第14話 抜けたページ
「ダイ先輩、ご迷惑をおかけしました」
姫様は、ダイの目の前まで歩み寄り、スカートが捲れないように考慮しながら、屈んだ。
手錠を外され、腕に跡が残るダイ。
その場に座り込むと姫様と目線を合わせる。
「いえ、大丈夫だお。僕は姫の護衛だからね。姫様が不利になるようなことは言わないお。それとあの元帥、個人的に嫌いだし」
「ありがとうございます。ダブル国務大臣が我々王族を追い出してこの国の最高地位を奪取しようとしていることが噂されています。そのため、私はボロを出すことが許されませんでした。——だから、先輩の救出も遅れてしまいました」
「大丈夫だお、わかっているから——、それに最後にはカケルンが助けに来てくれると確信してたんだお」
こちらを見て親指を立てるダイ。
ダイの信頼が少し心に痛い。
ダイを助けたい気持ちはあった——。
しかし、助けたいと助けられるは違う。
僕は本当にダイを救うことができたのだろうか。
「それと、ダイ先輩、あの金のキューブは本当に時の魔法式が組み込まれているのですか?」
姫様は、手より少し大きい金のキューブの魔法式が書かれた面をダイに向ける。
「うん、まだ、なんとも言えないけど、おそらくその可能性が高いお。多分、これは国宝物の代物だお、姫様はどうやってこのキューブを手に入れたん?」
「私はこれを——よく覚えていないのです。気づいた時には自室の引き出しに——」
「となると、第三者がこのキューブを姫様の部屋に置いたと」
「そうなりますかね」
ダイは手を顎に当て、左斜め上を見ながら考え込む。
ダイが考え事をする時によく見せるポーズ。
孤児院にいた時は、妹や弟たちがよく真似をした姿だった。
「そうなると、この金のキューブを姫様の部屋に置いた人物を探した方が手っ取り早いのでは」
「それは考えました。しかし、見つけられなかったのです」
「それじゃあ、やっぱり僕が頑張んないとね。でも、禁書庫を解禁してくれたから、色々捗ったよ」
「どんなことがわかったんですか?」
ダイと姫様の会話に突如乱入したのは先生。
興味津々で姫様の横から顔を出し、前のめりになっている。
「えっと——こちらのロリっ子は一体誰?」
あー言ってしまった。
今世紀最大の禁句を。
僕でさえ恐ろしくて言ったことがない言葉。
「まあ、落ち着いてください、落ち着いてください」
必死に宥める姫様。
杖を振りかざそうとする先生の手を必死に抑える。
「あれ、僕まずいこと言った?」
困惑するダイ。
鬼の形相に後退りする。
「ダイ、ロリっ子はだめだよ。こちらは姫様のお師匠で僕の先生」
「ああ、カケルンを特訓している先生か。あの日爆睡してたからカケルンの先生を見られなかったけど——羨ましいぞいカケルン。こんなロリっ子に面倒を見てもらえるなんて」
「こう見えても結構歳を——」
ごつん
頭上に鈍い音がする。
「「痛え」」
ダイと声が被った。
よく見るとダイの頭にたんこぶが——。
「カケルンたんこぶできてるよ」
どうやら僕にもタンコブがあるらしい。
その衝撃は、言わずもがな、先生の一撃だった。目にも止まらぬ速さで一本の杖で2人の頭を瞬時に叩く職人技——だった。
「全く、この恩知らずめ」
先生はほっぺたを膨らましながら怒っている。
姫様に頭を撫でられて宥められている様を見ると、どうしても10歳の女の子がいじけているようにしか見えない——と本人に言うのはよしておこう。
「それで、ダイ。 時の魔法について何がわかったんだ?」
「あ、そうそう、時の魔法には、空間の時間を伸ばす、縮める、手繰り寄せるの3種類あるらしいお。ただ——」
「ただ?」
「魔法式はできるかもしれないけど、発動する条件がわからないんだお、ただ魔力を流し込んでもダメみたい」
「それは厄介だな」
「そうだお」
魔法式は設計できるかもできないが、普通の魔法式のように魔力を注げば発動する——というわけでもないらしい。
「その本には発動条件は記載されていないんか?」
「うーん、多分記載されていたんだお」
「多分?」
何やら含みを持たせる話し方。
ダイはあまりこういう言い方をしない。
「ページがだお、欠けているんだお、しかも数ページだけ——」
数ページだけ欠けている。
明らかに恣意的な何かが感じられた。
読み手に知られたくなかった内容がそこには記載されていたはず。
誰が何のためにそのページを破ったのか。
「本の作者は一体誰なんですか? その子孫を辿ればもしかすると、欠けたページのことを知っている人がいるのでは」
口を開いたのは姫様。
それまで僕とダイの会話を静かに聞いていた姫様は、王族の特権を使ってでも調べましょうとやる気になっている。
しかし、ダイの表情は苦々しい。
まだ問題があるのか。
「それがだお、本の著者なんだけど——それがだお」
「ダイ先輩、誰なんですか」
「ストフィート・リベルオン——250年戦争を始めたリベルオン帝国の皇帝だお」
沈黙が謁見室を満たす。
ストフィート・リベルオン。
民主連合国においてその名を知らない者はいない。
悪逆皇帝ストフィート。
ある日を境に世界を地獄に陥れ、未だに戦禍が絶えない世界を作り出した最悪にして最恐の皇帝。
リベルオン帝国史に詳しい者によると——。
まるでジキルとハイドのような人物だと言う。
曰く、第44代皇帝ストフィートは国民思いの為政者だった。
曰く、ストフィートは、国威発揚により帝国を肥沃にした。
