第11話 夢見る星の、媒介者

 イナ・フォグ、ヒツジ、ミヨシの三人が『ダカツの霧沼むしょう』を向かった後、ライコウは共にハギトと戦ってくれるゼルナーを探そうと、アイナの中心街を彷徨さまよっていた。

 

 ……しかし、アイナの中心街には、そもそも、ゼルナーなど一人もおらず、一般市民達は一日一日を必死に生きて行くことが精いっぱいで、ハギトと戦うことなど製造されてから一度も考えた事が無い者しかいなかった。

 アイナにも一応武器や戦車などの武装車両が用意されていたが、それはハギトとの戦闘の為ではなく、ミミズ型のショル・アボルが襲撃して来た時の為に用意しているものであった。

 

 ミミズ型のショル・アボルは型名を『ショル・アボル=ヨルムンガント』と言った。

 以前、ライコウとヒツジがダカツの霧沼へと向かっている時に、古戦場テヴェルの地底を移動していたショル・アボルである。

 このショル・アボルはアイナを度々たびたび襲撃しゅうげきしており、その為、都市をおおうアイナの壁は所々破壊されて、その都度応急修理を余儀よぎなくされていたので、ぎだらけのみすぼらしい壁になってしまった。

 

 アイナに隣接する地底都市『バハドゥル・サルダール』から移住してきた者達の中には、アイナを管理する為に派遣はけんされたゼルナーもいた。 本来、都市を管理する立場なら貧困ひんこんに苦しむアイナの市民達を助け、しばしば襲撃するショル・アボルを駆逐くちくする為に先陣を切って戦わなければならないはずだ。 しかし、彼らはアイナの市民を『虫けら』と見下みくだし、何もしないくせに威張り散らして税金だけしぼり取り、自分たちはショル・アボルが侵入する事が困難なガラスのような擁壁ようへきと、分厚い金属で補強ほきょうされた地盤を張り巡らせた高層ビルエリアでぬくぬくと暮らしていた。


 ライコウはそんなバハドゥルの連中の横暴で卑陋ひろうな性格をライムから聞いていたので、ハギトとの戦いでは彼らの力を絶対に借りるまいとココロに誓い、あてどなくアイナの街をさ迷っていたのであった……。


 「……ぬぅ……。 この三日間、街をウロウロしていたお陰で街の臭気には慣れてきたが……結局、誰も協力してくれる者などおらんかったのぅ……」


 ライコウは、これ以上、街を探索しても無駄だと悟り、露店ろてんで買った薄いアルミを幾層いくそうにも重ねたウェハースのような食べ物をシャクシャクと音を鳴らして食べながら、ライムの自宅へ失意の帰路きろについた。


 ――


 ライコウがライムの家に戻ると、ライムが居間で誰かと話をしている声が聞こえてきた……。

 

 「……ライムよ、客人きゃくじんか?」


 ライコウが居間のふすまをあけて、ライムに声を掛ける――。

 ライムは掘りごたつ式のテーブルの手前側に腰を掛けており、テーブルを挟んだ奥には女性型の器械がうつむき加減でチョコンと座っていた……。


 「あ、ライコウ様、お帰りなさいまし――」


 ライムがライコウにニッコリと挨拶をすると、奥に座っている女性型の器械は――


 「ライム、分かっているな――?」


 などと小声でライムに目配せをしていた……。


 「……そこにいる者は誰じゃ? お主の仲間か?」


 ライコウが兜を脱ぎながらライムに聞くと、ライムは「……はい。 私の仲間で……お名前は……」と言ったきり口ごもり、女性型の器械を見た――


 ――すると、女性型の器械が慌てた様子で顔を上げた。


 彼女が顔を上げてライコウへ目を移した時――ライコウは、ちょうど兜を脱いでいる途中で俯いていた。


 「ワ、ワタシは――!」


 女性型の器械は、ライコウが俯いている今がチャンスと目をつぶり、思い切って言葉を出した。 ところが、彼女が目を開けた時には、ライコウは兜をすっかり脱いでおり、俯いていた顔を上げていた……。


