稀代の悪党一家に生まれましたが、血が怖いので家出します

藍原美音

第1話

 前世は日本で生を受け、交通事故で死んだ。

 そして次に目が覚めた時、異世界に転生していた。

 最初は物珍しさにワクワクしていたが、成長するにつれ自分が生まれた家がおかしいことに気付いた。


 家庭教師の中に暗殺・拷問の担当教師がいるし、3歳の誕生日プレゼントは暗器一式だった。

 そして夜な夜な地下から誰のともわからない悲鳴が聞こえる。

 普通に怖い。

 5歳を超えてからは、屋敷で死体を見ることが珍しくなくなった。

 全身血だらけの無惨な死体。どこまで拷問したらこんな姿になるのか甚だ疑問だ。

 そしてまだ5歳の娘がいるというのにそれを隠す気配すらない。

 まるでこれが日常だというように。


 私はそのカオスな環境に次第に耐えられなくなっていった。

 何より血が嫌いだ。前世で一番嫌だったのが採血だった。

 指を紙で切った時も傷口を見ると気分が悪くなるレベル。

 そんな貧弱精神の持ち主にこの残虐さは耐えられない。


 あと、こんな典型的な悪党一家、いつか絶対正義の味方的存在に倒されると思う。

 前世でもそういう小説はいっぱいあった。

 かなり有名な家門っぽいからラスボス感が半端ない。

 父親か兄弟の誰かが主人公と敵対するんじゃないだろうか……。

 生憎どんだけ年を重ねても私が知っているストーリーとは当てはまらなかった。

 よくある異世界転生モノだと思ったのに……。

 私が読んだことのないストーリーに転生してしまったのか、はたまた全く別物の世界なのか……。


 こういう系の話は転生特典として今後の展開がわかるというのが必須条件といっても過言ではないのに、私にはそれすらない。

 恐怖だ。怖すぎる。

 いつか成敗されそうなのに、その相手も時期もわからないなんて。


 ここから逃げようにもいつまでに逃げればいいのかわからない。

 逃げる準備をしている間にヒーロー達に攻め込まれたらどうしよう。

 巻き込まれて殺されるに決まってる。


 でも焦って逃げたとして逃げ切れる自信もないし、一人で生き抜く自信もない。

 せめて成人を迎えてからでないと厳しいだろう。




 そうこうしているうちに10歳になってしまった。

 誕生日プレゼントで貰ったのは……なんと奴隷。

 なに、奴隷って。

 絶対誕生日に贈るものではないのは確かだ。


 私と同い年くらいの男の子で、ものすごくキラキラしている。

 真っ白な髪に青い瞳。私が黒髪に赤い瞳だから正反対の見た目だな。

 なんでこんな見目麗しいのに奴隷なんか……そう思ったけど、亡国の王子様なんだって。


 やばい、なんかものすごくヒーロー臭い。

 これ、この奴隷に一家全滅させられるパターンじゃない?

 もしこの世界が何かの小説だとするのなら、悪党一家の奴隷になった見目麗しい元王子様なんてめちゃくちゃ怪しい。

 手の甲に刻まれた奴隷刻印のせいで私達一家には反抗できないみたいだけど、成長したら誰かが助けに来て刻印破棄して復讐するとか……めっちゃありそう。


 それで、そんなあからさまにヤバそうな子が私の奴隷になるという。

 え、もしかして復讐されるの私? 私がラスボス的存在?

 嫌だそんなの信じたくない。


 でも……


「ヴィナ、この奴隷は一等綺麗だろう? 痛めつけたら相当快感だと思うんだ。魔法の才能もあるみたいだし、よく躾けたらそこそこ使える人形となるだろう。重宝しなさい」

「はい、お父様。ありがとうございます」


 お父様のセリフからしてもう逃れようのない可能性となってしまった。


 キッとこちらを睨んだ奴隷──亡国の王子様。

 その瞬間「ぐあああっ!」と全身に稲妻が走って呻き声をあげながら倒れ込んだ。


「安心しなさい。奴隷の刻印がある限り契約主であるヴィナに殺意を抱いたらこうなる」


 うわ、また典型的な……。

 全然安心できません。ドン引きですお父様。

 それ私が危害加えるつもりなくても勝手に虐めたことになるじゃん……。


「まずは主従関係をしっかり叩き込みなさい」と言われ、私と奴隷の王子様は拷問部屋に放り込まれた。

 もう既に彼は3回稲妻にやられている。すなわちさっきからずっと私に殺意を抱いているわけだ。

 こわ……どうしよう……。

 でも何もしないと今度はお父様に怒られる……。

 怒った時のお父様は悪党らしくそれはもう残虐で卑劣で恐ろしい以外の感情が湧かない。


 7歳になった時私の目の前で敵を大量虐殺しやがったお父様。

「ここを狙うと人間はすぐに死ぬんだよ」と絵本を読み聞かせるような顔で平然と言っていた。

 血が怖すぎる私はその日から一週間寝込んだが、お父様は嬉しそうに「ヴィナも本能に目覚めたんだね」と言っていた。意味がわかりません。


 後で聞いた話では、我が一族サクマーレ家は己の残虐な本性に覚醒した時、長期間眠りにつくと言われているらしい。

 ただ大量の血を見て倒れただけなのに、思いっきり違う方向で都合良く解釈されてしまった。

まあある意味命拾いしたけど……。


 お父様の性格からして、私が『血が怖くて人を殺せない』なんて言ったらどう豹変するかわからない。

『そんな出来損ないは私の娘ではない』とか言って殺されそう。

 16歳になったら家業を手伝うことになっているけど、とてもできそうにない。

 やっぱりその前に逃げ出さないと……。

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