曰く、ストフィートは世界最悪の詭弁者であり極度の優生思想家だった。
曰く、ストフィートは劣性遺伝子排除法や劣悪民族排除法を施行し、4000万人を虐殺した。
一代にして帝国を強国にまで作り変え、それと同時に世紀の大虐殺も行った。
そして、国力が衰退し始めると今度は民主連合国となる前の皇国へと攻め入って来たのだ——地下資源の魔法石と火薬の原料の硝石を求めて。
ストフィートは負け知らずで、皇国、ツード国など次々に占領。
メリア国のアルタレスによって殺害されるまで、全戦全勝だったらしい。
ストフィート亡き後、帝国に対抗するために皇国、ツード国の生き残りと、メリア国、ランス国、ギリス国は民主連合国を誕生させ、君臨すれども統治せずの盟約の元、初代王はアルタレスが引き受けた。
そして、帝国は自らの強さによって最強の天敵を誕生させてしまった愚か者であるという笑い話をするのが民主連合国の常であり、ストフィートの話を連合国民に聞くとここまで話したがる。
というわけで、時の魔法の発動条件を調査することは、随分と難しくなる。
著者の子孫に聞いてみる——つまりそれは、敵国の皇帝に聞くことと同義。
停戦中なら可能性もあったかもしれないが、今は戦争中。
停戦の予兆なんて感じ取れないくらいの激戦。
到底、帝国に時の魔法について何か知っているかなんて聞けるはずがない。
そもそも、250年前の帝国の著作が、なぜ民主連合国に残っているのか。
「手詰まり——というわけですね」
「——そうだお」
姫様は残念そうに下を向く。
凛さんも僕の横に立ったまま、悲しそうな顔をしている。
「それよりも直近の問題を解決した方がいいお。カケルンとエレン・ダブルとの勝負をどうするか」
「そうですね。いったんこの話は棚上げにしましょう。そして、カケル先輩——私の身勝手さによって引き起こされる無意味な戦いを強いることになり、本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げる姫様。
主人が頭を下げるならば従者も頭を下げるのも当然と言わんばかりに頭を下げる凛さん。
「いえ、王様の言葉なら逆らうわけにはいきませんし。無謀なことかもしれませんが、実は姫様が少しでも僕を信頼してくれたような気がして、嬉しかったんです」
「もう一つ謝らないといけません。正直——、私は一瞬でもカケル先輩がエレン・ダブルに勝てないのではと考えてしまいました。本来、私が一番信用していなければいけないはずなのに」
「大丈夫です。現実に目を背けてまで信頼してもらう必要はありません。僕は劣等生——、それは紛れもない事実——」
「それは違いますよ」
僕の話を途中で遮った人物がいた———それは、先生。
「もう劣等生だと卑下することはやめなさい。根暗な思考は自分の可能性の幅を狭めます。それにあなたは、もう一般人よりも強い」
「先生、しかし」
「私が保証します。あとは、あなたの最大の弱点を克服するだけ、それだけであなたは——」
先生が話を途中で詰まらせた。
次の言葉を話そうか話さまいか迷っているように見える。
何か困惑した表情でこんな先生あまり見たことがない。
「まあ、とにかく、大森林に帰って特訓です。エレン・ダブルは相当の手練れだと聞いていますから、もっと磨きをかけますよ」
前まで来て杖を僕の肩に優しく置き、微笑む先生。
出会った時とは対照的なほど、親身になってくれている。
その信頼に報いなければと魂が燃えたぎるような感覚が体の奥底から湧き上がる。
「あ、お師匠、私も特訓を見に行ってもいいですか?」
「構いませんが、部下の成長を見守るのも上司の役目だと思いますので」
「じゃあ、僕も行きたい——けど、解析を進めるお」
すかさず挙げた手をゆっくり降ろすダイ。
「じゃあ、1週間後にでも来てください。それじゃあ、カケル、帰りましょうか」
先生の手を握る。
少し冷えた手をしっかりと握りしめ、王宮の窓から天高く飛び上がる。
「そういえば、カケル。今何時ですか?」
そういえば謁見室には時計がなかった。
しかも、今日は急いでこちらに来たから、家に時計を忘れてしまった——って、そういえば、シスターエリナから預かった形見の懐中時計が。
シスターエリナから預かった後に、修理してもらって使用できる状態にした懐中時計。
その時計をズボンのポケットから出す。
「——え? 年のわりに古い時計を使っているんですね」
「先生がそれ言いますか?」
「何か言いましたか?」
「いえ、何も——、これは孤児院の先生の形見で、この懐中時計を持っていた人は先生の旦那さんなんですけど、危ない時に守ってくれるかもしれないからとお守りとして渡してくれたんです」
「そうですか。良い先生ですね。そういえば、カケルは孤児院育ちでしたね。どこの孤児院だったんですか?」
「リッツ孤児院です」
「——リッツ」
「先生もしかしてご存知なんですか?」
「いえ、知りません。初めて聞きました」
「いつか落ち着いたら一度訪ねてください。おもてなししますので」
「……そうですね。考えておきます」
そうこうしている内に、大森林の中にある家に着いた。
何やら明日からは特別メニューを実施するとかなんとかで張り切っていた先生を尻目に自室に入りベッドに寝転んだところで、気を失うように眠りに入った。
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