 「――あっ! ……あの……その……」


 金色の髪をなびかせて、あおい瞳を不思議そうに大きく開けているライコウに、彼女は顔を真っ赤にしながら黙りこくってしまい、再び俯いてしまった……。


 「……ん? どうしたんじゃ? ワシ、何かマズイ事でもしたかのぅ?」


 ライコウは彼女の態度に困惑した様子でライムに目を遣った。

 すると、ライムは――


 「いえ、いえ、そんな事はございませんの。 この子は恥ずかしがり屋でして……ふふふ」


 と口元に手をやり微笑ほほえんだ。


 「さっ、ライコウ様に自己紹介して差し上げて――」


 ライムはそう言って、女性型の器械の隣に座り直し、カサカサした肉球になり果てた年老いた手を優しく彼女の肩に押し当てた。


 ――


 その女性型の器械は自分の名を『ラヴィ』と名乗った。

 デバイスには『W・W=ラヴィニア』という型名が表示されており、ラヴィニアを略してラヴィと名乗ったようだ。

 

 ラヴィは卵形の上品な顔立ちの器械であった。

 肩までかかる髪を後ろにまとめた栗色のポニーテールは、筆のような毛先の先端だけ桜色に染まっていた。

 青みがかったまゆずみの下――少し釣り目で奥二重のキリッとした印象の目は、恥ずかしさのせいか上目遣いでピンク色の瞳をライコウに向けていた。

 仰月ぎょうげつ形の唇からは、たどたどしく自己紹介の言葉が漏れる――。

 

 ――もっとも、ライコウが一番目を引いたのは彼女の美しい顔立ちではなく、その服装であった。


 何処どこかで見た事のある溶接で使用するようなゴーグルをひたいにかけて、医者のような大き目の白衣はくいに身を包んだ姿は、あまり他の器械では見られない服装であった。

 白衣の下には、膝上までかかる丈の長いオリーブ色のパーカーを着ており、マスタード色のフェイスマスクを顔から降ろして首に着けていた。

 また、手にはこげ茶色のボロボロの本を持っており、その本は辞書のように分厚く、表紙には異形いけいの悪魔が舌を出して笑っているような気味の悪い絵がきざまれていた。


 ライコウはラヴィの小声の自己紹介など耳に入っておらず、もっぱら、その怪しげな本に目を奪われていた。


 「……ところで、お主……その本は一体……?」


 ラヴィは恥ずかしさで消え入りそうな声で自己紹介している中、突然、ライコウから質問が飛んで来たので――


 「えっ――!?」


 と叫んで、気が動転したのか、本を膝に乗せたまま思わずその場で立ち上がった。


 すると――


 ラヴィが立ち上がった事で膝に乗った本はそのまますべり落ちるかと思ったら、膝から離れた瞬間――フワフワと宙を浮いた。

 

 本来なら本が勝手に空を舞う事は卒倒そっとうするくらい驚くべき事だが、ライコウは冷静に首をかしげて――


 「……んん? 本ってモノはフワフワ浮くモノであったか……?」


 と思い出すように腕を組んだ……。


 そんな、ライコウの様子を見て、ラヴィは先ほどまでの緊張が少しほぐれたのか「アハハ――!」と笑ったかと思ったら、目の前に浮いている本を手に取って話始めた――。


 「――本は普通、飛ばないわ――


 これは、ワガハイ……いえ、ワタシの体の一部だからなのだ……なの」


 不思議な言葉づかいをするラヴィにライコウが目を丸くした。


 「体の一部……?」


 「そう――。 この本はワガハイの体のパーツなのだ……


 ……ん? あっ……」


 つい、言葉遣いに『地』が出てしまったラヴィはあわてて袖の長い白衣で口をふさぎ、顔を赤くした。

 

 ラヴィの可愛らしい様子を見てライコウは思わず笑い――


 「ワハハ――! 遠慮せんで、お主が話しやすい言葉で話せばよい――。

 ワシだってこんな話し方が気に入っているから、好きなように話しているんじゃ。

 お主も気にする事はない――」


 と、ラヴィに気を遣った。


 「……はい……分かりました……のだ」


 これ以上、ライコウに気を遣わせるのは忍びないと思ったのか、ラヴィは勇気を出してはにかんだ笑顔をライコウに見せた。

 

