第16話 遠い悲しみ、果てしない憎悪

 『んにゃ……? 俺は……夢を見ていたのか?』


 ア・フィアスがまぶたを上げると、青くんだ大空が目に映った。 燦燦さんさんと輝く太陽が降り注ぐ穏やかな空。 ゆっくりと空を歩く雲が太陽に近づき、スッとア・フィアスの顔へ影をす。 太陽が再び顔をのぞかせると、暖かい日差しがア・フィアスの体を優しく包み込んだ。


 ――ア・フィアスはトコヨの島にある「ジングウ」という国の、とある屋敷の庭で腹を出して日光浴をしたまま眠ってしまっていた。


 『――うにゃぁぁ』と大きく伸びをして、気持ちよさそうにゴロリと体を横向きに変えたア・フィアス――眼前めのまえには丁寧に手入れされた青々とした芝生しばふが風にそよいで波のように揺らめいている。

 芝生の先には緑豊かな樹々が生い茂り、手前には石で囲まれた大きな池があった。

 その美しい樹々には小鳥達が飛びまわり、池の周りに集まっては歌を歌い『チュン、チュン』と軽快なステップを踏んで楽しそうに踊っていた。


 ア・フィアスが夢見心地に小鳥達のダンスをながめていると、突然、背中から子供達の叫び声が聞こえて来た。


 『あー! ハギトにゃん、おっきしたぁ!』


 ア・フィアスのヒョウのような耳が子供達の声に反応してピクッと動いた。

 ゆっくりと起き上がったア・フィアスが後ろを振り返ると、光に包まれた天使の姿と人間の子供達の姿が見えた。 着物を着た五人の子供達は笑顔を浮かべてア・フィアスに駆け寄って来ていた。


 『ハギトにゃん――!!』


 いきなりア・フィアスに向かって飛び掛かるおかっぱ頭の女の子を先頭に、次々と子供達がア・フィアスの周りを取り囲む――。


 『うにゃにゃ……。 こら、こら、お前達――止めるにゃ!』


 子供達に体当たりをされ、腕を引っ張られたア・フィアスはたまらず芝生の上を転がって、小さなギャング達から逃れようとした――。


 『これだから、子供は嫌いにゃ――!』


 ア・フィアスはそう言って、あっという間に池のほとりまで駆けて行く――。 池の周りにいた小鳥達は風のような速さで近づくア・フィアスに驚き、バサバサと羽を広げて飛び立って行った。 ア・フィアスは小鳥達がいなくなった芝生の上をまんまと占拠せんきょし、再びゴロリと寝転んだ。

 ア・フィアスが天に向かって『ファァァ――』と大きな欠伸あくびを上げている間、置いてけぼりを食らった小鳥達は『待ってよぅ――!』と言いながら、ア・フィアスのもとへその小さい足を一生懸命バタつかせながら駆け寄ってくる――。

 そんな子供達の後ろを光に包まれた天使のような女性が、背の翼をゆっくり動かしながら付いて来ていた。


 子供たちに追いつかれ、再び飛び掛かられたア・フィアスは、もはや逃げるのも面倒になり、そのまま腕を引っ張られたり、足をくすぐられたりしていた。 ア・フィアスはジッと我慢して寝たふりを決め込んでいる……。


 『ア・フィアスったら、寝てばっかりいますのね……』


 なすがままにされているア・フィアスに向かって、光に満ちた天使があきれたように口を開いた。

 ア・フィアスはゆっくり目を開けて、天使の顔を見つめるが、天使は光に包まれておりその表情をうかがい知ることが出来ない。

 

 『オナ・クラウド、このガキどもを何とかするにゃ!』


 ア・フィアスは一緒に芝生で寝転んでいる子供達に目をやって、光の天使に不満を訴えた。 どうやら、光の天使はオナ・クラウドと言うようだ。


 オナ・クラウドは、そんなア・フィアスの訴えを『クスッ――』という微笑びしょうであしらい『何を言っていますの。 貴方あなたが子供達を庭に連れ出したくせに……』と肩をすくめた。

 オナ・クラウドはそのままア・フィアスの横を通り過ぎ、池の方へと歩を進める――。


 騒々しくア・フィアスにまとわわりつく子供達に『やれやれ……』と観念して起き上がるア・フィアス――オナ・クラウドの背中に生える翼を見ても光に包まれて何色だか確認する事が出来なかったが、何故だか不思議に思う事もなく、池の方へと目を移した。 すると、太陽の光に反射してキラキラと輝く池の中に、いつの間にか蒼い髪をなびかせた人魚のような女性が恐る恐るこちらの様子をうかがっていた……。


 『あっ、「ケイオス」! いつの間に――!?』


 ア・フィアスが池の中の女性に気付いて叫ぶ――すると、女性は驚いたような顔をして慌てて「ポチャン」という音と共に池の中へと身を隠した。


 『……ケイオスがいるっていう事は、ヨリミツも来ているのか!?』


 ア・フィアスが驚いたようにオナ・クラウドの背中へ問いかける――すると、オナ・クラウドはくるりと後ろを振り返った。 その顔は相変わらず光に包まれ、見る事が出来ない。


 『――もう! 貴方あなた、まだ寝ぼけているようですね! ヨリミツはついさっきまでここにいて、子供達とケイオス、貴方とも遊んでいたじゃありませんか!』


 光に包まれて顔が見えない天使が怒っている事は、その口ぶりから良く分かったが――


 『そう、だったにゃ……。 うん、確かにそうだった気がするにゃ……』


 自分からヨリミツと言う名を口に出したが、肝心の顔が良く思い出せない……。


 ア・フィアスは背中に生えた白く輝く翼をパタパタ動かしながら、ヒョウのような尻尾でペシペシと芝生を叩き、天使の顔とライコウの顔を思い出そうと目をつぶった――。


 すると、ア・フィアスの周りに集まってきた子供達が、彼女に抱き着いてモフモフした腕に顔を埋めた。


 『ハギトにゃん! また、寝ようとしちゃダメ!』


 『にゃははは――! くすぐったいにゃ!』


 そう言いながら、ア・フィアスは子供達を撫で、芝生の上を転がり――琥珀色こはくいろの瞳で再び空を見つめた。


 ――穏やかな風が雲をゆっくりと動かし、雲が太陽に挨拶する度に、長閑のどかな庭へ光と影のコントラストを創り出していた。


 『それにしても、お前は相変わらず人間の子供が好きなんだにゃぁ……』


 ア・フィアスは顔を上げてオナ・クラウドを再び見た。 目をらすと、輝く光の中からオナ・クラウドの体がうっすらと確認出来た。 三つ編みにした太く長い髪を後ろから肩越しに出し、ふくよかな胸のあたりまで下げている天使――背中にはアサガオのようにすその広い物体を背負っているように見えた。


 『ふふふ……。 子供達と共に生きる事が私の夢ですもの』


 そう答えるオナ・クラウドの瞳には、ア・フィアスを起こそうと躍起やっきになっている子供達の無邪気むじゃきな姿が映っていた。

 

