第20話 戦うことを覚悟した夜

 両親は憑依での共闘も百年単位での練度があるはずである。斬り合いの末に倒れたならわかるが、今あの光景を思い出すと勝負を捨てていた気がするくらいだ。絶望的なまでの実力差はなかったはずだ。


 あるとしたら武器の火力差くらいだろうか。


「どうした?」


 急に黙り、考え込んだ私を心配して忍は顔を覗いてきた。


「私の父は、ほぼ無抵抗な状況で白峰に斬られて死んだのだけど、少し変じゃない?」


「無抵抗に……? 確かにおかしいな。もっと当時の状況を教えてくれないか?」


「周囲にはあらゆる妖怪が取り囲み、戦ったのは白峰だけ。私は焼け焦げた小屋の木片の一部に変化して近くに転がってた」


 忍は状況を想像しながら手を動かし、首を傾げては唸って「わからん」と呟いた。


「君の両親に何か意図を感じるのは確かだ。でも案外、君が確実にその場から逃げられるように、なんていう単純な理由かもしれないぞ」


 そんな理由でも納得してしまうくらい私は両親に愛されていたような気がする。


「でも、今度の戦いは何があっても逃げられない。そんな気がするの」


「そうだな。俺も白峰を殺すか、殺されるかだと思ってる」


 忍と妖怪退治をしながら過ごす暮らしがずっと続けばいいと思っていた。でも私が妖狐である限り、迫害された状況を覆さないと幸せは決して訪れない。


(白峰を殺してでも、私が生き残らないと……)


 両親が再び目を覚ます時に、妖狐の敵がいない世界を用意する。これくらいの意思を持って動かないと死の予言など、乗り越えられそうにない。


 だが、目先にあるのは明日起こるとされている洪水である。


「ねぇ明日のことなんだけど……大ムカデに変化した私のことは容赦なく斬ってしまって大丈夫だから安心してね。丁度よく倒れ込んで洪水の被害を軽減させるから」


「わかった。それが最善だろう。前見たように頭を二つに割るから、そのつもりでいてくれ。ちなみに斬られても平気っていうのは、どういう原理なんだろうか?」


 私は説明するために右の人差し指を忍に注目させた。そして、第一関節から先を切断して左手の掌で受け止めた。


「お、おい! 指が落ちたぞッ……大丈夫なのか?」


 慌てる忍を見ながら私は落ちた指を元の場所へとくっつけた。


「これも変化へんげの一つなの。自分の意思で体に与えた変化へんかはあとで、復元ができるの。ほらね、くっついた」


 忍は「おぉ……」驚いた様子でくっついた指を触って確認していた。


「本番では忍の太刀筋に合わせて私が大ムカデになった頭を割る。だから平気なの」


 本当は血の演出もしたいところだが、自分の体から離れたものへ変化を持続するとなると難易度が跳ね上がる。


 私に変化の説明をしていた時に見せた父の変化の腕前は、とてつもないことが後々に自習することで理解できた。あれは、もはや変化というより創造する力と言った方がいいくらいには、練度を要する領域であった。


「なるほどな。それなら納得できた」


「じゃあ……そろそろ、長屋に戻ろうか……これ大切に使うから」


 私は忍からもらった櫛を握りしめ立ち上がった。見上げる忍は、微笑むと少し遅れて立ち上がった。そして、私の隣を歩いて忍の方から手を握ってくれた。自分から手を握りにいくのとは違う嬉しさが込み上げて胸が熱くなるのを感じた。


「今日手伝いをした伊世さんが私と忍のことを恋仲ですか? と聞いてきたの……」


「俺も今日、薪割りをしていた時に同じことを聞かれた。認めてしまうか?」


「私はいいよ?」


「……もう少し考える」


 忍らしい返答だった。他人の恋路すらも娯楽として楽しめてしまう人間のことが、私は意外と好きだった。少なくとも妖怪よりは。


 やはり妖狐の姿を見せたら避けられてしまうのだろう。しかし、私は隠しているという罪悪感は思ったよりも感じていなかった。人間だって、誰しも本当の自分は見せないようにしているのだと気付いたからだ。


 人間の社会に紛れてわかったのは、建前という概念は単純に本音を隠す嘘と断定することはできないということである。建前とは他人に、どうやって自分を扱って欲しいのかを表明しているような、複雑なものだ。


 私だったら妖狐の姿を隠し無難な対応をして他人に深入りしないでほしいと表明しているし、忍だったら気難しい対応をして他人に関わりの拒否を表明している。


 そう考えてみれば、忍は私に隣に立つことを許してもらえているのだ。




 私と忍は長屋までの帰路、手を繋いで歩いた。


 手が離れていくのが切なかった。明日また会えるのに……。


 予言の刻限は十日後である。逆に九日は必ず生きるということでもあるように思えた。しかし、忍の『運命までは絶対じゃない』という言葉を私も信じたかった。


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