聖神クラスタ
シイの尋問を無事に終了させたメアリーは、急ぎ足である場所に向かっていた。そこは、クラスタ教会の本部の最奥。聖神クラスタがいるとされる部屋だ。
聖神クラスタ。この世界のシンボルでもある神。この世界では、神や天使は見えない存在として扱われている。祈ったり、お願いを叶えてくれる存在。それが人々にとっての神だ。
さて、そんな神であるクラスタだが実在する。これは、クラスタ教会の極一部の人物のみが知っている事である。クラスタ神は現在、クラスタ本部の最奥にて顕現しているのだ。
メアリーが神を信じていないのはこれが原因だ。実際にクラスタ神と会い、神がどんな生物で、どんな物なのかを知ってしまっている。
そんなメアリーはクラスタ神に気にいられており、報告係となっていた。今回のシイの件をクラスタ神に報告する為にやってきたのだ。
無駄に大きくて豪華な扉を静かに開ける。メアリーはすぐさま中を確認した。クラスタ神が部屋に滞在しているのであれば、カーテンの所にシルエットがうつる。そこには誰もいなかった。
「ふぅ……」
安堵の表情を見せる。
クラスタ神に会っていると言ったが、顔や姿は見た事がない。カーテンで仕切られているからだ。ただ、声からして女性であるとメアリーは認識していた。神に性別があればの話だが。
「おやおや、神様のお気に入りではありませんか。今日も神様に報告を? よいですね、神様に気に入られている方は楽で」
「これも仕事ですから」
メアリーは心の中で舌打ちした。嫌味を言う男性と長い時間一緒にいなくてはいけないと知り、嫌気がさす。メアリーは神様のお気に入りであり、毎日のように呼ばれている。
クラスタ神はメアリー以外には適当な反応をする。他の聖職者はそれが気に入らない。なので、メアリーはクラスタ教会では古参の方なのだが、未だに司教なのはそういった理由がある。
簡単に言ってしまえば嫉妬であげてもらえないのだ。メアリー自信は自分の位に興味はないので、構わないといった様子だが。
「私の方が偉いのですから。もう少し愛想よくしてもらいたいですね」
「すいません。こういう女なので」
メアリーに立場でしかマウントを取れないので、ここぞとばかりに男は高圧的な態度をとる。メアリーは慣れた様子で受け流していた。
いちいち相手していたら、メアリーの一日は終わってしまう。ただ、
すると、カーテンにシルエットが映し出された。クラスタ神が顕現する。部屋にいた二人はすぐさま跪いた。クラスタ神が声を発するのを静かに待った。
「あれっ、メアリーちゃんじゃない。そっちから来てくれるなんて珍しい。ささっ、お話ししましょう」
部屋に二人いる。だが、クラスタ神はメアリーの事にしか興味がない様子。男は苦虫を噛み潰したような顔をして前に出た。
「わ、私の報告の方がクラスタ様を楽しませる事が出来ると思います!!」
それは男がクラスタ神に気に入られた一心での行動であった。だが、メアリーは知っている。これは悪手である事を。クラスタ神は自分が聞きたい事以外に興味がない。興味がない事は無視で終わる。今回もそうだと思っていた。
「貴方誰? なんで、私とメアリーちゃんの話を邪魔するの。今日もママになるのを阻害されたし。アハハ、本当に邪魔だね」
言葉の後ろの部分は誰にも聞き取れない。
だが、明らかにいつもと違った。メアリーは肌で感じている。どう考えてもいつもの数倍は機嫌が悪い。こんなのはメアリーでも初めてであった。
次の瞬間、男が浮いた。苦しそうに首を押さえながら空へと浮いていく。男の顔が恐怖に染められる。そして、青くなっていくのをメアリーは見逃さなかった。
ここで、メアリーは静かに悩んだ。このまま男は殺されてしまうかもしれない。助ける方法は思いついていた。だが、それは同時に自分の身も危険にさらすことになる。
繰り返すが、メアリーでさえこの状態のクラスタを見るのは初めてである。どうなるのかなんて未知数な事が多い。このまま、じっとしているのがメアリーの身の安全的には正しいのだ。
しかし、メアリーは立ち上がり一歩前に出る。
「クラスタ様。そんな男に構っている暇はありませんよ。今日はクラスタ様が気にしておられた、シイというサキュバスの異端審問を終わらせてきました。その事で報告をしたいのですが」
メアリーの話を聞いた瞬間。浮いていた男はそのまま自然落下した。クラスタ神が興味をなくした証拠であった。男はせき込む。メアリーは手だけで、男に退席するように指示。男は青ざめた表情で静かに出て行った。
「えーー、気になる。どんな話があるのーー?」