 『ねぇ、ハギト! また、追いかけっこしようよ!』


 かすりの着物を着た男の子二人がア・フィアスの毛むくじゃらの腕を引っ張る。

 その様子を眺めていたオナ・クラウドは再び『ふふふ……』と微笑み言葉をつむぐ――。


 『そう言う貴方も子供が好きなのではなくて――?』


 天使はそう言いながら、光の中から微かに見える青っぽいスカートをつかむ女の子の頭を優しく撫でていた。


 『――にゃに、俺は……好きじゃないぞ? ただ、こんな平和な時間も悪くないと思っているだけにゃ!』


 ア・フィアスはそう言いながら、井桁絣いげたかすりの男の子を抱えて仰向けになり、四肢を使って空高く男の子を舞い上げた――。


 『――今日は「ヤマタの国」と私達「ジングウの国」との和平の日。 長かった戦争も今日で終わりますわよ』


 オナ・クラウドの言葉に、ア・フィアスは舞い上げた男の子を受け止めると、愛嬌あいきょうのある牙を出して目を細める――


 『――そう! これで、もう人間達を殺さなくても済むんだな!』


 ア・フィアスはそう言うと――今度は、井桁絣の男の子が笑顔で空へ舞い上がる姿を羨ましそうに見ていたトンボ柄の絵絣の男の子に飛び掛かり、優しくつかんで転がした。 周りの子供達は『キャッ、キャッ』と笑いながらア・フィアスから逃げ、ア・フィアスがあっという間に追いつくと、再び子供に飛び掛かって転がした。 転がす時は子供が怪我をしないように、ア・フィアスが下になって地面の衝撃をやわらげた。


 ――そんなア・フィアスと子供達の様子を、池の中から顔を出して眺める青い髪の女性。 人差し指を唇に当てて羨ましそうに、銀色の瞳をクリクリさせて『ヨリミツ、早く帰ってこないかな……』とつぶやいていた。


 ――


 ア・フィアスが再び眠りから覚めると、今度は大きな洋室の床に転がっていた。

 ア・フィアスの両手両足にはいつの間にかポンポンの付いた可愛らしい靴下が履かれており、床に敷かれたフカフカの白いラグの温かさでついつい眠りこけてしまっていたようだった。


 『む……。 また、眠ってしまったにゃ……』


 西洋風の幾何学きかがく模様の黄色い壁に、天井には煌々こうこうと光るシャンデリアがぶら下がる部屋は見覚えのある部屋であった。

 ア・フィアスが起き上がって前を見据えると、赤と黒のコルセットドレスを身にまとった犬のような耳を着けた少女の背中と、エメラルド色の立派な鎧を身に纏った女騎士の背中が映った。 そして、二人の奥には桜色の長い髪をなびかせた巫女服を着た女性がベッドの上で腰を降ろしていた。

 

 『――ミコ様、くれぐれもお気を付けください! ヤマタの奴等は、決して和平など望んでいないはず……。 和平を受け入れたという事は何かやましい事を考えているに違いありません!』


 女騎士はミコと呼ばれる女性を心配し、これから行われるヤマタ国とジングウ国との和平会談に出席しないよう願い出ていた。

 隣にいる犬耳の少女も、女騎士の言葉に『うん、うん』とうなずいて――


 『スカイ・ハイの言う通りです! ミコ様、あんな奴等と講和条約なんて結ぶ必要はありません!

 

 大体、人間なんてウソばっかり付くもんなんです! アイツ等は頭から尻までウソの皮で出来た悪党なんですよ!


 まったく、だから人間っていうのは――』


 ――などとベラベラと捲し立てた挙句、話している間に興奮したのか、背中に生えている桜色の翼をバサバサとはためかし、腰からくっ付いているふさふさとした茶色の太い尻尾を横に揺らしながら、身振り手振りを交えてひたすら人間の悪行あくぎょうをミコに訴え出した……。


 すると、犬耳の少女から「スカイ・ハイ」と呼ばれていた女騎士は――


 『……おい、おい、イナ・ウッド。 我はそんな事まで言ってないだろ……。 勝手に話を飛躍させるな……』


 と興奮する犬耳の少女を呆れた様子でたしなめた。 犬耳の少女はどうやらイナ・ウッドと言う名のようだ。

 そんな二人の様子を見ながら微笑ほほえむミコの顔は、ア・フィアスには何故かボンヤリとしか見えず、顔の輪郭しか分からなかった。


 『イナ・ウッド……。 貴方はヤスツナの事は好き?』


 イナ・ウッドに微笑みかけるミコ――。


 『――えっ? あ、はい! そりゃ、もう! ヤスツナ様は貴方様の夫でございますから……』


 イナ・ウッドはミコの突然に問いに気恥ずかしそうに後ろ手を回してポリポリと頭をいた。

 

 『ふふっ、ヤスツナは人間よ。 貴方が大嫌いだと言っている人間に、好きな人間がいるのはおかしいじゃない』


 ミコの指摘を隣で聞いていたスカイ・ハイが『ハハハ――』と笑い、イナ・ウッドの肩をポンッと叩いた。


 『――ミコ様の言う通りだ! 貴様が幾ら人間を憎んだところで、人間の中にもヤスツナ様のようなお方がいる。 全ての人間が悪党だと言うのは間違っているだろう』


 スカイ・ハイがイナ・ウッドをとがめると、イナ・ウッドは『むむむ……』と納得がいかない様子で、握りこぶしをつくった。


 『でも、人間達のせいでアンナ様が――!』


 イナ・ウッドの言葉に、ミコは悲し気な様子で応えた。


 『アンナは本当に残念でした……。 あの戦争でアンナの娘も行方不明に……あの時のヨリミツの憔悴しょうそうした様子を思い出すと……ううっ……』


 ミコは服の袖で涙をぬぐっている様子を見せ、それを見たスカイ・ハイが『貴様、ミコ様を悲しませてどういうつもりだ!』と激昂げきこうして、イナ・ウッドの頭をポカリと殴った。


 『……むむ、何だよ! アンナ様がお亡くなりになったのも人間のせいじゃんか!

 大体、お前は――』


 イナ・ウッドは殴られた頭を抑えながらスカイ・ハイに顔を近づけ――二人はののしり合いを始めてしまった。


 すると、その様子を後ろから見ていたア・フィアスが二人の様子を見かねて仲裁ちゅうさいに入った。


 『コラ、コラ、お前達、ミコ様の前でにゃにを恥ずかしい事を――!』


 ア・フィアスの言葉を背中で聞いた二人は驚いた様子で振り返り、二人同時に――


 『――ア・フィアス! いつの間にそこにいたんだ!?』

 

 と目を丸くした。


 ア・フィアスの目には二人の顔もやはりぼんやりして良く見えなかったが、気に留めずに言葉を続けた。


 『――講和条約は世界各国の首脳も立ち合いの上で行われるにゃ! 条約書には各国の立ち合い判も押されると聞いてるから、さすがにヤマタも反故にする事は無いはずにゃ。

 

 ――戦争はもう終わるはずにゃ! もう、人間を恨む事も、殺す事も無くなるにゃ!』


 ア・フィアスの訴えにミコはニッコリと頷いた……。 顔はぼやけて見えないが、ア・フィアスに優しい微笑みを向けている事は何となく分かった。

 

 『ア・フィアスの言う通りよ。 ヤマタの国も今までの狼藉ろうぜきを反省し、もようやく安らかに眠ることが出来るでしょう……。


 だから、二人とも心配しないで……。 それに、ヤスツナも神主かんぬし様に同行するのだから、神主様に何かあっても大丈夫よ』


 神主という者はジングウの国主であるようだ。 イナ・ウッドとスカイ・ハイは互いに顔を見合わせて、ミコの言葉に頷いた。 その様子は不承不承ふしょうぶしょうと言った様子で、決して納得はしていないようであった。


 『今、蓬莱砦ほうらいとりでからフリーズ・アウトが戻ってきているところよ。 講和条約を締結した後は、私は面倒だから食事会に出席しないで、全部ヤスツナに任せようかと思っているわ。 だから、久しぶりに皆で食事をしましょうね。


 もちろん、イナ・フォグも一緒に――』


 ミコの言葉にイナ・ウッドが、三角の犬耳をピクピクさせる。


 『久しぶりにイナ・フォグを外へ連れ出すのですね! 楽しみだわ!

