クラスタからの使者

 俺はついにやったんだ。


 いつもの親方の依頼である壁の修理。俺は壁塗りをしていた。そう、ちゃんと仕事を与えられたのだ。


 日頃の体を鍛えた成果が出たに違いない。


「よし、これで終わりだな」


 親方の声で全員が手を止めた。赤竜せきりゅうに壊されていた痛々しい壁は、俺達の手によって見事に復活した。


 少し時間がかかってしまったが、やっぱり自分の手で直した物を見るのは気分がいい。


 誰かの為になってる気がするし。


「よし、受付のお姉さんに報告しにいこ。今日は久しぶりに奮発した飯にしよう」


「シイの手料理は何でも美味しい。だけど、奮発なら肉がいい。今日はミノタウロスの肉にして」


「いいよ、いいよ、お金が入るしそれぐらいは買えるって」


 この世界で魔物は普通に食べられる。ミノタウロスは割と言い値がする肉だ。味はというと、牛肉と同じような感じ。


 いい肉は国産みたいな感じで名前がつく。


 ちなみに、クロエは家事を全くやらないから。俺が全ての家事をしている。飯も俺が作るのが当たり前になっていた。


 家に住まわせて貰ってるので、恩返しのつもりでやっている。


 俺も一人暮らしぐらいの家事スキルしかなかった。だが、この世界には娯楽がないからする事がない。暇な俺は料理を作る事に喜びを感じていた。


 食事を美味しいと感じれる舌はサキュバスにもあったみたい。だが、エネルギーにはならないので食べる意味はあんまりない。


 俺は美味しいから食べるけどな。


 ギルドに帰るとなにやら騒がしい。


赤竜せきりゅうの時みたいに事件か?」


「そうかも」


 俺とクロエは受付に近づいた。


「シイさん、丁度よかったです。貴方を探していたんですよ」


「お、俺ですか?」


「実はですね。シイさんに来客が来てまして。なんと!! クラスタ教会の司祭様なんですよ」


 クラスタ教会の司祭? ああ、他種族共存法を交付しているっていう。国? 機関? よくわかんないけど、そういう場所だったような。


 でも、俺はクラスタ協会に知り合いなんていないぞ。


「俺になんのようですか?」


「詳しい事は会って話すとの事でした。窓際の席に座っている女性がそうです」


「窓際って結構ありますよね」


「見ればわかりますよ」


 俺とクロエは顔を見合わせる。見ればわかるとは一体。


 受付のお姉さんに言われた通り、窓際の席を見渡す。すると、不自然な光景が広がっていた。


 一つの席だけ、まるで人払いをしたかのような空白がうまれていた。


 そこに座るのは一人の少女。赤い髪をなびかせて、一人静かに座っている。なるほど、確かに見ればわかるだな。


 あそこだけ異質な空間みたいになってるもんな。着ている服から、雰囲気まで、この田舎には存在しないもん。


 俺は近づいていく。


「あ、あの、俺を探してるって聞いたんだけど」


 恐る恐る声をかけた。すると、少女がこちらを向いた。種族は普通の人間だと思う。人間なら、年相応だと思うのでかなり若い。


「ふーん、貴方がシイね。とてもじゃないけど、赤竜せきりゅうを一人で倒せるとは思えないわね」


 俺の事を観察するようにそう言った。


 ま、待て!! 赤竜せきりゅうを俺が倒した事は町のみんなも知らないんだぞ。どうして知ってるんだ!!


「な、なんの話だ?」


 一応とぼけて見せた。うん、俺下手だな。


「とぼけちゃうんだ。まあいいわ、私はクラスタ教会から派遣されたジェシカ」


「俺は……」


「シイでしょ、知ってるわ。それにしても貴方、本当にサキュバスなの? 見た目が貧相ね」


 初対面で、割とグイグイ言ってくるな。今まででいなかったタイプだ。


「違う、シイは貧相じゃない。かなりエッチ」


 さっきから黙っていると思ったら、急に喋り出したクロエ。こいつは何を言っているんだ。


「いやいや、他のサキュバスと比べたらどう見ても貧相でしょ」


 それはそう。ジェシカの言う通りだ。


「貴方は何もわかってない。他が常にエロさ全開だとしたら、シイは抑える事でエロさを出している。奥ゆかしさ、それがエロさを引き立てる」


 いや、奥ゆかしい事をした覚えがないんだが。というか、なんでそんなに力説してるの? 