 ――


 「……この本は『死者の書』と言って、ワガハイの体から切り離したパーツの一部なのだ。

 だから、ワガハイの周りから離れずに体の一部として機能しているのだ」


 すっかり、落ち着きを取り戻したラヴィは再びテーブルの奥へ座っており、向かいに座るライコウとライムに向かって、茶をすすりながら手に持っていた本の説明をしていた。


 「……ふーん。 それで、この本は一体何の役目があるんじゃ?」


 ライコウはフワフワ浮いている本を、珍しそうな顔でめるように見回している……。


 「これは、ある者達の力を借りる媒体ばいたいなのだ……」


 「――ある者達?」


 ラヴィの言葉にライコウとライムが互いに顔を見合わせて首をかしげる――。


 「その者達はマナスによって生まれた者達――言い方を変えれば『神』という存在なのだ」


 「神――!?」


 ラヴィの言葉に、ライコウとライムは目を丸くしてラヴィの顔を見つめた。


 ライコウと目が合ったラヴィは少し顔を赤くしながら「そ、そうなのだ……」とつぶいて、二人が何を考えているのか予測して、その答えを言った。


 「コホン……たぶん、なんじらは『神』と言うと、人間を思い浮かべていると思うのだ。

 

 ――でも、人間は神じゃないのだ。

 

 神はマナスであり、それ以上の存在はないのだ」


 ライコウとライムにとって、ラヴィの説明は難解なんかいで理解不能であった……。


 すると、ライムがおもむろに「よっこいしょ……」と立ち上がり――


 「まあ、まあ、難しい話はこれまでにして……」


 とラヴィの話の腰を折り――「ラヴィさん……貴方あなたはライコウ様にお願いがあるから、ウチにいらしたんじゃなくて?」とラヴィに早く自分の目的を告げるよう催促さいそくし、席を外した。


 「……ん? 何じゃ、お主――ワシに何か用があってたずねてきたのか?」


 ライコウは本の事などすっかりどうでも良くなり、ラヴィが自分に何の頼みがあるのか、興味がいた。


 すると、ラヴィは再び顔を赤くしてほおにかかる長い横髪をネジクリながら、モゴモゴとした小声を出す――


 「あの……その……汝に……ライコウ様に協力を……したくて」


 「――協力? 何のじゃ?」


 ライコウはテーブルに両手をつき、前のめりになってラヴィに顔を近づけた。


 「いっ――!? いや、その……『ハギト』を倒す……」


 ライコウに顔を近づけられたラヴィは、顔を真っ赤にしてうつむきながら答えた。

 すると、ライコウはドングリ眼をパチクリさせて、さらにラヴィに顔を近づけた……。


 「――なぬ!? それじゃ、お主はゼルナーなのか?」


 ライコウの言葉にラヴィは緊張した様子でコクリ、コクリと黙ったまま二回うなずいた……。


 すると――


 突然、ライコウはラヴィに思い切り抱き着いた!


 「あわぁ――!?」


 突然の出来事にアニマが爆発する程驚き、頓狂とんきょうな声を上げるラヴィ――。


 「いやー、ありがたい! 何せ、ずっと協力してくれる者を探していたが、ちっとも見つからずにあきらめようと思っていたところだったのじゃ!

 ゼルナーのお主がワシに協力してくれるなら、ワシはお主の望みを何でも聞いてやるぞ!」

 

 ライコウはラヴィにそんな約束をしたが、残念な事にラヴィはライコウの言葉を聞いてなかった……。

 ラヴィはライコウに抱き着かれた瞬間――中央処理装置が暴走してオーバーヒートを起こし、恍惚こうこつの表情を浮かべて「はわゎ……」と気を失っていたのであった……。


 ――


 ライコウはヒツジと定期的にデバイスで連絡を取り合っていた。

 ヒツジとイナ・フォグ、ミヨシの三人は、すでに『ミドハルの荒地』の中央まで戻っており、このままいけば『ナ・リディリ』まで一か月ちょっとで到着するだろうと思われた。


 ライコウは『ハギト』の討伐に協力してくれるゼルナーが見つかったと、喜んでヒツジに報告した。 ヒツジも「へぇー、良かったじゃない!」などと喜んでいたが、隣で二人の会話を聞いていたイナ・フォグは眉をひそませてライコウとヒツジとの会話に割って入り、根掘り葉掘りそのゼルナーの事をライコウに問いつめた……。