 あの子、ヨリミツにもまだ会った事なかったからね。 会えばするんじゃない?』


 イナ・ウッドが嬉しそうに両手を組んでスカイ・ハイへ顔を向ける――。


 『ふふんっ、そうだな。 アイツの驚く顔が楽しみだ。 ……しかし、早く奴の病気が治ると良いが……』


 イナ・フォグは何かの病気であるらしい。 その病状を気に掛けたスカイ・ハイは心配そうに天井を見上げた。


 『――さぁ、ミコ様! もう、各国の要人もジングウに集結している頃にゃ! 早く行かないと遅刻するにゃ!』


 ア・フィアスは和平会談の開始時間が迫っている事を感じて、尻尾を立てながらミコの袖をくわえて引っ張る――。


 『うふふ――。 ア・フィアス、分かったわ、そんなに慌てないで――』


 ア・フィアスに袖を引っ張られながら、バタバタと部屋を出るミコ――。

 その後ろではイナ・ウッドとスカイ・ハイが互いに顔を向けて肩をすくめ、ア・フィアスの様子を呆れながらも暖かい眼差しで見つめていた。


 ――


 『パチ、パチ、パチ……』


 『ドン、ドン――!!』


 『助けて――』


 火が燃える音、砲撃の雨が降る音――そして、誰かの助けを呼ぶ声――


 『――ハギトにゃん――』


 かすかに聞こえた子供の声に、慌てて目を覚ますア・フィアス――


 ――目の前には燃え広がる屋敷とおびただしい数の人間の死体が横たわる、地獄のような光景が広がっていた……。


 『……な、何だ!? 一体、にゃにが起こった……!?』


 空は紫色の厚い雲で覆われて渦を巻いており、ところどころに気味の悪い黒い亀裂が入って、その亀裂の中からピカピカと稲光がほとばしっていた。


 そして、その亀裂が傷口のように大きく開いたところでは、何やら瘴気しょうきに包まれた黒い物体が湧き出てきており、その物体はア・フィアスの方へと猛スピードで近づいて来た。


 『アレは――!? 


 ――!!』


 ――その物体は巨大な腕の生えた三又の蛇であった。 蝙蝠こうもりのような翼を羽ばたかせ、どす黒い血管が浮き出る太い両手には、血のしたたるような赤く巨大な槍を持っており、槍の先には数えきれない程の人間の頭蓋骨が突き刺さっていた。

 

 『コイツは――!』


 ア・フィアスがその怪物を捕捉した瞬間――怪物は空中で槍を振って、おびただしい数の人間の頭蓋骨をア・フィアスへ向かって投げつけた!

 

 ア・フィアスは、まるでその場から消えたかのような神速しんそくで頭蓋骨を避けるや否や――翼をはばたかせて疾風しっぷうのように怪物へ接近し、鋭い爪を立てた。

 

 『キィィン――!!』


 と尖った音が響き、大蛇の怪物が手に持った槍でア・フィアスの一撃を防ぐ――しかし、ア・フィアスは強引に腕を振りきって槍を弾き飛ばして宙返りをし、大蛇のガラ空きとなった胴体を後ろ足の鋭い爪で切り裂いた。

 

 『――キャァァ!!』


 おぞましい女の悲鳴のような声を上げる大蛇は、ボタボタと赤黒い血を胴体から噴き出し爆発を起こす――。

 ア・フィアスはその衝撃で後方へ飛ばされるも翼をピタッと止めて、空中で態勢を整えた。ところが、休む間もなく背後から羽の生えたサソリのような巨大な昆虫が「カタカタ……」と音を鳴らしてア・フィアスへ向かって毒液を吐いて来た!


 『――にゃっ!?』


 思わず腕で毒液を防ごうと眼前で腕を十字に構えたア・フィアス――。


 すると――


 『――ソルベ・エト・コアグラ』


 ア・フィアスの耳元でささやく声が聞こえたかと思うと、横から翼を羽ばたかせる風がア・フィアスの顔を撫でた。

 

 同時に、ア・フィアスに降りかからんとした毒液が空中で固まり出して、どす黒い球体へと変化した!


 突然、ア・フィアスの前へ飛び出した一体の天使。


 天使はその球体をサソリの怪物へ向かって蹴り飛ばし、サソリの体に大きな風穴を開けた!


 人間の兵士が履くような軍パンにロングブーツを履いた天使は、生物のように脈打ちながらうごめく銀色のマシンガンを片手に持ち、灰色の翼をはためかせながら――


 『――コイツは僕に任せろ……』


 と、ア・フィアスに告げる。 そして、先ほどの黒い球体をぶち当てられて胴体に大きな穴が開いたサソリの顔を目掛けマシンガンを照射した。

 人間が使用するマシンガンとは比較にならない程の威力で、あっと言う間にサソリの体中に穴をあけ――サソリから眩い光が発するや否や、すかさず目の前に巨大な眼球のような球を投げた。 すると、眼球の様な球はサソリが発する閃光を掃除機のように吸い込み、サソリはハチの巣になった体から気味の悪い緑色の液体と垂れ流しながら、力無く地上へと落ちて行った……。


 あっという間に大サソリを討伐し、ア・フィアスに顔を向ける女兵士――


 『フ、フリーズ・アウト! 一体、何が起こってるにゃ!』


 ア・フィアスが『フリーズ・アウト』と呼ぶ灰色の翼を持つ女兵士は、やはり他のマルアハと同じく顔がぼやけてはっきりとした表情が判らなかった。


 フリーズ・アウトは目の前で起こっている事実を冷静にア・フィアスへ伝え、最後にア・フィアスのこう告げた――。


 『――この惨状を引き起こしたのは……イナ・フォグだ』


 『にゃ……!? 何を……言って……?』


 ア・フィアスはあまりの衝撃に気を失いそうになって、翼を羽ばたきをも止めてしまった。

 フラフラと空から落ちようとするア・フィアスの腕を慌てて掴むフリーズ・アウト――。


 『――おっと、気を失うのは僕の話を最後まで聞いてからにして欲しい……』


 そう言って、フリーズ・アウトはア・フィアスを抱き起し、再び話を続けた。


 『……僕はさっき蓬莱砦ほうらいとりでから戻って来たばかりだ。 途中でいきなりこんな空に変わって、至る所から「外の世界の者」が侵入して来たから、急いで屋敷へ戻ろうとした。

 

 そしたら、途中でオナ・クラウド達に会ったんだ……。


 イナ・フォグは「真実の門」を開く為にベエル・シャハトへ向かった。 皆はイナ・フォグを追ってベエル・シャハトへ向かっている。


 だから、君も僕と一緒にベエル・シャハトへ行こう――!』


 フリーズ・アウトはそう言うと、ア・フィアスの手を引っ張り、翼を羽ばたかせる――


 『――待つにゃ!!』


 ア・フィアスがフリーズ・アウトの手を振りほどき、彼女の顔を悲壮ひそうな瞳で見つめた。


 『そ、それで……こ、子供達は……? ミコ様は……?

