第37話 天災は去った
同志を探しに出かけた白峰が一人で歩いていた時、再び、鞍馬は時間の止まった空間で姿を現したのだった。
「久しぶりですね。白峰さん」
嬉しそうに声をかける鞍馬には悪趣味な微笑みが浮かんでいた。
「お前は何者なのだ? 黒い翼が生えているから天狗と思っていいのか?」
「えぇ、そうです。私も天狗です。私の予言が本当に起こることだと、わかったと思います。そんな白峰さんに新しい予言です。あなたの主、君護さんは死にます。天狗になったのです。寿命なんかでは死にませんよ。誰かに殺されるのです」
白峰は、今度は冷静に予言を本当に起こることとして受け止めていた。
「ならば、全ての不安要素を摘み取るまでだ。心当たりはいくつかある。新しきことを目指す者には敵がるものだ。私はどれだけ、この手を血に染めようとも、君護さまを守ってみせる」
鞍馬は白峰の毅然とした態度を大層気に入ったように顔をほころばせると「では、健闘を祈ります」とだけいって空間の裂け目に去っていった。
だが、鞍馬の予言により白峰の心は大きく乱され、君護の延命を目指すあまり、根本にあるはずの新しい世界を目指すための行動が取れなくなってしまっていた。
本末転倒であり、それは白峰自身も気付きながらも葛藤していた。
そうして敵対者を次々と白峰は粛清していき、ついには私達、妖狐の粛清に向かった。しかし、母の視界全体を対象にする憑依の絶対的な力の前に白峰は手を出すことすら出来ずに撤退を余儀なくされていた。
様々な物体に変化する父には攻撃すら通じない、圧倒的な力の差がそこにはあった。
水を操る大天狗である愛宕と共闘した際に、父が変化した水が撃ち負けて傷を負ったのを白峰は見逃さなかった。
そして白峰はついに『生物から物体になった』と豪語した憑依への対策を思いついたのだった。それは狂気すら感じさせる手法だった。
「私の骨を全て自作した骨に入れ替え、私の体に物体としての概念を付与して、君護さまの万物隷属(ばんぶつれいぞく)の力を受け付けるようにして憑依による身体操作の命令を上書きして無力化します」
その進言を受けた君護は思わず白峰の正気を疑った。物体を操作する力を持つ君護なら理論上は可能だった。だが、命の危険が予想出来た。君護は進言を否定せざるを得なかった。
「私は、そこまでしなくては殺せない妖狐は放任して良いと思うが……。実際、疎まれる存在ではあるが秩序を乱す行動はしていない」
「妖狐は人間を誑かして何を企んでいるのか、わからない危険な妖怪です。早急な対応が必要と私は考えます」
その場では判断が保留にされた。
だが、数日も経たないうちに父と良峰家の接触が判明すると君護も強く反対することができない情勢になってきて、ついに白峰の骨を入れ替えること許可を出さざるを得なくなってしまった。
そうして、白峰の骨の入れ替えは行われ、一年ほどは、立っていても、横になっていても襲ってくる痛みに白峰は苦しむことになった。
痛みを気力でねじ伏せ、体を慣らすと妖狐の粛清に向かったのである。
そうして、ついに父が殺された、あの瞬間が訪れた。
白峰の視点から見ると、まさに正義の執行者に他ならない絶対的に間違いのない、正当な行いだった。白峰は、この国の妖怪の期待を背負っていたのだ。妖狐を粛清するという崇高な目的のために。
そうして、私は憑依を解いた。
鞍馬のことが不気味でしかたがなかった。過去を見たのに他者への関わりがないのだ。
「私の記憶を見たのなら白峰さんのことも色々とわかったでしょう。どう思いますか?」
鞍馬はなんの屈託もない表情で私に問いを投げかけてきた。
「忠臣とは、あの方を指すためにある言葉だと思います。やはり私は、白峰さまと和解するべきだという思いは強くなる一方です。それにしても……予言の刻限を言わないのは少し意地が悪いのではないですか?」
「そんなことないです。ちゃんと危ないですよ、と教えてあげているのですから……親切と言って欲しいくらいです。それに……君護さまは敵が多い方なので、いちいち刻限を知らせていたら常に刻限が迫っている状態になってしまうのです」
つまり、白峰は何度も訪れた主の死の運命を回避してきたことになる。忍だって私の死の運命を覆せるという可能性があるのだ。
しかし、死の予言を当人ではなく慕う者に届けることには鞍馬の性格の悪さが滲み出て感じられる。本人が悪意と認識していないことが、余計に質が悪い。鞍馬はただ、お気に入りになった人物が懸命に足掻く姿を見て愉しみたいだけなのだ。
母が鞍馬のことを『目を付けられたが最後の災害のようなもの』と言い表したが、まさにその通りである。
「あなたも自分の人生で楽しめるものができたら、きっと世界が違って見えるはずですよ。恋人の一人でもいないのですか?」
「いますよ……私にだって…………ふふ、なんてね。まぁ、とりあえずは数日後の運命を乗り越えてみせてくださいね」
鞍馬は一瞬の苛立ちを見せたが、すぐに飄々とした振る舞いを取り戻し、空間の裂け目へ消えていった。
そして、森のざわめきの音が聞こえたことで時間が動き出したことを悟った。
鞍馬については記憶を見ることで得た印象は敵でも味方でもない「傍観者」であった。
やはり私が真に立ち向かうべきは白峰なのだ。
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