第39話 やはり私は同意できなかった
忍の首を狙いすました左薙ぎの振りであった。五年前の忍では反応することすらできなかった、その再現であった。
だが、今の忍には見えていた。忍は姿勢を低くしながら、大太刀で受け流すとすぐさま反撃に転じた。白峰も特大剣の鈍重さを感じさせない圧倒的な膂力で忍の連撃を捌いては、一撃必殺の攻勢に出た。
特大剣という、当たれば死が確定しているような緊迫した戦いの中でも、忍の心象風景の炎はなおも燃え盛り大きくなっていった。それにしたがって、私の纏わせる狐火も火力を上げていくのがわかった。
躱した特大剣は地面に大きな穴を穿つ。飛散した石の破片が忍の頬にかすり傷をつけた。白峰の服にもところどころ、忍の大太刀が斬った箇所が見受けられたが、出血はしていなかった。
白峰が振り下ろされた特大剣を、忍は躱した直後に踏みつけると、すかさず反撃に転じついに白峰の胸に一太刀の傷を与えた。その傷は浅かったが、白峰は一度距離をとって、溜息をついた。
「まさか、ここまでやるとはな。改めて、名を聞いておこう」
「良峰忍、妖怪退治屋だ」
『四尾の妖狐、葛』
「我が主、
白峰は今までの戦いで自身の得意とする空間転移妖術を絡めた戦いをしてこなかった。特大剣と合わせてどんな戦いをしてくるのか全くの未知の領域であったが、主の名前を出した以上は正真正銘の本気を見せるのだろう。
白峰は大きく特大剣を掲げる目の前に叩きつけた。立ち上る砂煙の向こうという死角から特大剣が投擲されたのである。忍は体を大きく曲げて間一髪でそれを躱した。
だが、息つく間もなく背後には投擲された特大剣を掴み、振りかぶる白峰の姿があったのである。
(これが空間転移と特大剣を合わせた戦術……)
反応が遅れた忍の体を私が憑依で動かし、刀で受けた。氷となり、洪水を受け止めた時と同じ圧力を受けた。
やはり、あの特大剣を受けてはいけない。
忍と私の力が合わさり、ようやく弾き返すと反撃に出ようとした。だが、攻めることすらできない。
白峰は振り終わりの体制を転移で入れ替え、振り始めに入れ替えた。
白峰の立ち位置すら、転移によって目まぐるしく変わり、攻めに転じることができなかったのだ。正真正銘、特大剣の鈍重さを克服したのである。かろうじて、白峰の連撃を捌けていたが防戦一方だった。私は狐火に一際力を込めて白峰を焼こうとしたが、白峰は空間転移ですぐに後ろに引き、再び特大剣を叩きつける動きをした。
その瞬間である。特大剣の持ち主である白峰が剣を残して姿を消したのである。そして忍の背に触れられる感覚がすると即座に忍の立ち位置が入れ替わり、振り下ろされる特大剣の真下に転移していた。
私も忍も明らかに反応できずに、特大剣は忍の体へ迫った。
だが、私の視線は白い何かで覆い隠され、振り下ろされていた特大剣は弾かれ地面へと突き刺さった。
目の前には白い狐火を纏った太刀を逆手に持つ母の姿があった。
「そこまでにしてもらいましょうか……白峰さま。これ以上続けるというのなら、見物の妖怪全てが敵になりますよ」
母なら、本当にそれができてしまうのが九尾として恐れられる所以である。
周囲の妖怪がざわつき、白峰は特大剣の突き刺さった場所へ転移して引き抜いた。
「ようやく出てきたか……私にはお前を斬る義務がある。あの時とは違う」
「霊体を斬る方法を見つけたようですね。でも……本当に私を殺してもいいのですか? 私は白峰さまの主を守れるかもしれないのに」
母の交渉が始まった。白峰も含め周囲の妖怪も母に注目していた。
「知ったような口を……」
「実際に知っていますので。私の力はご存じですよね? 視界に入った全ての生物に憑依して操ることができる。でも、白峰さまは憑依した相手の思考を読めることは知らなかったのではないですか?」
見物の妖怪たちのざわめきが大きくなり、「早く殺せ」などとやじが飛び始めた。白峰は鼻で笑うと特大剣を地面に突き立てた。その様子を母は見て、太刀を白鞘に納刀した。私も憑依を解いて忍の隣に立った。
「ここにいる全員の思考を読んで何をするつもりなのだ?」
「白峰さまの主を狙う真の敵をお教えします。その代わりに妖狐に自由を求めます」
表情を変えずに白峰は思案を巡らせているようだった。
私はやはり、違和感を拭えなかった。自分たちの身を守るためとはいえ、まだ起こしてもいない悪事を告発する、という行為にどうしても、心の底から同意できなかった。私が目指す誠意に反することなのではないか、という思いが強くなってきたのだ。
「その真の敵とやらの名を言ってみろ。心当たりがあるかもしれない」
「教えた情報が事実だった時に、妖狐の自由を約束してくれますか?」
白峰は「あぁ」と頷き「約束しよう」と続けた。
「お教えしましょう。白峰さまにとっての真の敵の名は……」
「待ってください。母さま、言ってはいけません」
思わず衝動的に私は母の言葉を遮ってしまった。私の行動に母は驚きもせず、待っていたと言わんばかりに「どうしたの?」と私のことを見た。
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