 

 皆は無事にゃのか――!?』


 フリーズ・アウトの顔は未だにぼやけていたが、薄っすらと見えるハシバミ色の瞳を閉じ、首をゆっくりと振る仕草を見せた……。

 

 『う……ウソにゃ……。 そんな、そんな事……!!』


 ア・フィアスは、フリーズ・アウトの仕草を見て、頭の中では全てを理解した。

 信じたくない恐ろしい事実を……。

 だが、ア・フィアスのココロはその事実を受け入れる事を頑なに拒否した。


 『――みんな! ケイタ、ノゾミ――』


 ア・フィアスは叫びながら業火ごうかに包まれる屋敷へと急降下した!


 『ア・フィアス、止まれ! もう、遅いんだ――!』


 慌てて止めようとするフリーズ・アウトの叫びなど、ア・フィアスの耳には届いていなかった……。


 『――ミツバ、ソウタ――』


 猛火もうかに巻かれる屋敷の中をア・フィアスは走った。 


 辿たどり着くまでには数秒もかからなかった……。 だが、ア・フィアスにとってはこの数秒が、まるで何年もかけて苦悶くもんあえぎながら進む地獄の道中のように感じた。

 幾つもの人間の死体に目を遣り、ココロが破裂しそうな程の悲しみに打ちひしがれながら……子供たちの名を必死に叫びながら……きっと、あの穏やかな日々を過ごした庭の池にでも避難しているに違いないと思いながら……


 ……この褐色の獣耳の少女を見て、笑顔を向ける子供達の姿を目に浮かべながら……


 『――シズク!』


 屋敷中を包み込んでいた猛火は庭にたどり着いた時には消えていた……。

 だが、美しい庭は爆弾が落ちたかのように破壊され、芝生は真っ黒い土くれと化し、大きな池の水はカラカラに蒸発していた。

 紫色の空が邪悪に渦巻く薄暗い庭には、もう小鳥達の歌声は聞こえなかった。


 そして……子供達の声も……。


 『――ゼッ、ゼッ、ゼッ――』


 張り裂けそうなココロと焼けるような暑さで、犬のように激しく呼吸をするア・フィアス……。

 目に映る薄暗い景色はボンヤリとしか映らず、グラグラとゆがんで見えた。


 ア・フィアスが、乾いた池のほとりに目を移したその時……

 

 『あ……』

 

 ……


 ア・フィアスの身体が、まるで呼吸が止まったかのように固まった……。

 

 『ううっ……うあっ、嗚呼……ああ!!』


 言葉にならない嗚咽を漏らし、ヨロヨロと力なく膝をつくア・フィアス……


 ……眼前には……


 折り重なるように横たわる黒い塊……


 喉を掻きむしり、苦しそうに口を開けた子供達の亡骸なきがら……


 ア・フィアスの希望と幸福が、永劫えいごうの絶望と悲しみへと変わった……。


 『うっ、うう……


 ……な……何故……? イナ……フォグ……』


 (この惨劇を起こしたのは、イナ・フォグだ!)


 フリーズ・アウトの言葉が頭の中を駆け巡る――。

 

 ア・フィアスの瞳からとめどない涙が溢れてくる――。


 ア・フィアスは黒い炭となった女の子の亡骸を抱いていた。 

 目を見開いて小さな口をめいっぱい開けている真っ黒い女の子……。

 想像を絶する猛火もうかの中で、乾いた喉をうるおそうと必死に藻掻もがいた爪痕つめあとが、喉元に痛ましい傷を残している……。


 一滴の水を欲して焼け死んだ少女の口に、ア・フィアスの涙がポタポタと落ちて行く――


 『ハギトにゃん、のどかわいたよぅ……』


 ア・フィアスの眼前に、いつかの幸せな光景が目の前に広がった。


 ア・フィアスは子供達の為にわざわざ雪解けの水を汲みに行き、子供達へ飲ました。

 コップを片手にニッコリと微笑む市松人形のような女の子――。


 『ハギトにゃん! ありがとう――

 

 ――大好き!!』


 (――大好き――)


 ……


 『……俺も……


 ……大好き……』


 ……


 ア・フィアスの体は蒼い光に包まれ、その顔は恐ろしいトラに変貌していた……。


 『イナ……フォグ……。 イナ・フォグ!  イナ・フォグ――!!』


 ア・フィアスの慟哭どうこくが崩壊した屋敷に響き渡る――


 『俺は貴様を……許さない!!』


 ――


 『……イナ・フォグ……!』


 ――


 「イナ・フォグーー!!」


 ――全ての建物が崩れ去り、器械達の破壊された姿が至る所に横たわる戦場と化したアイナの町に記憶の一部をよみがえらせたハギトの怒声が響き渡った。


 だが、トラのような顔に憎しみの瞳を宿すハギトの身体は、黒い瘴気しょうきが纏わりついて、光を発して眷属けんぞくを召喚する事が出来なくなっていた……。


 これは、ラヴィが倒れる前に使用した術の影響であった。


 ラヴィが召喚した『黒い風』は薄暗いアイナの町を漆黒の闇を纏いながら蹂躙じゅうりんし、光ある全ての眷属を消滅させた。

 そして、最後に光を求めてハギトに纏わりついて、まるで形の無い吸血鬼のようにそのマナスを吸いつくそうと取りついたのであった。


 黒い風に縛られて身動きの取れないハギトを、全ての生物を焼失させるほどの赤く燃えたぎる刃先を宿したイナ・フォグの大鎌が容赦なく切りつける――。

 遠くからは音速を越えたすさまじい爆音を轟かせながら、ハギトの体を無慈悲に突き破る砲弾が次々と打ち込まれた。


 「フォグさん! アタチが援護します――!」


 遠く離れた南側の出入り口の近くで、瓦礫がれきの上で決然けつぜんと砲弾を放つミヨシの戦車――その砲撃は正確無比であり、薄暗いアイナの町を横断し、寸分狂わずハギトの身体からだへ直撃した。

 

 「――私達もアラトロン様を援護するぞ!」


 ラヴィの術によって、ハギトの眷属けんぞくは消滅した。 残る敵はハギトただ一人――。


 すでに1000人以上いた第三部隊はカヨミとコヨミを含めて100人を切っていた。 本来なら新たに来た第四部隊に攻撃を任せて退却しても、誰も文句は言わないはずだ。

 だが、第三部隊はハギトを消滅させる瞬間まで、マナスが尽きるまで勇猛果敢ゆうもうかかんに戦い続けた。

 

 ミヨシの戦車から放たれる砲弾を追うように、第四部隊の戦車から次々と砲弾が放たれ、カヨミとコヨミ、そして、リクイ率いる武装車両の集団がハギトへ向かって侵攻する――。

 

 ――ハギトの体内に宿る『アマノシロガネ』――その器に満たされていたマナスは殆ど無くなっていた。

 しかし、マナスが尽きかかっているにも関わらず、ハギトはますます凶暴な力をイナ・フォグにぶつける。

 

 「気を付けて! マナスが尽きかかればア・フィアスは――!」


 イナ・フォグの援護をしようと、駆け付けるゼルナー達に向かってイナ・フォグが注意を促す――すると、ハギトはイナ・フォグが気をらした瞬間に、闇の瘴気しょうきに縛られながらも恐ろしい咆哮ほうこうを上げて、瞬足しゅんそくの一撃をイナ・フォグに与えた。


 「くっ――!!」


 イナ・フォグがハギトの後ろあしでの蹴りをまともに食らって、はるか数キロまで吹き飛んだ。


 (一撃の攻撃が強力になってきている……。 もう、スキルは使用できないはず。 でも……)


 イナ・フォグを蹴り飛ばしたハギトは漸く闇の瘴気から解放され、ミヨシによる怒涛どとうの砲弾をその身に受けながら、再び青く輝きを放ちだした――。


 ――


 「ア・フィアスの様子が変わった――!?」


 イナ・フォグはハギトにひたすら血のような刃先を滾らせる大鎌を振るい続ける中――

獰猛どうもうな瞳から、まるで涙のようにあおい液体が流れ出てきた……。


 「ウオオオォォン――!!」


 まるで慟哭どうこくのような叫びを天へと響かせたハギトは、凄まじい光を発しアイナの都市全体をまるで昼のように煌々と照らしたかと思うと――


 ――巨大な翼の生えた真っ白いトラへと変貌へんぼうした!