「ええ、お話しします」
メアリーは異端審問で起きた事を映像を交えて話した。主に、シイはクラスタ神が作り上げた他種族共存法に、害がある存在ではないという事を節度を持って主張。
「えーー、精液飲むシイちゃん可愛い。でも、同時に可哀想。ちゃんと飲めないのね」
クラスタ神はメアリーがとってきた映像に夢中だった。ほぼ、半分以上の話を聞いていない。
「それで、他には。シイちゃんが好きな物とかそういう情報はないの?」
「そ、そういうのはありませんね」
「そうなの。ちょっとがっかり」
どうしてそのような情報が異端審問に必要なのか。メアリーは聞きたかったが、ぐっと抑えた。先ほどの男のような二の舞にはなりたくなかったからだ。これ以上、機嫌が悪くなるのは避けたい気持ちでいっぱいである。
「異端審問の結果はどうすればよろしいですか?」
「えっ、ああ、そういえばそういう話だったけ。私はシイちゃんに会えれば理由なんて何でもよかったのよね。もちろん、シイちゃんはいい子だから丁重に扱ってあげてね」
メアリー拳を握りしめた。本当はすぐにでも殴りたい気持ちだったが、ぐっとこらえる。
異端審問を開くのにも面倒な手順が必要。それをして、わざわざ理由をつけてシイをノービスから連行して来たのだ。これでは、割に合わないしシイに申し訳がないとメアリーは感じたのだろう。
「でも、シイちゃん生きづらそう。そうだ、いい事思いついちゃったわ。メアリー、手を出して」
メアリーは言われた通りに手を出した。すると、ゆっくり手に首飾りが着地する。
それは聖印だ。聖印とは、クラスタ教会に認められたという証である。聖印にも種類がある。この聖印にはクラスタ神の絵柄が施されていた。
「これをシイちゃんにあげてちょうだい」
「い、いけません!! こ、これはクラスタ様が書かれた聖印。世界に多大なる貢献をした者に送られる栄誉のような物。おいそれと簡単に渡していい物では……」
「えっ、メアリーちゃんも私がする事に文句を言うの? ふーん、なんでかなぁ。私はシイちゃんに気に入られたいだけなんだけどなあ」
メアリーは吐きそうになる。メアリーの種族はエルフであり、特徴として魔力に敏感な所があげられる。場を包みこむ魔力が重く、メアリーにのしかかってきているのだ。間違えなく、クラスタ神は機嫌を悪くされている。
抵抗するだけ無駄だと悟った。
「いえ、文句を言ったわけではありません。失礼しました。すぐに渡します」
「そう、よかったー」
場の空気が元に戻った。同時に生きた心地をメアリーは取り戻す。背中から嫌な汗が噴き出して止まらない。
実はメアリーも聖印自体はシイに渡そうとしていた。それは、シイに対しての謝罪の意味も込めてだ。もちろん、司教クラスの絵柄のついた聖印だ。
メアリーの狙いはシイの保護である。司教の聖印を持っていれば、サキュバスが外に出ても文句を言われないだろう。どこに行っても、見せるだけで一定の効果がある。
生きづらそうなシイに対しての措置であった。
だが、クラスタ神の聖印は違う。これは、今までで世界に一枚も作られていないのだ。つまり、シイが初めて持つ事になる。当然だが、そこら辺の聖印とはわけが違う。
これを持つ者に逆らうという事は神に反したという事。つまり、端的に言えばメアリーでさえもシイに逆らう事は不可能となる。実質、シイがこの聖印を見せながら死ねと言えば、死ぬ以外の選択肢が無くなる。世界を意のままに出来てしまうだろう。
こんな物はあってはならないのだ。
クラスタ教会でも一応用意してあるだけで、実際にクラスタ神がこの制度を使うとは微塵も思っていなかった。だが、現実に使われてしまったのだ。
メアリーは改めて、シイが特別な存在であることを実感した。大昔に絶滅したクイーンサキュバスで、クラスタ神にも無条件で気に入られている。
唯一の救いは、シイ自身が聖人のような人物であるということだけ。きっと、シイにこの聖印を渡しても悪い事には使わない。
そういう実感がメアリーにはあった。なので、渡してしまっても問題はないとは思っているだろう。
メアリーは聖印を受け取ってその場を後にした。残されたクラスタ神は、誰もいない部屋で一人呟く。
「貴方の代わりをするつもりだったのだけど、先を越されちゃったみたい。シイちゃんに貴方の代わりをしてあげたかったなあ。ねえ、ルビー」
その後、カーテンのシルエットは消える。部屋には静寂だけが残されるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます