クラスタ教会編

至高の冒険者ミラ

 至高。言葉の意味は、この上なく高い領域にいる事。


 シイ達の住む世界には、一人だけ至高の名を持つ冒険者がいる。名をミラ、ノービスのギルドに所属する冒険者だ。元々はただの荒くれ者であり、集落を追い出されていきついた先がノービスであった。


 そんな彼女が至高の冒険者と呼ばれ、手の指で数える程度しかいない、プラチンランクの冒険者になったのか。今日はちょっとだけお見せしましょう。


「はぁー、つまらない。私の人生って、どうすれば面白くなるんだろうか。いや、面白くなれそうな方法は思い浮かんでいるんだが、どうにも相手が見つからなくてな」


 現在、ミラはノービスから遠く離れた場所。竜の渓谷にいた。ここは、シイが倒した赤竜せきりゅうが住んでいた地域である。当然、危険な地域でありゴールドの冒険者も近寄る事がない場所とされていた。近づく奴は死にたい奴だけ、そう言われている。


 ミラも好きでこんな場所に来たわけではない、クラスタ教会からの直接の依頼を受けてやってきたのだ。本来生息域を出ない竜種が外に出た事件が発生、至急様子を見に行くようにと。


 依頼書にはこう書かれていた。ミラ本人は人生で依頼書を確認する時、流し目で場所だけ確認して受けるか決めるので、今回も竜の渓谷という場所だけを見て即決で決めた。


 竜の渓谷は一応は禁止区域となっており、許可なく入れない地域に指定されている。ほとんど守られていないルールではあるのだが。


「せっかく、禁止区域にやってきたんだ。いい出会いがあると思っていたのだが、私の見込み違いだったようだな」


 彼女は呑気にそう呟いているが、彼女の座っている場所は大量の竜種の死体の上であった。その中には、赤竜の姿も確認できる。彼女が座っているのは、彼女が討伐した魔物の上であった。


 これだけで、彼女がどれだけの実力を持つのか見る事が可能だろう。


 もはや、竜種も彼女と言う異質な存在に怯えて襲う事もなくなってしまった。渓谷内の生き残った竜種は全員が思っているだろう。


 はやく、縄張りから出て行ってくれないかなと。もはや、願う以外に彼女をどかす方法がないのだ。暴力でどかすのは死体の山で無理だと悟っている。


「なんだっけ、私は何をすれば依頼達成なんだ」


 彼女は呑気な様子で依頼書を見た。ここで、ようやく依頼内容を確認。


「様子を見に行けって内容か」


 彼女は周りを見る。


「うん、私に怯えているが全員が渓谷内に居座っている。つまり、どれだけ危険でも渓谷から出て行く素振りを見せない。。なんにせよ、これで安全だな」


 彼女は毛伸びをしながら立ち上がった。彼女を包む鎧から擦れた音が、渓谷内に響く。彼女は依頼完了の報告をしに、クラスタへと帰るようだ。


「あっ、一つ言い忘れていた。おいっ、竜共。次に私のノービスにちょっかいをかけてみろ。次は君達が種として、絶滅するまで狩り続けるからな」


 怒気の孕んだ声で言い放った。この声を一般の人が聞いていたら、気絶する程の恐怖を感じていただろう。ここが、誰も来ない危険区域でよかったと言える。


 竜種に言葉は伝わらない。そんな事はミラもわかっていた。だが、言葉は伝わらなくても行動でわかり合う事も出来る。ミラの行動は渓谷にいる竜達の心に染み付いただろう。ゆっくりとした足取りで、死体には手を付けずに帰って行った。


 竜の部位は持ち帰り、売るだけで一生遊んで暮らせる程の金が手に入る。だが、ミラは金には興味がないようだ。至高の名を持つ冒険者ミラ。その実、彼女が何を目的として冒険者をしているのかは誰もわかっていないのだった。


 ミラは渓谷から帰還した後、すぐに依頼報告をする為に司教メアリーの元を訪れていた。メアリーのいる部屋まで通されたミラは、竜の渓谷で起きた事をメアリーに報告。自分の見解を述べた。


「そうでしたか。これで、周辺地域の安全は保障されるでしょう。ご苦労様でした、流石は『至高』の名を持つミラです。他のプラチナ冒険者も見習って欲しいものです」


「お世辞は結構。私もノービスが関わっていなかったら、受けるつもりありませんでしたから。それで、用がないなら帰ってもいいですか?」


 ミラとしてはこの場所に長く滞在するつもりはなかった。ミラにとって、クラスタ教会はどうでもいい分類に入っている。ただ、仲良くしておけばノービスにとっていい。その程度の存在価値であった。


「報酬はいつもの所でよろしいですか」


「ああ、ノービスのギルドに寄付で構わない。私の取り分は必要ない」


 ミラは報酬のほとんどをノービスに寄付していた。ノービスが田舎にあるのに、現在まで発展してきたのはひとえにミラのおかげと言っても過言はない。


「もういいか?」


「いえ、ついでにもう一つ頼まれていただけると助かります」


 露骨に嫌な顔をするミラ。しかし、メアリーは特に気にせずに話を続ける。


「私もノービスに用事が出来ました。つきましては、私と娘の護衛をお願いしたいのです」


「護衛ですか。ノービスの道中など、私に頼まなくてもいいでしょう。大した脅威はないと思うが」


 クラスタからノービスはそれなりの距離はある。道中で生息している魔物はミラの言う通りどの地域よりも弱い。


 盗賊もミラの縄張りと知って、手を出してこないのだ。ノービスの地域に手を出せば、死ぬまで追いかけるだろう。


 ミラは今回の護衛の依頼に関しては雇われるのが嫌と言うわけではない。勿体ない。この言葉に尽きるからだ。


 冒険者はランクに応じて、貰える報酬が結構変わる。当然、プラチナに依頼するのは多額の金がかかる。はっきり言ってしまえば、プラチナ冒険者をわざわざ雇う金がもったいないという話だ。


「はっ? 私の可愛い、可愛い、一人娘の護衛ですよ。プラチナランクの冒険者ぐらいは必要と判断したまでですが」


 メアリーはぶちぎれていた。ジェシカの事になるとすぐに切れやすいのが、司教メアリーの唯一の弱点であった。圧倒的なまでの過保護である。


「はいはい、相変わらず過保護だな。私は報酬貰えるならいいよ。この依頼の報酬もノービスに入れておいてくれ」


「では、契約成立ですね。では、準備が出来次第向かうとしましょう。ジェシカ司祭にも報告してきますね」


 メアリーは忙しそうに部屋を出て行った。残されたミラは暇なので窓を覗く。外では、信仰するクラスタ神に祈りを捧げている信徒の姿が見えた。


「しかし、珍しいな。メアリーがわざわざ出向くような案件がノービスにあるのか? あるとするなら、赤竜せきりゅうを撤退まで追い込んだとされる謎のサキュバスの事か。だが、正体はつかめていないはずではないのか」


 何も考えていないようで、意外と賢いミラ。すぐさま、この依頼について考え始め、自分なりの結論にたどり着いた。伊達や酔狂でプラチナになったわけではない。


「とすれば、クラスタ教会は謎のサキュバスの正体を知っている事になる。なるほど、今回の依頼でもしかすると謎のサキュバスに会えるかもしれんな。これは、楽しみになったぞ」


 ミラは不敵に笑うのだった。

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