 「ア・フィアスがハクチの夢から抜け出した!


 ――真の姿をさらけ出したわ!」


 白衣をひるがえしながら大鎌を構えるイナ・フォグの目の前で、巨大なトラは大粒の涙を流しながら、その体を蒼く光らせ始めた……。


 「悲しみの光が降ってくる――!!


 ――ミヨシ、空から攻撃が来るわ! 全員、建物の陰、岩場の陰に隠れるように言いなさい!


 早くっ――!!」


 イナ・フォグの必死の叫びに、ミヨシは戦車のデバイスを展開させて全てのゼルナーにイナ・フォグの声が聞こえるようにした。

 

 「――バット・コル!」


 瞬時にハギトの前へ現れたイナ・フォグは、天に向かって咆哮を上げる巨大なトラを滅多切りにするが、あおい光は止むことなくハギトの体を包み込んでいく――。


 「総員――!! 大至急、退避だ!!


 どこでも良い――! 上からの攻撃に備え、隠れる場所があれば真っ先に隠れろ!!」


 カヨミがすぐさまゼルナー全員に指示した瞬間――


 ――まるで巨大な爆弾がさく裂したような衝撃がアイナを襲った!

 

 ――

 

 地上は闇に覆われていた。 地平線から日が昇ってくるまではあと数時間待たなければならなかった。 だが、天はそんな真っ暗な地上に光を照らし出す。

 その光は慈愛の光でも、希望の光でもない……リリム=ア・フィアスの記憶から蘇った、悲しみ満ちた蒼い光……絶望の深淵なる光であった。

 

 ――そして、その蒼い光は遥か上空ではじけ飛ぶように暗闇へ漏れ出し、流星のように地上へ降り注いだ。


 『ヒュン、ヒュン、ヒュン――』


 微かに風を切る音がゼルナー達の頭上の遥か彼方から聞こえてくる……


 ……すると、その音は『ゴゴゴゴ……』と何か途轍もない大きな物体が落ちてくる音へと変わり、地底を揺らし始めた。


 ――そして――


 『――ドンッ!!』


 ――という激しい衝突音と共に地底を大地震が襲う。


 地上には驟雨しゅううのごとく蒼い光線が降り注ぎ、アイナの都市に瓦礫の山が落ちてきた――。


 「――!! ――!」


 ゼルナー達はしきりにデバイスで声を掛け合うが、凄まじい轟音にかき消されてお互いの声が届かない。 

 地上には次々とミサイルのように光線が着弾し、ガラガラと巨大な岩がとめどなくアイナの町へ降り注いで来る――


 ――しかし、地上に降り注ぐ閃光の槍は、地底を破壊するまでには至らなかった。


 地上から地底までの間を覆う、100メートルの鋼鉄のような硬い岩盤を破壊する事が出来なかったのだ。

 だが、それでもイナ・フォグを打ち滅ぼさんという恨みの光は、東側にポッカリと開いた大穴を目指して地底を穿ち――『ドン、ドン、ドン――』と星を揺らして灼熱しゃくねつの爆発を引き起こした。


 ハギトの怒りと悲しみは、高層ビルに身を隠していたゼルナーを地獄の烈風れっぷうと全ての細胞を破壊する放射線で蹂躙じゅうりんし、地底の中で稲光を纏う恐ろしい竜巻となって第四部隊が身を隠す南側の出入り口まで迫ってきた――!

 

 「マズイ――! 出入り口が破壊されると退路が断たれる――!」


 遠くからうめき声のような怒声を立てて近づく地獄の烈風――ヒツジの叫びに呼応して、第四部隊は一斉にその悪魔に向かって砲撃を開始する――。

 

 けたたましい砲撃音がアイナの町に響き、巨大な砲弾がうねりを上げる竜巻をえぐる――数多の砲弾が慟哭どうこくの悪魔に吸い込まれていく中、突然、ひときわ大きい砲撃音が天をいた――!


 その音はまるで地からマグマが湧き上がるような爆発音だった――。


 空気を切り裂く赤い炎に包まれた砲弾がその風圧でゼルナー達を吹き飛ばしながら、轟音を立てて迫りくる竜巻を穿うがつ――


 ――すると、

 

 『パァァーン!!』


 と空気がはじけ飛ぶ音が響き、周囲に蒼い稲光をまき散らしなら巨大な竜巻は霧消むしょうした!


 ……全てのゼルナー達がその光景に驚愕し、砲弾が発射された戦車へと目を移す――。


 すると、そこには黒く光り輝くミヨシの戦車が威風堂々と砲身を動かしている姿が見えた。


 ――


 イナ・フォグはハギトのマナスが底を尽いた時、ハギトが巨大なトラへ変貌する事を知っていた。 そして、変貌すれば蒼い光を天から降らす事も知っていた。 イナ・フォグはこの地上へ降り注ぐ驟雨しゅううを事前に警戒し、ハギトと地底で戦う選択をし、地上で待機しようとしていたヒツジ達が率いる第四部隊を地底へと呼び寄せたのであった。

 だが、ハギトがこの恐るべき攻撃を、どのタイミングで使用してくるのかまでは予測する事は出来なかった。

 まさか、変貌した瞬間に使用してくるとは思わなかったが、最悪、避難に間に合わなくても100メートル以上の厚い岩盤が天から降って来るレーザーの威力を弱めてくれる。 東側の大穴の付近にさえ近づかなければ、ハギトの蒼い光線に耐えられるだろうと考えたのである。

 

 イナ・フォグの予想は当たり、ハギトの光線はアイナの町を破壊するまでには至らなかった。 だが、『オーメル草原』にようやく芽生えた命の息吹は無残にも消し飛ばされ、美しいオアシスの水は煙となって消えてしまった……。

 そして、イナ・フォグが建てた第一部隊の墓標となった戦車も、跡形も無く破壊され、ゼルナー達の亡骸は大地の奥深くへ埋もれてしまったのであった。


 ――


 怒涛のようなレーザーの豪雨が止み、巨大なトラの慟哭もピタッと止まった。 薄暗い煙が充満するアイナの町は、一転、静けさに包まれている……。


 ――その数分後――


 ガラガラとそこかしこで瓦礫がれきをどかす音が聞こえて来て、デバイス越しからお互いの無事を確認し合うゼルナー達の声が響き渡ってきた。


 「くっ――!! 皆、無事か……!?」


 第四部隊が身を隠していたスロープ付近まで吹き飛ばされたライコウは、左手で瓦礫がれきをどかしながら、右腕には気を失っているラヴィの体をしっかりと抱きしめていた。


 「ライコウ様――! 第三部隊は大穴の傍にいた半数が通信不能――恐らく、全員破壊されたものと思われます!」


 ライコウのデバイスから悲惨な報告が上がって来た。 すると、今度はカヨミの声がデバイスから響いてきた。


 「ライコウ様! 私カヨミ含めた一団は無事! 戦車三台もまだ動きます!」


 カヨミはどうやら無事のようだ。 カヨミの報告に続いて、今度はサクラ2号の声がデバイスから響いてきた――。


 「ライコウ、こっちも無事よ! ジスペケは足を破壊されちゃったけどまだ大丈夫――!」


 すると、サクラ2号の声にかぶさるようにコヨミの声も響いてきた……。


 「ライコウ様ぁ! 貴方の愛するウチも無事ですよぉ! この戦いが終わったら、ウチは貴方の――プツ……」


 ……ライコウは主力部隊が無事な事を知って安心したのか、コヨミの言葉が終わらないまま一方的に通信を切った。

 

 (――ヒツジは無事か?)


