サキュバスに転生したけど前途多難です ー美少女になった俺は自分の居場所を探して必死に生きますー

宇都宮 古

サキュバスとして転生編

転生したけど前途多難

 頭が痛い。どうやら俺は机の角で頭を打ってしまったようだ。起き上がると見覚えがない小さな部屋。全体的に木材で出来た家のようだ。


 段々と意識が戻ってくる。俺は確か病気で死んだはず。どうやら、まだ頭が混乱しているみたいだな。顔でも洗うとしよう。


 たまたま近くにあった鏡に自分の姿映った。


「えっ!? 誰だ、こいつ」


 俺の冴えない平凡の顔が映るはずの鏡。しかし、映り込んだのはとんでもない美少女であった。顔が小さくて整っている。足や手、腰も細い。ちゃんと食事がとれているのか不安になるくらいだ。


 気になるのは少女の頭に角。お尻からは尻尾が生えている事ぐらいだ。そんなものは気にならないくらいの美貌ではあるのだが。


 顔を歪ませると鏡に映る美少女も同じ顔する。俺が笑うと少女も笑った。うん、とても可愛らしい。ここで、ようやく気がついた。


「これ、俺じゃん!!」


 そう、どう考えても鏡に映る美少女は俺なのだ。ふらふらと鏡の前から離れて窓の外を見る。そこにはもっと驚愕の世界が広がっていた。


 なんと、ほぼ裸のような格好で女性達が客引きのような事をしていた。それがさも当然かのように歩いているではないか。どういう世界なんだ。


 頭には俺と同じ角。そして尻尾。俺よりも全体的に大きい。あっ、背とかの話だぞ。どうやら、俺は彼女達と同じ種族のようだな。

 

 状況を整理しよう。


 まず、俺は普通の会社で働いていた男だったはずだ。とくに俺の人生は何かあるわけでもなく、普通に仕事をしていたら病気になって死んだ。


 ここまでが俺の元の記憶。


 今は俺が元居た世界と違う場所で、女性の姿をしている。これは転生というやつなのだろうか。漫画やアニメは程々に見ていたから知っている。


 リモートワークで暇な時の時間潰しにちょうど良かったからな。


 ここまでの情報から判断すると、机の角に頭をぶつけた拍子に前世の記憶が蘇ってきたって所だろうか。そう判断するしかないだろう。


「だが、この姿はいいな。うん、とてもいい」


 俺が理想としている女性のほぼ近い形ではないだろうか。少し幼すぎる気がするが、成長したら理想の姿になるはずだ。


 確かに前世では、童貞をこじらせて女性になってみたいなと思ってはいたが、まさか転生して本当になるとは思わなかったな。


 何だか無性に嬉しくなってきた。


 喜んでいると扉を叩く音がした。女性が俺の部屋なのかわからないが、俺がいる部屋に入ってきた。俺と同じ種族の女性だ。ただし、ほぼ裸。


「あらっ、寝坊するのが日課のシイが起きているなんて珍しいわね」


 どうやら、俺の名前はシイというようだ。寝坊するのが当たり前だったようだな。確かに思い返してみると、机の角に頭を打ったのは、ベッドの上から落ちての事だったしな。


 しかし、俺は相手の事が全くと言っていいほどわからない。ついさっき、俺の意識が目覚めたばかりなのだから。


「えっと、貴方は誰?」


 ここは記憶喪失という事でいくとしよう。元の人格がどうだったのかなんてわからないからな。元の人格のようにふるまうのは不可能だ。


「どうしたのシイ!? 育て親である私の事を忘れちゃったの!?」


 驚いた表情の女性。俺がそれらしくこくりと頷く。女性は周りを見て、俺が頭を打った机と俺の頭の角を見た。


「頭の角が欠けているわね。なるほどね、記憶がなくなっちゃったって事なのかしら。角は私達にとって大事な部分だし、こういう事が起きるのかもしれないわ」


 俺には何が起きているかわからないが、どうやら一人で勝手に納得してくれたようだ。助かった。


「そうね、自己紹介から始めましょうか。私はライラ、見ての通りサキュバスよ。道端で倒れていた貴方の育ての親でもあるわ」


 記憶が戻る前は、道端で倒れていてこのライラさんって人に拾われたわけだ。俺が生きてこれたのもこの人のおかでのようだな、感謝します。


「それでね、貴方の名前はシイ。私の元で見習いのサキュバスとして修業しているの。一人前のサキュバスとして生きていけるように私が指導しているってわけ」


 サキュバス。俺の記憶では、男性を誘惑して襲うみたいな種族なのだが。この世界のサキュバスもそうなのだろうか。うーん、わからん。


 とりあえずは、サキュバスの見習いとして修業をすればいいのだろう。


「じゃあ、今日も修業をするのか?」


 うーん、自分の喉から透き通るような少女の声がするのが慣れない。


「そうね。記憶を失っても話が早くて助かるわ。でも、まずは食事にしましょう」


 おおっ、異世界で初の食事だ。なんだか、普通ではない物を期待してしまうよな。非常に楽しみだ。俺がルンルン気分で机に座って待っていると、ライラさんが机の上に瓶を一つ置いた。


 真っ白な液体が入った瓶だ。


 出てきたのはそれだけだ。どういう事なのかわからない俺はライラさんの方を見る。


「あのー、これは一体?」


「何って、人間の男の精液だけど」


 えっ、今なんて言った。ライラさんなんて言いましたか!? 精液って言いませんでしたか!? 机の上に瓶に入った精液を置かれて、俺にどうしろっていうんだ!?


