっ……!? 煙幕で姿を遮断してっ!?」

「俺は――俺だけは絶対にサキノを見限らない」



 守らなければならないモノを守れるように。

 護りたい者を護れるように。

【嫌悪】を知り、悪意を知り、【信頼】を知ったルカは願った。



(順応するだけの自分から――変わりたいッ!)



 バジリスク戦あのとき、生きたいと願ったように。

 心から。



「決めるッッ!!」



 翠眼のルカはミュウの背後へ抜け出していた。

 距離にして十メートル。

【願望】【切望】あらゆる願いを引鉄にして救済を施す。



「絶ち斬れマイナスを」



 極彩色の八芒星がルカの瞳に燃え上がる。



「極彩色の、光剣――」



 大気中の光を吸収するかのように剣身を象る濃密な数多の光。

 剣身からは息吹のように、光が漏れては宙を舞い踊る。

 振り向いたミュウの口から漏れたルカの切札ぶきにゾクッッッ、と。



(あっ!? あれは『受けて』はいかんっ! 絶対にっ!!)



 ミュウは最大級の悪寒を細胞全体で感じ取った。



「ッッッ!!」



 ルカの突貫。

 縮まる。一メートル、また一メートルと両者の距離が。

 しかし。



「っ!? 膝が――」



 蓄積された痛手ダメージ、重ねに重ねた疲労、消費限度を超えた魔力がルカの膝を僅かに落とす。



「限界を超えておって当然じゃ……! もう近付かせんっ!!」



 何十本もの糸がルカへと急迫する。

 僅かな遅滞であってもミュウの勝利に天秤が傾くのは必然。ミュウは勝利を確信し、冷や汗が混じった笑みを浮かべた。


 ――しかし。



「終わらせないよ」

「まだだ」



 白髪の彼女が取った次の行動が。

 八芒星の瞳の少年の迷いのない敢行が。

 ミュウが抱く勝利への慢心を覆し、彼等の一縷の勝機を手繰り寄せていく。

 強引に天秤を傾けるのも、また、仲間という『重石』を授かった者の賜物であることも道理だった。



「なっ、加速して――」

「仲間がいるからこそ掻い潜れる死線がある」



 直撃必至だった筈のルカの身体が、急激な加速で糸を掻い潜った。

 背後から優しく力強く押された風によって。



「サキノッアローゼっっっ!?」



 ルカの上空には刀を一振りしたサキノの姿。



「ルカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! 行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」



 一瞬にして詰められた間合い。

 驚愕と恐怖に瞳を見開くミュウ。


 ルカは極彩色の軌跡を残し、ミュウの反応を見届けることなく一閃。

 








負滅救斬エフティヒア





 爆砕。

 虹を架けるような一振りによって光の雄叫びが戦場に蔓延する。

 爆風が周囲一帯を駆け抜けて、煙という煙を巻き上げていく。


 着地したサキノは明滅する視界にゆっくりと目を開いていくと、長剣を振り下ろした無手のルカの姿が残されているだけで。



「みーちゃんの気配いとが、消えてる……!」



 ルカの眼前には広域に駆け抜ける消滅痕。

 戦場に張り巡らされていた糸の数々も消失し、脅威の少女の姿はどこにも見当たらない。



「勝った……! ルカっ!」



 サキノが喜色の声を上げて駆け寄ろうとした時、ドサリとルカはその場に倒れ伏した。



「ルカっ!? ぁっ、目眩……」



 サキノの視界がぐにゃりと音を立てて捻じ曲がり同じように体を地へと落とす。



(流石に魔力酷使し過ぎちゃていたみたい……だけどルカ……私の意識が飛ぶ前にルカだけは……)



 這いつくばりながらルカの元へと接近を試みるも努力虚しく。

 二人の意識は罅割れる秘境ゼロの中で静かに拭い去られていった。

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