 ライコウは瓦礫の下に埋もれている第四部隊へと駆け寄った。

 出入り口へのスロープが崩れ、瓦礫の下に埋もれた第四部隊であったが、デバイスでは殆ど破壊されたゼルナーはいなかったが、武装車両や戦車の何台かは破壊されてしまい、瓦礫の奥では横倒しになった緑色の戦車が煙を上げていた。


 「ライコウ様、ヒツジは無事です!」


 瓦礫の傍まで近づいてきたライコウに気づいたミヨシが、戦車のサーチライトをパッと光らせてライコウに合図を送る。


「――ミヨシ!? お前……その身体は――?」


 ライコウはミヨシがイナ・フォグの眷属となった事を知らなかった。

 すると、黒光りしたミヨシの戦車から一人のゼルナーの影がパッとジャンプしたかと思うと、クルクルと回転しながらライコウの前にスタッと着地した――。


 「ライコウ、ヒツジは無事だ!」


 戦車のサーチライトに照らされたゼルナーはラキアであった。

 

 ラキアの話では、ヒツジはリクイが乗る戦車の中で避難しているとのことで、デバイスが壊れてしまったので、リクイと一緒にさらに南へと後退して救護部隊によって修理してもらっていると言う。


 「――心配する程の故障じゃない。 デバイスの損傷も酷くないからすぐに戻って来るさ」


 ラキアの言葉にライコウはホッと胸を撫でおろした。


 「そうか、良かった……。 それより、お主……申し訳ないがこの子を――


 ――んっ?」


 ライコウは背中に抱いたラヴィをラキアにたくそうとしたが、ふと、ラキアの背中にしがみ付いている物体に気が付き目を丸くした。


 ラキアに背中には何処かで見た事がある市松人形がしがみついていた……。


 「なっ、何じゃ……こいつは?」


 ライコウが唖然あぜんとしてラキアを見ると、ラキアは「……そうなんです」と困った様子で、後ろを見る――。

 すると、市松人形は知らぬ間にラキアの背中を降り、トコトコとライコウの下へ歩み寄ったかと思うと、今度はライコウの足にヒシッとしがみついた。


 「この子、バッちゃんと一緒にいた子らしいけど、はぐれちゃったらしくて……」

 

 今度はミヨシがサーチライトをチカチカと点滅させて困惑した様子を見せた。


 ライコウはミヨシの言葉を聞いて、この市松人形が『監視塔イル』で助けた機械であった事を思い出した。


 「ああっ! お主は――!」


 すすだらけの市松人形はライコウの事を覚えているようで――


 「アノ時ハ、助ケテ頂イテ有難ウゴザイマシタ――


 ――オトウサマ」


 などと何故かライコウを父と呼び、ライコウの脛当すねあてに顔をゴシゴシとこすり付けた。


 「なっ、なんじゃ、お主は意思を持って……?」


 呆気にとられるライコウにラキアが「……そうなんだ。 何か、この子普通の機械と違ってちょっと変でな……」と訝し気な目を市松人形の背中へ向けた。


 ――市松人形は監視塔イルでライコウとラヴィに救い出された後、ライムの家でラヴィによって修理された。

 もしかしたら、ラヴィが市松人形の体内にアニマを埋め込んだのかも知れない……。 ところが、ライコウのデバイスには『ネクト機械』という表示がされており『バトラー器械』ではない事は明白であったので、アニマが埋め込まれているとは考えられなかった。


 ライコウ達がこうしている間にも、西側ではイナ・フォグがハギトと戦い続けていた。


 「――こんな事している場合じゃない! ラキア、俺はフォグのフォローに行く。

 お前は俺が背負っているこの子を医療部隊まで連れて行ってやってくれ!」


 ライコウはそう言うと、おぶっていたラヴィを慎重に抱きなおし、ラキアに引き渡そうとする――。


 「アア、オカアサマ――!」


 すると、市松人形がライコウの両腕で眠るラヴィを見て、ラヴィに触れようとライコウの腕に向かってピョンピョンと跳ねた。


 「……オカアサマ?」


 ライコウは市松人形の言葉に複雑な顔をしたが、すぐに気を取り直し、市松人形の相手をする暇もないのでラキアにそのままラヴィを渡そうとするが、ラキアは――


 「いや、俺も少しは名をせたゼルナーの端くれ、アラトロン様の救援にお前と一緒に行かせてくれまいか?」


 と言って、ラヴィを連れて行く事を拒んだ。


 すると、周囲を警戒していた第四部隊のゼルナーの一人が「私がこの方を運びましょうか?」と声を掛けてきた。

 ライコウはラキアの願いに少し戸惑ったが、もはやハギトの眷属けんぞくは消滅して、残る敵はハギトただ一人であったので、戦力は少しでも多い方が良いと考え直し、ラキアの願いを受け入れた。


 「分かった……。 それでは、お前達にこの子を頼むとしよう……。

 それと、この機械も一緒に連れて行ってくれ」


 ライコウはそう言うと、第四部隊のゼルナーにラヴィを託し、ついでに市松人形を抱き上げてもう一人のゼルナーに手渡した。


 「オカアサマ、オカアサマ――!」


 市松人形は隣でゼルナーに抱かれているラヴィに向かって必死に声を掛けている。


 「これ、ムスメ! オカアサマは大丈夫じゃ。 心配かけんよう大人しくしておれ」


 ライコウが市松人形を窘めると、市松人形は「ハイ、ワカリマシタ、オトウサマ」などと言って、急に大人しくなり、再びライコウを困惑させた……。


 「……まあ、いい。 とにかく、ラキア、お前がそこまで言うなら、お前にも協力してもらおう――」


 ライコウが面頬めんほおを下げ、兜の下から鋭い眼光をラキアに飛ばす――。


 「承知――! この命、アラトロン様に一度救われた身――。

 アラトロン様の為に再びこの命を捧げる覚悟!」


 ラキアは本音ではない言葉を叫び、背中に下げた細い剣の鞘に手を掛けた。


 「アタチもフォグさんと一心同体ですから、フォグさんを助けに行きますよ!」


 瓦礫の山をガラガラと崩しながらサーチライトを点滅させてミヨシが叫ぶ――。


 ライコウはミヨシの雰囲気が変わっている事に気づいていたが、今はミヨシとイナ・フォグの間に何が起こったのか聞いている暇が無く、とにかく、早くイナ・フォグの駆け付けようと、ラキアとミヨシに向かって叫んだ。