「これをどうすれば……」


「どうするって飲むに決まってるでしょ。あっ、もしかして産地の事を心配してるの? 安心して頂戴、朝に私が搾取してきた採れたてだから」


 いや、そんな農家のおじさんのような、私が育てましたみたいな話が聞きたかったわけじゃない。産地なんて興味もないし。


 うん、飲むって言った? 確かにライラさんは飲むって言ったよね。


 俺は瓶の中に入った精液を見つめる。最初は何も思わなかったが、精液と知ると途端に嫌悪感が出る。


「ライラさん、これはちょっと飲めないかなって」


 拒否。無理です。男の精液とか飲めるわけない。飲むと想像しただけで鳥肌が立つ。絶対に無理。これを飲むぐらいなら死んだほうがまし。


 全力の拒否反応をライラに見せる。


「うーん、その様子じゃあ、自分がサキュバスだって事も覚えていないのね。いい、サキュバスという種族は男の精を摂取しないと死んじゃうのよ」


 死んだほうがましだと思ったが、本当に死ぬことになるとは思わなかった。男の精を摂取しないと俺は死ぬって事か? いや、まさか。多少、効率が落ちてでも他の方法があるでしょ。


「他にエネルギーを摂取する方法はないの?」


「ないわね」


 きっぱりと断言。俺の顔は見えないが、絶望的な表情をしているだろう。それぐらいに自分の心が沈んでいくのがわかった。


「他種族のように食事をしても無駄なの。サキュバスは男の精を取り続ける事で生きていけるわ。逆に言えば、少量でも毎日飲んでいれば死ぬ事はないわ」


 その少量が飲みたくないって話なんだけど。


 つまり、俺に残された選択肢は潔く飲まずに死ぬのを待つか、嫌悪感を抱きながら無理やり飲んで生き続けるかの選択。なにこれ、なんでいきなり地獄のような選択をしなくちゃいけないんだ。


 俺がどうするか考えていると。


「シイが何でそこまで飲みたがらないのか私には理解できない。だけどね、シイには悪いけど飲みたくないと言っても無理やりにでも飲ませるわよ。だって、命に関わるだもの。シイを拾って一生懸命ここまで育ててきたわ。私はシイに死んで欲しくないのよ」


 それは、本当に俺を心配しての言葉だった。心配そうな表情をするライラさん。俺にはライラさんに育てられた記憶は一切ない。だが、現に生きている事実。


 その育て親を困らせるのはあまりいいとは言えない。


「の、飲みます」


「偉いわ。一日前のシイは満面の笑みで飲んでいたし、おかわりもしたのよ。きっと、今の貴方も飲んでみると気に入ると思うわ」


 悲報、昨日の俺。男の精液を飲んで、おかわりもしたようだ。しかも、満面の笑みで喜んでいた様子。そんな話は聞きたくなかったなあ。


 瓶を持つ。いや、存外サキュバスになったおかげ舌が美味しいと思ってくれるかもしれん。それに牛乳だと思えば、悪くないかもしれない。


 そう、これは牛乳だ。これは牛乳。なんか、あんかけのようにドロッとしてるけど、牛乳なんだ。言い聞かせろ、飲まなきゃ死ぬし、育て親が悲しむ。


 俺は一気に流し込もうと瓶を逆さにした。液体じゃないのでゆっくりと俺の喉にめがけておりてくる。俺の目からは涙が流れる。普通に辛い。


 元々の人間の男としての拒否反応。胸がバクバクと鳴ってはいけない音が鳴っている気がする。喉に触れる、焼け付くように熱い。


 喉にほんの少しだけ触れた瞬間だ。味がどうとか、匂いがどうとか、そんなちゃちな話では断じてない。


「おえぇーーーーーーーー!!!! ごほっ、ごほっ、うえーーーー!! えぅ、あ、はぁはぁ」


 ただただ、俺の魂と体が拒否反応を起こした。容赦なく吐いた俺は地面に倒れた。瓶も力が入らず手から抜け落ちる。瓶の割れた音とライラさんの悲鳴。


 薄れていく意識の中。俺は思った。もし、もしだが神様というのが存在しているのなら。どうしても聞いてみたいことがある。


 神様、なんで俺をサキュバスに転生させたんですか?

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