 ……名前や型名はとは違うものの、どうも様子のおかしいゼルナーに、イナ・フォグは「くれぐれも、用心するように」とライコウに告げ、ライムとミヨシの願いを安請やすうけ合いしてダカツの霧沼へと向かった事に後悔した。

 

 「――もう! 早く帰らないと! 私がいない間にア・フィアスがライコウに攻撃をしてくるとも限らないし……。

 

 どうも、心配だわ……」


 イナ・フォグはゼルナーの素性すじょうを心配しているだけではなかった。

 つい先日、イナ・フォグはヒツジから「バハドゥル・サルダールが『究極の破壊兵器』なる武器を開発したと各都市で話題になり、バハドゥルはその破壊兵器を使ってマルアハ『ハギト』を討伐すると鼻息荒くしているらしい……」という情報を聞いた。


 この世界では『核兵器』の開発、使用はマザーによってげんに禁じられている。 温厚なマザーといえど、核兵器の製造、使用を考えたゼルナーは、考えただけでも有無を言わせず処刑する。 その理由は、ショル・アボルとマルアハを駆逐して人間を再びこの世界に繁栄させるというマザーの目的の為であった。


 バハドゥルが開発したという兵器がどんな兵器なのかは不明であった。 だが、少なくとも核兵器ではない事は確かだ……。

 イナ・フォグは、バハドゥルが核兵器以外にハギトを消滅させるだけのエネルギーを持つ兵器をそう易々やすやすと開発出来るとは思えなかった。

 したがって、もし、バハドゥルがその『究極の破壊兵器』なる兵器でハギトを攻撃したとしても、ハギトを討伐する事は不可能であると予想し、逆にハギトを怒らせてバハドゥルだけでなくアイナにまで被害が及び、ライコウが戦火に巻き込まれやしないかと心配したのであった。

 

 ――


 イナ・フォグ達三人が戻ってくるまでの間――ライコウとラヴィは地上へ出て、ハギトの様子を遠くから観察し、行動パターンを調査していた。


 ラヴィはアイナから地上へ出るまでの間、決まって白衣を脱いでパーカー姿になり、ひたいにかけているゴーグルをつけ、首に着けているフェイスマスクを上げて顔をかくしていた。

 一見すると不審者のようであるが、アイナの街では上半身機械の体がむき出しの男が街を闊歩かっぽしていたり、外装が段ボール箱のようなロボット、全身入れ墨だらけの器械が怪しげな商品を売っていたりと、多様な外見の者達がそこら中にあふれていたので、特に目立つような恰好かっこうではなかった。


 「ところで、ラヴィよ……お主の着けているゴーグルみたいなモノは一体何の役に立つんじゃ?」


 ラヴィが着用しているゴーグルのような装備は、ウサギやソルテスも着用していたが、ライコウは特に二人からは何の目的で使用しているのか聞いていなかった。

 

 「これは、ワガハイが開発したもので『アイン・ネシェル』という装置なのだ」


 ラヴィは少しドヤ顔で胸を張って答えたが、ライコウはウサギから『アタシが開発した――』と聞いていた。 どちらの主張が正しいのか分からなかったが、ライコウは特に気にせずに、このゴーグルの機能を説明するラヴィの言葉に耳をかたむけた――。


 「アイン・ネシェルは、デバイスの機能を拡張させるモジュールなのだ。

 コイツを装着するとデバイスの索敵さくてき範囲が広がり、しかも、情報を他のデバイスと共有できるのだ――」

 

