第16話 最凶を越える者VS元・最強

 駆けだした瞬間、《疾風足ジェット・ラン》を起動。


 ありったけの魔力を込めて突進する。




 臆すな俺! 一足飛びに相手の懐に飛び込むんだ!


 残像すらその場に置いてゆけ!




 これ以上ないトップスピードで、リーナめがけて肉薄する。


 俺の持つ勝機。


 それは、相手に対応を考える暇を与えない突進からの一撃。


 


 瞬間的に魔力を爆発させ、一瞬の間だけ《剣聖》の反応速度に無理矢理追いつくための秘策。


 それが、この超々短期決戦だ。




「っ!」




 さしものリーナも一瞬目を剥き、硬直する。


 その間隙かんげきに、俺の実体はリーナの懐まで飛び込んで――




 ゾクリ。


 それは、加速した己についていけず、妙に引き延ばされた時間の中で感じた、背筋が凍るような死の感触。




 ほんの僅か視線を左下にずらせば、黒い剣の刃が、横薙ぎに俺の脇腹へ当てられている。


 リーナの反応を見る限り、俺の一足飛びに意識は追いついていなかった。


 それなのに身体が動いているあたり――バケモノである。




 コンマ数秒の間に突きつけられた死。


 凝縮された殺意に当てられ、気付けば俺の身体が勝手に動いていた。




 ドンッ!


 逆巻く風を支配し、俺の身体は無理矢理右側にカッ飛んでいた。




 横薙ぎに振られた剣は虚空を斬り、同時にリーナは驚愕に目を剥く。




「バカな! 斬撃と同じ速度で横に飛んだじゃと!?」




 脊髄反射という現象がある。


 やかんなど熱いものに触ったとき、「熱い」と感じる前に手を引っ込めるアレだ。


 脳が指令を伝達するよりも速く身体に命令が届き、結果として通常ではありえない反射速度を発揮する。




 その“ありえない反射速度”を目の当たりにしたリーナが、ほんの少しだけ動揺した、その僅かな隙に。




「《土形変化ソイル・チェンジ》ッ!」




 リーナの死角となる、真下の地面を変形させ、リングの石畳もろとも突き上げる。


 突き上げた地面は、既に攻撃態勢に切り替えていたリーナの顎を直撃し、華奢な身体が宙に浮いた。




「かはっ!」




 顎を突き上げられた衝撃で、リーナが一瞬白目を剥く。


 予想外の一手に予想外の一手を重ねて生み出した、この僅かなチャンス。


 


「今だ!」




 着地して、体勢を整える時間も惜しい。


 身体を捻って無理矢理軌道を修正し、足をバネのようにしならせて地面を蹴る。


 弾丸のように回転しながらリーナの元へカッ飛んで行った俺はリーナの両腕を掴むと、勢いに任せて押し倒す。




 背中から倒れ込んだリーナの両足も押さえ込み、寝技へと持ち込む。


 当の本人は、地面にたたき付けられた衝撃で激しくむせぶ。


 


「――俺の勝ち……だ」




 身動きを封じたことで勝利を確信した俺は、決め台詞を言おうとして――硬直した。




 押し倒した衝撃で、彼女の着込んでいた漆黒のゴシックドレスが下にずれ込み、お世辞でも豊かとは言えない胸の一部が見えてしまっている。




 目元に涙を浮かべるリーナが激しく咳き込むたび、華奢な身体がビクンと跳ね、汗がじわりと浮き出てくる。




 ――そして、そんな色っぽい(見た目だけ)幼女を押し倒している、俺の図。




「ッッッ!?」




 俺は、首がねじ切れるんじゃないかという勢いで目を逸らす。




「けほっこほっ。な、なんじゃおぬし。急にそっぽを向きおって」


「い、いや……あまりに見るに堪えなくて」


「なんじゃと! たった一度わしを捕まえたくらいで、いい気になるな! わしはまだ負けたわけではない! その言い分は侮辱に値するぞ!」


「違う違う。そういうことじゃなくて……その、自分の状態を確認していただけると……」




 思わず敬語になってしまった。


 リーナは、訝しむように「はぁ?」と口答えして、もぞりと動く。


 次の瞬間「な、な、なぁ!?」と、声を上げた。




「どう? それを見てもまだ、そっぽを向くなと?」


「い、言わぬ! というか離れろ!」


「それは無理。だって、離れたら反撃されるし。「参った」って言うまで離れない」


「ま、参ったのじゃ! だから早う離れてくれぇ!」




 情けない声をあげる《剣聖》に「よし、わかった」と言って、四肢を離す。




「んじゃあ、俺の勝ちってことで、報酬もらえるよね?」


「ちょ、ま! まだ見る――な」


「え?」




 そのとき、俺はうっかりしていた。


 たぶん、賭けに勝利して気を抜いていたんだと思う。


 地面から起き上がっただけで、胸元の大きくはだけた状態のロリ(300歳以上)と目が合う。




 より正確には、俺の視線は30cmほど下にずれた位置に、釘付けになったわけだが――


 


「な……な……ッ!」




 リーナの肩がわなわなと震えだし、頬が真っ赤に紅潮していく。


 


「わ、悪い――」




 慌てて目を逸らしたがもう遅い。




「この変態ぃいいいいい!」




 パシィッ!


 頬をぶつ乾いた音が、辺り一帯に響き渡った。




 (ちなみに、元 《剣聖》を組み敷いた男として、俺の(悪)名は後生に語り継がれることとなるのだが――それはまた別の話だ)

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