 普段のクロエよりも喋ってるじゃねえか。こんな話を、クラスタ教会の司祭にするんじゃねーよ。


 絶対、引いてるからな。


「つまり、他とは違う所をアピール。そうする事でエロさの質を上げたってわけね」


 いや、興奮気味に話してる。思ったよりも理解があって驚いているんだが。


 俺が不思議そうに見ていると、ジェシカはわざとらしく咳払いをした。


「んっ、そういう事。意外に話がわかる」


「つまり、サキュバスはエッチって事ね」


「うん、そういう事。毎日暮らしている私が言うんだから間違いない」


 毎日暮らしている割には、随分と節穴な目だな。もうちょっと、俺の事をちゃんと見てくれよ。


 代わりに言ってやったみたいな顔して、こっちみんな。


「なるほど、やはり本性を隠していたわけね。私の目に狂いはなかったわ」


「本性ってなんだよ。まさか、俺の本性がエッチだとでも言いたいのか?」


 サキュバスとして死んでいる俺に対して、酷い言い草だろ。


 裸見たら気絶まではいかなくなったが、体の痺れが発生するんだぞ。エッチとかの次元じゃないんだよ。


赤竜せきりゅうの事といい、貴方は間違いなく何かを隠しているわね。悪いけど、これから貴方を監視させてもらうわ!!」


「か、監視!?」


「そうよ。貴方の身の潔白が証明できるまでは、私が貴方の近くに常にいるから。覚悟しなさい!!」


「身の潔白ってなんだよ!! 俺は悪い事は何もしていない!!」


「もし、無実ならこれから行動でわかるでしょ」


 ジェシカが一枚の紙を俺に渡してきた。俺とクロエは一緒に見た。そこにはこう書かれていた。


『ノービスギルド プレーン冒険者シイ。


 貴方に不審な動きがあると報告を受けています。貴方には身の潔白を証明する義務があります。


 以後は、貴方の身の潔白が証明されるまでの間、クラスタ教会司祭である、ジェシカをお目付け役につける事。


 不審な行為を見つけた場合は、ただちにクラスタ教会本部まで連行します。


      クラスタ教会 司教メアリー』


 俺はいつ疑われるような事をしたんだ。身に覚えがなさすぎるんだけど。この紙が偽物の可能性もあるよな。


「これって本物?」


「クラスタ印が押されてる。これを偽装する事はほぼ不可能。偽装が見つかると厳しい罰を受ける事になる」


「つまり?」


「んっ、本物以外あり得ない。こんなに堂々と偽物を持ってくるはずもないと思う。だから、シイは紙に書かれた内容に従うしかない」


「嘘だろ!!」


 許されるのか、こんな犯罪者みたいな扱い。


 じゃあ、素直に言うか? 精液を飲むと体がおっきくなって不思議パワーが出ますって。


 一番困るのは素直に言って、じゃあ連行ってなる事だよな。俺は転生してきて、この世界の法とか疎いし。


 何が悪い事に繋がるのかわからん。


 こうなったら、選べる手段は一つしかない。出来るだけ穏便に暮らして、ジェシカには何事もなく帰ってもらうしかない。


「じゃあ、そういう事だから。よろしくねシイ。私の事は特別にジェシカと呼ばせてあげる」


「んっ、よろしく。ジェシカ」


「貴方は許してない!!」


「うん、まあ、よろしくジェシカ」


 俺はそう言うしかなかった。だって、これって拒否権とかないんだろ。

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