親子

第43話 本当のこと

 賊との戦いは、主犯であるロイドがやられたことで、一気に終息に向かっていった。

 既にそのほとんどは捕らえられ、現場では、悪事の証拠となるものの押収が始まっている。


「クリス。この件について、後でお前にも多くの話を聞くことになるだろう。だが今は休め。医者に行くなら、誰か付き添わせよう」


 ヒューゴにそう言われたクリスは、医者に行くのはむしろあなたの方なのではと思ってしまう。どう見てもヒューゴの方が重傷だ。

 しかし先ほど戦闘に参加していたとはいえ、今のクリスの立場はあくまで一般人。しかも、誘拐監禁されていた、保護対象だ。警備隊員であるヒューゴとは、扱いが違うのも当然である。


「私は大したケガはないですし、医者は大丈夫です。ただ、少しだけあの人と二人で話をさせてくれませんか?」


 そう言ってクリスが視線を向けた先には、ミラベルの姿があった。


「話? だが彼女こそ、すぐにでも医者に連れていくべきだ」


 ミラベルは応急処置こそ受けているものの、賊の一人にナイフで切りつけられ、腕に傷を負っていた。だからこそヒューゴも、彼女が何者か気にはなるが、その素性を確かめるのは後回しにしていた。


 もちろん、そんなことはクリスもわかっている。わかっていて、それでもあえて頼んでいるのだ。


「お願いします。少しの時間でいいんです」


 クリスの懇願に、ヒューゴも迷ったのだろう。小さく唸ると、仕方ないといったようにため息をつく。


「本当に少しの間だ。それに、彼女が断れば即中止しろ」

「はい!」


 許可をもらい、足早にミラベルの元に向かう。

 この様子では、ヒューゴはまだ気づいていないのだろう。彼女が、自分を生んだ実の母親であることに。


 とはいえそれが明らかになるのもおそらく時間の問題だ。彼女の素性や、ロイド達が何の目的で拐ってきたのかを調べれば、いずれ真実を知ることになる。


 だからこそ、今のうちに話しておきたかった。ヒューゴがミラベルの正体を知る前に、どうしても聞いておきたいことがあった。


「ミラベルさん!」

「あなたは……」


 まずは、ミラベルについていた隊員達に、少し外してほしいと伝える。

 それから彼女に告げたのは、お礼と謝罪だった。


「さっきは、私のことを庇ってくれてありがとうございます。そのせいであなたにケガをさせてしまって、すみませんでした!」


 ミラベルのケガは、クリスが賊に切りつけられそうになった時、それを庇ってできたものだ。

 幸い急所は外れていたが、一つ間違っていたら、命を落としていたかもしれない。


「そんなこと? だったらもういいわ。私も、なんであんなことをしたかわからないから」


 せっかく助かったというのに、ミラベルの表情は、未だに影が刺したままだ。クリスの言葉にも録に答えず、早く話を切り上げようとしているのが見てとれる。

 ヒューゴに言われた通りにするならば、この時点でもう退散した方がいいのかもしれない。だがクリスには、まだ言いたいことが残っていた。


「ミラベルさん。かつてあなたは、どんな思いでヒューゴ様をアスターの家に預けたんですか?」

「──っ!」


 その瞬間、ミラベルの体がビクリと震えた。


「なんでわざわざそんなことを聞くのよ! 言ったでしょ、元々お金のために産んだ子だって。そんな子、手放したからって別になんとも思わないわよ」


 それは、以前に聞いたのとほとんど同じ答えだった。実の子をまるで物のように扱い、そこに一切の情などない。言葉だけを聞くと、そう思える。

 だが……


「本当にそうなんですか? ヒューゴ様を手放すことに、何の躊躇いも悲しみもなかったんですか?」

「だから、そうだって言ってるでしょ!」


 苛立ったような答えが返ってくる。何度も同じことを聞かれて、うんざりしているのかもしれない。

 だがクリスも、何の理由もなくこんなことを言ってるわけじゃなかった。


「でもあなたは、私を助けてくれた。もしかしたら自分が死ぬかもしれないのに、体を張って庇ってくれた」


 ミラベルにとってクリスは、たまたま一緒に捕まっただけの他人だ。なのに、自らの危険を省みず、助けてくれた。そんな人が、例えどんな理由であれ、我が子を手放して本当に何とも思わないのだろうか。


「そんなのたまたまよ。それだけで変な期待をされても困るわ」


 ミラベルはなおも、クリスの言ったことを否定し続ける。だがクリスも、ここで引き下がったりはしなかった。


「それに、私見たんです。さっきの戦いで、ヒューゴ様がやられそうになった時、手当てを受けているあなたが、立ち上がろうとしたのを」


 ロイドとの一騎打ちの最中。剣を飛ばされ絶体絶命の状況に陥った時、それを見ていたクリスの視界の端には、ミラベルの姿があった。

 その時は、彼女の細かい様子なんて、気にする余裕はなかった。けれど、今なら思う。


「あれって、ヒューゴ様を助けたくて、駆けつけようとしていたんじゃないんですか?」

「何をばかなことを。勝手な推測でものを言わないで」


 ミラベルの言う通り、これはクリスが一人で勝手に考えたことだ。もしかしたら、とんだ見当違いなことを言っているのかもしれない。一度や二度良い部分も見たからといって、それでその人の全てを知るなんて不可能だ。

 なのにこんなにも食い下がるのは、クリス自身がそうあってほしいと願っているからだ。


「あなたとのこと、今もヒューゴ様の心に残っているんです。自分はお金のために売られたんだって事実を、ずっと抱え続けているんです」


 夜会で母親の話が出た時、ヒューゴが激しく動揺したのを思い出す。彼が尋常でなく女性が苦手になったのも、たぶん母親とのことが原因だと言っていた。

 幼い日の出来事は、今も彼の肩に重くのしかかっている。


「だけど、もしも真実が違うのなら、どうかそれを伝えてくれませんか?」

「やめて!」


 悲鳴にも似た叫びが、クリスの言葉を遮る。それを発したミラベルは小刻みに震え、これまでにないくらい青ざめた表情をしていた。ロイド達に捕まっていた時でさえ、こんな顔を見たことはなかった。


「お願い。あなたには本当のことを話す。けどあの子には、ヒューゴには何も言わないで……」


 そう呟くのを見て、クリスはより強く思う。やっぱり、真実はヒューゴが思っているのとは違うのではないか。


「ヒューゴ様をアスターの家に渡したこと、本当はどう思っているんですか?」


 もう一度、改めて問う。するとミラベルもとうとう観念したように、息をつく。

 そして少しずつ、ゆっくりと語りはじめる。

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