 「よし、二人ともフォグの下へ急ごう!」


 ライコウの言葉に「――オオッ!」と答え、三人は火花を散らしている西へと急いだ。

 ラヴィと市松人形を抱えた二人のゼルナーは三人の背中を見送った後、仲間のゼルナー達と共にヒツジがいる救護部隊まで後退した。


 ――


 真っ白な雪のようなトラはショル・アボル=ヨルムンガントと同じかそれ以上の大きさであった。

 特筆すべきはその素早さで、まるで光の速さのように縦横無尽にイナ・フォグの周りを駆け巡り、巨木のような太い腕でイナ・フォグに襲い掛かる――。

 その獰猛どうもうな姿に、愛嬌のある牙を出したざんばら髪の猫耳少女の面影は微塵みじんも無い。

 ライコウとラヴィに切断された翼と、イナ・フォグに切り落とされたシッポも再生しており、まるで巨大な大蛇のようにうねるシッポは地を叩くたびに地底全体をグラグラと揺らした。

 

 ――ハギトは白いトラに変身してから、明らかに強くなっていた。


 光る剣を使用したり、眷属けんぞくを召喚したりする事が出来なくなっているにも関わらず、その力はアイナの都市全体を瓦礫と化すことが出来る程であった。


 ……しかし、ハギトはアイナを破壊する事など眼中になかった。 イナ・フォグにのみ執着し、イナ・フォグが飛び回ると執拗しつように追いかけて攻撃をした。

 サクラ2号達第一部隊がイナ・フォグの援護をしても、ハギトは彼らにはまるで興味が無いように、イナ・フォグだけを狙っていた。


 イナ・フォグは『バット・コル』というスキルを使用して、常にハギトが動くよりも先に行動をしていた。

 ハギトの脳内に荘厳そうごんな鐘の音が響き渡ると、イナ・フォグの行動よりも必ず遅くなる――しかし、鐘の音を鳴らす者に対して絶対的服従を強制するこのスキルは強力ではあるが、何度も使用できるものではない。 使用する度に鐘の音が鳴る時間が徐々に短くなり、いずれ効果が無くなっていくのである……。


 ――イナ・フォグはバット・コルを使用し続け、何とかハギトより先に行動をしてハギトの攻撃を防ぎきっていたが、それも徐々に効果が無くなっていき、ハギトの鋭い爪や牙を防ぎきれなくなってきた。


 『ギン、ギン、ギン――』とハギトの爪を防ぐイナ・フォグの鎌が火花を散らす。 ハギトの瞳からは蒼い閃光せんこうが発し、イナ・フォグの身体を燃やし尽くそうとするが、イナ・フォグの身体を取り巻く紫色の霧によって防がれた。

 それでも、光の威力は凄まじく――イナ・フォグは閃光を浴び続けて次第に疲れが見え始め、猛然と振るったハギトの腕が鎌をかすめてイナ・フォグの肩へと直撃し、イナ・フォグはそのまま地底へと叩き落とされた!


 「ぐは……」


 今まで大した傷を負う事はなかったイナ・フォグも、紫電しでんの一撃を食らい両手をついて、小さな口から大量の血を吐いた。

 イナ・フォグが苦戦している様子を遠くから見ていた第一部隊も焦りを隠せず、遠方からありったけの武器を使ってイナ・フォグを援護するが、ハギトの移動速度が速すぎて全く当たらない。


 「くそ――!!」


 コヨミは肩に背負ったランチャーから『プルムブル・ミサイル』を放つ――。

 誘導式ミサイルはハギトのあまりのスピードについて来れず、グルグルとハギトの周りを旋回せんかいした後――『ボカン!』と大爆発を起こした。

 ところが、爆発後にバラまかれる鉄片は、ハギトの身体にうまい具合に刺さり込み――大爆発を起こしてハギトをよろめかした。


 「――効いてる! さすがウサギっち――!」


 コヨミはミサイルを造ったウサギを褒めたたえながら、尚もミサイルを放とうとするが、もはや、ミサイルは数本しか残っていない……。

 

 「第四部隊――! もっとミサイル持って来てくださぁーい!」


 すると、コヨミの叫びに――


 「――アタチが持ってきましたよ!」


 とミヨシが応え『ドンッ――』という鈍い音と共にミサイルを放った。


 ミヨシが放ったミサイルはプルムブル・ミサイルでは無かった。 しかし、矢のような速さでハギトの横腹に直撃し、凄まじい衝撃によってハギトははるか数キロまで吹き飛んだ。


 「なっ――!? すんごい威力!」


 コヨミが目を見張って叫び、遠くから近づいて来る極太の砲身をひっさげた黒光りした戦車に顔を向けた。


 「ラキアさん、戦車の操縦は貴方に任せます! アタチは直接フォグさんを助けますから――」


 戦車のハッチがパカッと開く――すると、中から、小さな黒猫がピョンと飛び出して来た。


 「しかし、ミヨシ君――!」


 戦車の後ろをついて来ていたラキアがミヨシの言葉に躊躇ちゅうちょする――。

 

 「――大丈夫です! アタチはこう見えてもフォグさんのケンゾク! 後方援護頼みますよ!」


 ミヨシはラキアの言葉を遮って、地を這うイナ・フォグの傍へと駆け付ける――。 ライコウはミヨシの後ろで方向を変えて、第一部隊の方へ向かって走って行った。


 「――!? (なんて、速さだ……)


 ……承知した、くれぐれも無理はするな!」


 ラキアはミヨシが戦車から飛び降り、疾風のようにイナ・フォグに向かう姿を見て、あまりのスピードに驚愕した。


 (あの猫は何者なんだ――?)


 ラキアはそう思いながら戦車の中へ乗り込んでいった。


 ――


 ハギトはミヨシの砲撃によって吹き飛ばされたが、すぐに態勢を整えで、イナ・フォグ目掛けて突進して来た。

 その速さは人型であった時よりも早く、音速を越える爆音と光速に近づく熱量をたぎらせながら、両手をついて苦しそうに血を吐くイナ・フォグの頭目掛けて、巨大な腕を振り上げた。


 『ズズン――!!』という巨大な音が響き、イナ・フォグが両手をついていた地底の周りが、まるで隕石が落ちたかのように陥没かんぼつした!


 「グルゥゥ――!」


 だが、イナ・フォグ目掛けて振り下ろしたハギトの爪は、刹那せつなによぎった影によってイナ・フォグを見失い、そのまま地をえぐってハギトをうならせた。

 

 「ミヨシ……有難う」


 小さい口で白衣の襟をくわえて飛ぶように駆ける黒猫に礼を言うイナ・フォグ。

 イナ・フォグは自身の眷属に触れて、少し体力が回復したようで、ミヨシの口を離れて再び翼をバタバタと広げ、右手を上げる――。

 すると、地面に落ちていた禍々しい鎌がイナ・フォグ目掛けて飛んで行き、スッと掲げた右手の手のひらに収まった。


 「――ミヨシ、アナタはア・フィアスをひたすら攻撃してなさい! ヤツの狙いは私だけよ!

