性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました【角川ビーンズ小説大賞版】

第3話 ヒューゴの秘密とクリスの真実

　突如膝をつき、真っ青になるヒューゴ。しかし、それを見た隊員達は冷静だった。

「隊長、タライをお持ちしました！」

　駆け寄ってきた隊員が、そう言ってヒューゴの顔の真下にタライを置く。それを見て、ギリギリのところでこらえてきたものが、一気に崩れたのだろう。

　顔色がこれ以上ないくらいに青くなり、口の中にたまっていたものを一気にタライへと吐き出した。

　こんな迅速な対応ができたのは、隊員達が事前にこの事態を予想できていたからだ。ヒューゴが女に手を握られたその時から、みんなこうなるだろうとは思っていた。

「隊長の女嫌いというか、女に対する拒絶反応。相変わらず筋金入りだな」

　事態を見守りながら、キーロンが呟く。

　ナナレンを守る警備隊の総隊長、ヒューゴ＝アスター。

　そんな彼が、実は女性が苦手だというのは、隊員達を除いてあまり知られていなかった。

　どれくらい苦手かと言うと、女性に触れられるととたんに気分が悪くなり、ひどい時にはこのように戻してしまうくらいだ。ここまでくると、もはや特異体質と言ってもいいかもしれない。

「総隊長、大丈夫ですか？」

　未だ顔色の悪いヒューゴを見て、クリスが駆け寄り、背中をさする。

「おい。あの女達をここによこしたのは誰だ。後で説教してやる！」

「ひっ！」

　低く唸るような声に、ビクリと震える。調子は悪いままなのに、それでも怖い。もしかすると、盗賊団と戦っていた時以上の殺気を放っているかもしれない。

「で、でも総隊長。今回はまだ耐えられた方だったじゃないですか。もしかして、少しは平気になったとか？」

「平気になる日など来るものか。あの二人が泣いていなかったから、なんとか持ちこたえられただけだ」

「ああ、それでですか。たしか、泣いている女の人が特に苦手なのですよね」

「そういうことだ」

　当人にきつい言葉をぶつけなかったのは、少し前まで怖い思いをしていた彼女らに対する、最大限の気づかいだ。

　もしもそういった事情の一切ない相手なら、もっとわかりやすく邪険にしていただろう。

「もういい。おかげで少しはマシになった。あとは、少し風に当たれば落ち着くだろう」

「どうかお大事に」

　そうして、ヒューゴは部屋を出ていく。

　クリスが警備隊に入って半年。最初ヒューゴのこんな姿を見た時はなんの冗談かと思ったが、今ではすっかりそういうものだと受け入れている。

　ただ、なぜ彼がそこまで女性を苦手としているのかについては謎のままだ。

「いったい、何があったらああまで女の人を苦手になれるんでしょう？」

「さあな。総隊長、それを聞くととたんに不機嫌になるからな。女にこっぴどくふられでもしたか？　けど、あの顔からはあんまり想像できねーよな」

　なにしろ、見た目はハッとするほどの色男だ。むしろ何人もの女性を泣かせてきたと言われた方が納得がいく。

　もっとも、そんな美貌も、あれだけ女性が苦手なら、何のありがたみもないだろう。

　そのためか、この警備隊には女性は一人もおらず、採用だってしていない。

「もったいねーな。俺があんな顔に生まれたら、女なんて手当たり次第抱いてるのによ」

「手当たり次第って。キーロンさん、奥さんいましたよね」

　クリスの記憶ではキーロンは既婚者であり、毎日愛すべき妻と共に暮らす家からこの駐屯所に通って来ているはずだ。にもかかわらずゲスな発言をした彼を冷ややかな目で見つめるが、そんなもので堪えるような奴じゃない。

「男たるもの、いつでもロマンを忘れちゃいけねーよ。お前、酒だけじゃなくてそっちの方もからきしだろ。今度きれいな姉ちゃんがいる酒場を紹介してやるからよ、試しに行ってみろよ」

「い、いえ、僕はそういうのは…………あっ、そうだ！」

　この手の話題になると、いつも以上に饒舌になるのがキーロンだ。その熱弁にたじろぐクリスだが、急に思いついたように叫ぶ。

「僕、まだ帰ってきてから水浴びしてないんです。汗臭いしたくさん汚れてるし、今から行ってきます！」

　クリスの体には、先ほどの戦いでついた汗や汚れが、今もこびりついていた。この駐屯所には水浴び場もあり、ほとんどの隊員は既に汚れを落としているが、彼だけは未だ汚れたままだ。

「なんだ。そういうことならさっさと行ってこいよ」

「すみません、失礼します」

　そうしてクリスは、足早に部屋から出ていく。

　そして、こんなことを思った。

（よし、うまく話をそらせた……かどうかはわからないけど、とりあえず切り上げることはできたから、まあいいか）

　キーロンに悪気がないのはわかっているし、こういう男所帯にいると、もっと際どい話が出てくることだってある。

　ただクリスとしては、その手の話に何と答えればいいのかわからない。

　確かに、さっきキーロンが言ったように、男たるものそういうものにロマンを求める者も少なくはないだろう。だがクリスの場合、その男たるものという部分に、とある事情を抱えていた。誰にも言えない、大きな事情を。

　水浴び場に到着したところで、クリスは一度辺りを見回す。

　駐屯所の本舎からは少し離れた小屋の中にあり、個別で体を洗うための場所が簡単な敷居で分けられているのだが、今はクリス以外に誰もいない。

（よかった。わざと水浴びの時間を遅らせた甲斐があった）

　クリスはホッとしながら、着ている服を素早く脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿になる。

　もしもそれを他の隊員が見ていたら、驚きの声をあげていたに違いない。

　クリスこと、クリストファー＝クロスは男性だ。少なくとも、この警備隊においてそれを疑う者は一人もいない。わざわざ疑問に思う者すらいないだろう。

　しかし、一切隠すことなく晒されたその身体は、紛うことなき女性のものであった。