テスト前

「机の上にあるものは片付けてね~」


テスト開始五分前になった。他の学校がどうだか知らないけど、テストの時だけ名前の順に変わるのだ。僕は『山井』だから窓側の一番後ろになる。僕はその席に移動しようとする。端っこの席の子が明らかに嫌そうな顔をしていた。


(ごめんね?)


『聖剣』を抜いたのは事実なので、そこはもう認めるしかない。だけど、


「なんで山井の席なの!汚いし最悪!」


岡本さんが不満を漏らした。年頃の男子には『こうかはばつぐん』のダメージだ。


ただ、僕だって変態的な美少女との戦いなら百戦錬磨の猛将だ。昔の僕なら泣いていただろうけど、今の僕なら致命傷で済む。


僕からできるささやかな抵抗は僕の席という最悪の席で集中力を乱してもらうことだ。一生『聖剣』のことを考えながら勉強してほしいと思う。


ただ、≪暖炉の聖女ヘスティア≫をキレさせるには十分すぎる言葉だった。


「先~生!岡本さんのあのセリフはイジメだと思います」

「あかね!?」


(お前が言うんかい…)


目の前に座っている≪堕ちた雌豚ルシファー≫が元親友を売ったようだ。宮下さんは名前の順で前にいる。岡本さんは顔面蒼白になっていた。


「そうだね。次、旭君をイジメるようなことを言う人がいたら、内申書に書かせてもらうからそのつもりでね?」

「はい…」


(いいぞ佳純先生!もっとやれ!)


「とりあえず謝ったら?人として最低限の礼儀でしょ?」


(お前が言うんかいpart2)


「くっ、ごめ」


意地でも僕には頭を下げたくないらしい。『んなさい』も言わなきゃだめって言われなかったのかな。岡本さんの中途半端な謝罪を見た≪堕ちた雌豚ルシファー≫の怒りがどんどん増している。そして、僕の方を見てきた。


「≪冥府の日輪ラストサン≫様、提案させていただきたいことがあります」

「…なんだよ」


思わず反応してしまった。いつものお節介じゃなくて本気の表情だったからだ。


「あの女に『聖剣』を飲ませてあげたらどうでしょうか?」

「なんでだよ」


本気になった自分を殴りたくなった。僕の信者が真面目なことをやるわけがないと身をもってしっていたのに本当に馬鹿だ。


「ひっ!?それだけはやめて!」

「やるわけないじゃん」


岡本さんが泣き出した。相当トラウマになったらしい。このままだと彼氏ができても大変だろうとお節介を焼いてみたけど、どうでもいいか。せいぜい苦しんでほしい。すると、クラスの皆が僕の方を見てきた。


「変態…女の子に何をさせようとしてるんだろ」

「気色悪…」

「あんなヤバイやつだと思わなかったな」

「私、あの席に戻りたくないよぉ」

「監督責任で私が『聖剣』を…」


堕ちた雌豚ルシファー≫のせいで僕の好感度が下限突破した。僕の席の持ち主には罪悪感が湧いた。何気にあの人からの言葉が一番つらい。


(後、≪暖炉の聖女ヘスティア≫。どさくさに紛れて、自分の願望を混ぜるんじゃない。よだれを垂らしているのが見えてるよ?)


視界の端で理性で溢れ出る変態性を押さえつけようとしているのが見えていた。


堕ちた雌豚ルシファー≫は僕以外の人間は自分の世界にいないのか、話をやめようとしない。


「『爪の垢を煎じて飲ませる』ということわざがあるくらいなので、『『聖剣』の液を煎じて飲ませる』のがよろしいかと」

「もうしゃべるな、雌豚」


僕の言葉に陽キャ達が反応するが、僕がベルトに手をかけるだけで舌打ちして黙ってしまった。


パン!


「はいは~い、それじゃあもう時間もないし、テストを始めるよ!日頃の成果をしっかり発揮してね!」


佳純先生のおかげで弛緩しきった空気が元に戻った。僕と一緒に居る時もそのモードでいて欲しい。


そして、ちらっと佳純先生が僕の方を見てきた。


(特に僕だよね。分かってるよ)


やれることはやった。最強の助っ人の助力も得た。後は僕がそれを発揮するだけだ。


思い返せば監視カメラを仕掛けられてはそれを解除して、盗聴器を付けられたらそれを外しての繰り返しだった。


(アレ?変態との戦いしか記憶になくない?)


ここにきてどっと不安が押し寄せてきた。だけど、もう引き返すことはできない。変態との戦いがインパクトが大きすぎただけでちゃんと勉強はしていたはずだ。きっと…


一番後ろの僕にプリントが配られると、佳純先生が教室を見回す。そして、


「はじめ!」


留年をかけた戦いが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る