第41話 決戦

 ヒューゴさえいなくなれば、あとは揉み消せる。そうロイドは言ったが、今やここにいる警備隊員全部が証人となっている。

 そんなもの、簡単に隠蔽できるわけがない。


 問題は、それを聞いた男達が、本気でこちらを殺そうとしているということだ。皆どこかしらに持っていた武器を手に、隊員達を取り囲む。


「気をつけてください。ここの人達、盗賊やってる奴らも混じっています!」


 クリスもここに捕まっている間、何もしなかったわけじゃない。見張りの男にそれとなく聞いた情報から、この店を盗賊達の隠れ蓑にしているのは既に知っている。こいつら全員がそうだとすると、戦況は不利だ。なにしろこちらはほんの数人。戦える人数がまるで違う。


「みんな固まれ! それぞれが隣の奴を庇い合い、身を守ることを第一に考えろ!」


 数の不利は、ヒューゴもすぐに悟ったのだろう。敵を倒すよりも、守りを優先した指示を出す。

 さらに、クリスに向かって言う。


「お前はその人を頼む!」


 その人というのは、ミラベルのことだ。ヒューゴは相変わらず彼女の正体に気づく様子はないが、それを伝えている暇はない。

 それに今話せば、余計な動揺をさせることになるだろう。ならば、ひとまず黙っておいた方がいい。


 クリスがそう判断している間にも、ヒューゴの指示は続く。


「二人一緒に、俺達の後ろに下がってろ!」


 それは、今まで捕らえられていたクリスの身を案じて言ったことだった。

 心身ともに消耗しているであろう彼女を、戦いには参加させたくはない。

 だがクリスは、それに異を唱えた。


「ダメです! 彼女を守るのは、他の誰かに変えてください!」


 叫ぶように言うと、長いスカートの裾を引き裂き、動きやすいように足に結びつける。


「お前、何を?」

「誰かを守るなら、いざという時には盾になったり、抱えて移動したりする必要も出てきます。それには、より体が大きく力のある人の方が適任です。彼女のことはその誰かに任せて、私は戦います!」

「だが……」


 警護という面において、自分よりも男性隊員の方が有利なことは、クリス本人が一番よく知っていた。


 それを聞いてもヒューゴが躊躇うのは、やはりクリスを心配してのことだろう。だが、議論している暇はない。周りを取り囲んでいた男達が、とうとう襲いかかってきた。


「でぇぇぇい!」

「ちっ!」


 最初に仕掛けてきた男のナイフを剣で受け止めながら、ヒューゴが叫ぶ。


「クリス、お前はもう警備隊員じゃない。本来なら、その人のこと頼むのも筋違いだ。だが自ら戦うと言うのなら、しっかり戦力として数えさせてもらう。泣き言は一切許さん。それでもいいか!」

「────はい!」


 そんなもの、元より覚悟の上だ。


 これで、この場におけるクリスの役割が決まった。

 すぐさま、仲間の隊員一人と場所を入れ替える。これで、賊を迎え撃つ準備は万端だ。


 だがそれは、もちろん簡単なことじゃない。ヒューゴの心配した通り、今のクリスが心身ともに消耗しているのは確かだ。

 仕掛けてくる賊の攻撃を裁いていくが、早くも疲れが出てくる。


 そしてクリス以外の隊員達も、想像以上に苦戦していた。


「くそっ。こう狭くちゃ、思うように剣が振り回せねえ」


 この場にいるほとんどの隊員は、普段街を警備する際の標準装備しか持ち合わせていない。武器と言えるものは、剣だけだ。

 もちろんそれでも、普通なら十分に戦える。


 だが、ここが室内であるのがまずかった。建物そのものは大きいのに、ひとつひとつの部屋や通路は幅がなく、狭いのだ。考えなしに剣を振ろうとすると、壁や天井に引っ掛かってしまう。