 私はヤツの攻撃を避けることだけに専念するから――」


 イナ・フォグがそう言っている間にも、ハギトはあっという間に二人に近づき、鋭い爪を振りかざす――。

 

 「ふんっ――!!」


 イナ・フォグは声を漏らして力の限り鎌を振り、爪を弾き飛ばし――


 「ゴーレムよ……」


 と呟いた。

 すると、イナ・フォグの桜色の毛髪がパラパラと落ちたと思うとその髪の毛が見る間に蛇へと変わって行き、あっという間に一体の桜色の巨大な大蛇へと姿を変えた。

 巨大な大蛇はイナ・フォグの周囲を何重いくえにも取り囲み、イナ・フォグを中心として大きなトグロを巻いた。


 鎌で弾き飛ばされたハギトはすぐに態勢を整えて、再びイナ・フォグに襲い掛かるが、桜色の蛇に護られたイナ・フォグに鋭い爪を通す事が出来ない!


 「ミヨシ、休まず攻撃を続けなさい――!」


 イナ・フォグのスキルに目を奪われていたミヨシに檄が飛び、ミヨシは慌てて大蛇を攻撃し続けるハギトの後ろへ回り込み、鋭い爪を刃物のように伸ばして、ハギトのシッポを根元から切りつけた。


 「ガァァ――!!」


 シッポを攻撃されたハギトは痛みによって咆哮を上げるが、その瞳はイナ・フォグに向いており、ミヨシを攻撃する気配がない……。

 ハギトはイナ・フォグに憎悪の眼差しを向けながら、微かに聞こえる子供たちの声に耳を傾けていた。


 『――ハギトにゃん……大好き……』


 (俺の幸せを、俺の宝物を奪ったお前を……許さない……)


 この身体が消滅しようとも、イナ・フォグだけは必ず殺す――。


 ハギトの悲しみに満ちた憎悪は、巨大な桜色の蛇を牙で噛みちぎり、ミヨシの攻撃にも揺らぐこと無く、イナ・フォグへと向けられていた――。


 「なっ、なんて力――!? このままじゃ――」


 イナ・フォグを護る大蛇がハギトに噛みちぎられ、イナ・フォグは地へ降りてハギトから大きく距離を取った。

 しかし、あっという間にハギトに追いつかれ、イナ・フォグは慌ててスキルを使用する――


 「――バット・コル!」


 イナ・フォグが鐘の音を鳴らすも、すでに鐘の音は数回しかハギトの耳に届かずに、さほど時間稼ぎにはならない――


 ――しかし、そのほんの数秒の時間稼ぎが、イナ・フォグの命運を左右する事となった。


 ――


 「カヨミ、今だっ――!」


 ハギトが地へ降りてきたところを見計らって、カヨミに向かってライコウが叫んだ!

 左手首を外していたカヨミは、ライコウの叫び声に呼応して腕から太い鎖を照射し、ハギトの前足縛り付けた。

 

 「やったぞ! そのまま、皆で引っ張れ――!」


 一瞬動きが止まったハギトの前足を鎖で縛り付け、ライコウはカヨミの後ろへ回り込み、後ろから鎖をつかんで思い切り引っ張った。

 すると、ハギトは前足を引っ張られて『ズズン……!』と音を立てて転がった!


 ――ライコウはミヨシがイナ・フォグの援護へ向かった後ろで、方向を変えてカヨミの下へと走った。 この時、ある作戦を思いついたからである。


 カヨミは左腕に『グレイプ・ニクロム』と呼ばれる強度の高い鎖を放つ事が出来た。 ヨルムンガントの力をもってしても引き千切ちぎる事が出来なかったこの鎖であれば、ハギトの身体を縛り付ける事が出来るかも知れないと考えたのだ。

 本来ならイナ・フォグとミヨシに作戦を伝えて、二人にハギトの動きを一瞬でも止めてもらうようにする方が良かった。

 だが、イナ・フォグとミヨシはデバイスを装備していないので、無線で連絡をする事が出来ない。 したがって、二人に作戦を伝えるためには、カメラでも追う事が出来ない速さで駆け回る二人に近づく必要があった。 しかし、それは現実的に不可能であった。

 そこで、ライコウはサクラ2号率いる第一部隊の残党と、カヨミ率いる第三部隊の残党を統合し、コヨミも含めて、崩壊した建物を利用してコッソリとハギトの前まで近づいて、ハギトに隙が出来る瞬間を待った。


 この作戦は運を天に任せるしかない作戦であった……。


 空を飛び回るハギトを地面に落とし、一瞬でも動きを止める事が出来なければ成功は望めなかった。

 ところが、たまたまハギトがイナ・フォグを追って、地に降りてイナ・フォグのスキルによって動きを止められた。


 その瞬間をライコウは見逃さず、すかさずグレイプ・ニクロムを放ってハギトの前足を縛り付けたのである。


 ――このように、運良く成功した作戦ではあったが、ハギトの一瞬の隙を見逃さず、途切れることなくジッとハギトの動きに集中していたライコウ達の忍耐力あっての結果であった。


 ――


 前足を取られたハギトはすぐに起き上がり、空中へ羽ばたこうと翼を広げる――。

 ところが、イナ・フォグがライコウ達を手伝ってカヨミに立ち、鎖を握りしめて思い切りハギトを振り回す――。

 

 『ドカン、ドカン!』と地底に大きな穴を開けながら叩きつけられるハギト。 凄まじい衝撃であるにもかかわらず、グレイプ・ニクロムは全く千切れる様子はない。

 カヨミはライコウに背中を、コヨミに腕を支えられていた。 全てのゼルナーがカヨミの周りに集結し、持ちうる全ての力を巨大なトラへぶつけた。


 「ア・フィアスから光が失われていく――!」


 鎖を握りしめてハギトを振り回すイナ・フォグが叫ぶ――。


 「フォグ、ヤツから光が失われたらどうなるんだ!? まさか爆発――!?」


 「アマノシロガネを破壊しない限り爆発はしないわ! ア・フィアスは光子こうしを媒体としてアマノシロガネにマナスを取り込んでいる。


 体内から光子を全て出し切れば、アマノシロガネは活動を停止するわ!」


 イナ・フォグによって激しく地面に叩きつけられているハギトは、徐々に白く輝く毛並みが灰色に変わって来ていた。

 ラキアとミヨシは戦車に乗り込み、ここぞとばかりにアロンの『奥の手』であった粘着弾をハギトに向かって乱射する――。

 

 ハギトが藻掻もがけば藻掻くほど、前足に絡まったグレイプ・ニクロムは深く食い込み、粘着剤はハギトの翼を止め――ついに、ハギトは地に伏した。


 「これ以上、肉体を傷つけてもア・フィアスの身体から光を放出させる事は出来ない……


 ……どうすれば?」


 ハギトと戦った目的は、ハギトを破壊する事だけではなく、アマノシロガネを回収する事である。 むしろ、ハギトを消滅させるよりもアマノシロガネを回収する目的の方が大事であり、このままハギトを破壊すればアマノシロガネも一緒に破壊されてしまう……。

 

 イナ・フォグが次の一手をどうするか思い悩んでいる時――


 ――ヒツジがリクイの戦車に乗ってようやく戦場へ復帰して来た。


 「――ライコウ! 遅くなってゴメン!」


 デバイスも完全に修理されたようで、ヒツジはデバイス越しからライコウに声を掛けてきた。


 「ヒツジ、良かった……!


 (――!? そうだった! 確か――!)」


 ライコウはヒツジの声を聞いて、ある事を思い出した。


 「――ヒツジ、お前の『荷電粒子砲かでんりゅうしほう』をハギトに使ってくれ!」


 「えっ、ライコウ! なんでその事を――!?


 もしかして……記憶が!」

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