第30話 対話の術を見つけた

『明日からはお母さんに憑依を使って話しかけることをまず、覚えてもらいましょうか』


 それが叶わず、明日を迎えることになり白峰に両親を殺されることになってしまった。だが、考えてみれば、私は憑依を使って話しかけることをしたことがなかった。


(結局、普通に話しかけるのと変わらないか……)


 そう、私は断じてしまいそうになった瞬間、新たに思い付くことがあった。


(私が記憶を辿る時には現実の時間は経過しないではないか)


 会話をするのではなく自分の記憶を相手に見せることで時間の経過を伴わない情報伝達ができるかもしれないと仮説を立てた。


 記憶を辿る時は憑依対象の心象風景から巻物を取り出す感覚だ。記憶を見せるならば逆だろうか。自分の見せたい記憶を巻物にして相手に渡す感覚かもしれない。


 私は長屋を出て、市場にいるはずの伊世の元へと私は走って向かった。




「伊世さん、少しお時間よろしいですか?」


「あれ、葛さん。忍さんと外に出てるもんだとばかり……まぁ、時間なら大丈夫じゃ」


 私と伊世は隣合って近くにあった荷車に腰を掛けた。


 やはり周りには私を奇異なものを見る目もあったが、今はそんなこと気にはしていられなかった。


「変なことを言うようですが、今から伊世さんに話しかけます。聞こえたら頷いてください。少し不思議な体験をすると思いますので予めご容赦ください」


「ふふ、ほんとに変なことだねぇ。今、話しているのにね。わかったよ」


 私は伊世の心象風景を見た。相変わらず、一面の花畑に蕾のままの桜が立つ優美な世界がそこには広がっていた。


 そこの世界に私を投げ込んだが憑依をするときに行う、心象風景の浸食は行わずに言葉を発してみた。


『伊世さん……聞こえますか』


 すると伊世は驚いた表情で頷いてみせた。どうやら成功したようだ。


 憑依を使って他の生物を操るという応用を先に覚えてしまった自分にとっては、基本である憑依を使っての意思疎通は特に難しいものではなかった。


 ただ、問題はこの先である。自分の想像した手順が正しいとするならば、自分の見せたい記憶を巻物として想像する。初めの一回目だったので、私は洪水が起きた日の、私の行動を見せる想定をした。


 すると、いつの間にか私は伊世の心象風景の中で、手に巻物を持っていた。ひとまずは伊世の心象風景の核と思しき蕾のままの桜の前に巻物を置いてみた。


「何か見えましたか?」


 伊世に尋ねると首を傾げて「特に何も」と答えるので、どうやら失敗のようだ。しかし考えてみれば私が記憶を覗く時には巻物を広げていたことを思い出し、少しだけ広げることにして再度、巻物を置いてみた。


「あ、なんだか不思議な感覚がした。鳥の視点になって洪水を見ておった。じゃが、その風景だけだったのう。もしや、洪水の時の葛さんか?」


「そうです。もう少しだけ時間くださいね」


 仕組みについて確信を得た。私が巻物を広げたのは少しだけだ。だから冒頭の部分である洪水を見た光景だけ伝わったのだろう。


 なら、答えは巻物を全て広げて置いくことである。


「なんと……そうか……そんなことが」


「洪水が起きた日に伊世さんをどうやって助けたのか、全部わかりましたか?」


「うむ。そうか……本来は大ムカデになって避難をさせる予定であったか……それを私がいたから予定を変更したわけだったのか……余計なことをさせてしもうたな、すまぬ」


 私の読み通り、一瞬で伝えたいことが全て伝わったようだった。しかし問題は、巻物を広げる時間が必要だということだろうか。


 しかし、伊世に余計な気を遣わせてしまったことに私は罪悪感を抱いてしまった。


「伊世さんは悪くないですよ。凍らせて洪水を止めたことで、町の避難時間を確実に用意することができたので、被害を皆無にすることができたんです」


「じゃが、そのせいで天狗に見つかってしまったではないか……」


「もともと私は天狗に見張られていたのだと思いますよ。でないと私を指名して町に姿を現わすなどできないはずです」


 伊世は「たしかに」と納得すると明るい表情を取り戻したようだった。


「伊世さん、協力ありがとうございました。天狗との対話の方法を見つけられました。これで安心して対話に向かえます」


「そうかい。健闘を祈っておるよ」




 私は人目も気にせず鷹になり忍の向かった方向に飛んだ。もう妖狐であることを隠さなくていい。楽なものだ。周囲がざわついた様子だったが、気にせず忍を探した。

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