 せめてもっとしっかり装備を整えて来ていれば。そうは思っても後の祭りだ。


 対して賊の持っている武器は、ナイフや短剣といった小型のものが多く、小回りがきく。この僅かな違いが、戦いにおいては生死を分けることだってあるのだ。


「任せてください!」


 苦戦する隊員達に向かって、クリスが叫ぶ。この場において、長い武器しかないのは確かに不利だ。だがクリスに限って言えば、その不利はあまり関係がなかった。


「やあっ!」


 ナイフを持って襲ってきた賊の手を、逆に掴んで捻上げる。


 やっぱり、戦うことを選んでよかった。そう、改めて思う。

 クリスの最も得意とするのは、武器を持たない素手による格闘戦。それを活かす絶好の機会だ。


 捻った相手の手から、ナイフがこぼれ落ちる。だが、それで終わりではない。そのまま肩を掴み、その骨を外した。


「ぎゃぁぁぁぁっ!」


 男は悲鳴をあげ、床を転がり悶絶する。これでは例え起き上がってきたとしても、もう武器を持つことは叶わないだろう。


「相変わらずおっかねえな」


 キーロンがそう言いながら、男の落としたナイフを拾う。長すぎる剣が不利なら、こうして倒した相手の武器を使えばいい。

 見ると他の隊員達も、同じように相手を打ち倒し、その武器を奪っていく。

 これで、武器による不利はかなり解消されつつある。

 だがそれでも、数の違いという最大の問題がまだ残っている。


「くそっ! まだまだ敵の数の方がずっと多いな」


 誰かが吐き捨てるように言う。いったいどれだけの賊がここに潜んでいたのだろう。何人かは既に倒したものの、残っているのはその数倍だ。これだけの数を相手にするのは、肉体的にも精神的にも負担が大きい。それぞれが懸命に応戦しながらも、確実に押されていた。


 そしてとうとう、一人が崩れ落ちるように膝をつく。


「隊長!」


 膝をついたのは、ヒューゴだった。

 敵から大きな攻撃を受けたわけではない。にもかかわらず、激しく息を切らしながら、苦痛に顔を歪めている。


「総隊長。やっぱり、傷がまだ堪えるんじゃ……」


 キーロンの呟きが聞こえ、ヒューゴが無数の傷を負っていたことを思い出す。今まで手当てはしていただろうが、傷を負ってからまだ数日しか経っていない。到底、完治できるものじゃなかった。

 普通なら、今の状態で戦えという方が無茶だ。

 さらに悪いことに、彼の負傷による影響は、単なる戦力の低下だけには留まらない。


「今だ、ヒューゴを狙え! 手負いの者など、恐れるに足りん!」


 ロイドの嬉々とした声が飛ぶ。

 これが集団戦の恐ろしいところだ。大将格となる者がやられれば、あるいは危なくなれば、その影響は戦況を大きく揺るがす。敵は勢いを増し、そして味方は、動揺せずにはいられない。


「くそっ、総隊長を守れ!」


 隊員達がヒューゴの側に集まり、守りを固める。もしもこのままヒューゴが倒されでもしたら、そこから一気に味方全体が崩れることだってある。それだけは、絶対に阻止しなければならない。

 だがこのままでは、どのみちどれだけ持つかわからない。


 そんな中、ヒューゴはよろめきながら、再び立ち上がろうとする。


「総隊長!」


 クリスが駆け寄りその体を支えると、息が荒いのがわかった。もしかすると、立っているだけで辛いのかもしれない。

 もう応戦などせずに、完全に他の者に守って貰った方がいいのではないか。だがそう思った時、ヒューゴは言った。


「すまないクリス。少しだけ、このまま支えていてくれ」

「は、はい!」


 もとより、今のヒューゴから手を離す気なんてない。だがヒューゴの言葉通り、支えることになったのは、ほんの少し間だけだった。

 数回、大きく息を吐いて呼吸を整えると、そのまま痛みをこらえながら、自らの力で立ち上がる。そして、皆に向かって言う。


「みんな、あと少しだ。あとほんの少しだけ耐えろ!」


 こうして声をあげるだけでも、相当な負担なのは明らかだ。

 それでも、ヒューゴはボロボロの体で叫び続ける。


「このまま持ちこたえさえすれば、勝つのは俺達だ! その時まで、なんとしても戦い抜け!」


 その言葉を聞くと、不思議と力がわいてくる。


 集団戦において、大将の危機はそのまま味方全体の危機に繋がる。だが逆に大将が奮い立てば、味方もまたそれを支えに力を増すことだってある。

 ヒューゴはそれを知っているからこそ、傷つきながらなお、叫ぶのを、そして戦うのをやめようとしなかった。


「まったく、人にも自分にも厳しい総隊長殿だ」

「だけどまあ、死にたくないならそうするしかないよな」

「それじゃ、もうひと頑張りするか」


 ヒューゴの言葉で、劣勢だった隊員達にも再び火が灯る。

 それからは、ひたすら耐えしのぐ戦いだった。徐々に追い詰められ、疲れきっていく中、ヒューゴもクリスも、それに他のみんなも、それぞれが必死になって生き延びようとあがく。


 それに苛立ちを感じたのだろう。怒り混じりに、ロイドが怒鳴り付ける。


「無駄なことを。お前達、誰かいい加減とどめを刺せ!」


 だが部下達がそれに応えるよりも先に、別の声が飛んできた。


「ロイド様、大変です。警備隊の連中が、新たに押し掛けてきました!」

「なに!?」


 それと同時に、外から大きな喧騒と怒声が響く。それを聞いて、場の空気が一気に変わった。

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