 アイン・ネシェルは半径50キロ以内というデバイスの索敵範囲を半径150キロ以内まで拡張させることが出来る優れた機能を持っていた。

 半径150キロ以内にショル・アボルやマルアハがいれば、その画像や動画を瞬時に転送する事が出来るので、次にどう行動するべきかの判断がし易い。

 ベトールなどの一部のマルアハは妨害電波を発生させているので、画像や動画を転送する事が出来ないが、ハギトには有効であったので今回の任務では非常に有難い装備であった。


 ……だが、索敵範囲が広がったというものの、ハギトの行動範囲である『オーメル草原』は東西4000キロの広大な平野である。 ライコウ達の理想は『壊れたとりで』の手前からデバイスを起動させて安全にハギトの様子を観察する事であった。 しかし、アイン・ネシェルを使用してもデバイスは150キロ圏内でなければ索敵不能であったので、縦横無尽じゅうおうむじんに草原を駆け巡るハギトを、砦に身を隠しながら偵察ていさつし続ける事は難しい。 したがって、ほとんどの場合、砦を越えてハギトに接近しなければならなかった。 


 このように、デバイスでは索敵可能範囲がどうしても狭くなり、マルアハに近づかなければならない為に危険がともなった。

 もちろん、偵察用ドローンや地上を這う小型偵察機などを使用するといった別の索敵手段も存在する。 しかし、偵察用ドローンでは暴風吹き荒れる上空での運用が非常に難しく、ベトールに見つかったら撃ち落とされてしまう事から実用的ではない。 陸上の小型偵察機もショル・アボルやマルアハにすぐに発見され、壊されてしまうので製造コストに見合う成果が得られない。 また、索敵レーダーもショル・アボルの探知には有効なものの、様々な電波を発しているマルアハに対しては探知が安定しなかった。

 結局、マルアハに近づかなければならないリスクを負うものの、マルアハを偵察する為にはデバイスを利用した方が確実なのである。


 ――とは言え、やはり、150キロ圏内までハギトに近づかなければ偵察が出来ないのは危険が高い……。 そこで、ラヴィはしばらく思い悩んだ末――「その調査方法では危険が高すぎるので、自分の能力を使ってハギトに近づいて、ハギトの映像を汝に転送するのだ」という提案をライコウにした。


 「――そんな事が出来るのか!?」


 ライコウは驚いてラヴィに聞くと、ラヴィは「……出来るのだ」と言った。 そして、突然ライコウの手を握り、ウルウルとした瞳をライコウに向けた――。


 「――でも、約束なのだ! この事は汝とワガハイだけの秘密にして欲しいのだ!」


 「えぇっ? 何でじゃ?」


 ライコウの問いに、ラヴィは俯いて「……実は、この能力は第三者にバレると使用した者が爆発してしまう制約があるのだ……」と悲しそうにつぶやいた。


 ――何故、第三者に自身の能力がバレると爆発するのか?

 ラヴィの説明にライコウは納得がいかなかった。 しかし、ラヴィが悲しそうな瞳でライコウに訴えるものだから、ライコウも(本当にそうなのかも知れん……)とラヴィの言葉を信じて、これ以上理由を聞かずに「うむ、分った。 約束しよう」と言って、ラヴィの頭をポンポンと叩いた。


 ラヴィは少し顔を赤らめて「うん……。 約束するのだ」と言って、フワフワと頭上に浮いている本に手を伸ばし、本を開いた――。


 「ぎ取る者……真の暗闇の中でうごめく者、全ての事象を覆うヴェールを剥ぎ取り、狂気たる真理をあらわにし、あらゆる物質を透過とうかせしめん……」


 ラヴィは本を開いてブツブツと呪文のような言葉を呟いた……。

 

 ――すると、ラヴィの周りの空気が渦を巻いて大きくゆがんだと思うと――


 ――ラヴィがその渦にグルグルと巻きこまれ……やがて、ラヴィの姿は歪んだ背景と同化して透明になった。


 「――うぇ!? 一体、どうなったんじゃ!?」


 ライコウが大声を張り上げて驚嘆すると、歪んだ背景に人差し指を立てたラヴィの姿が薄っすらと見えた。


 「――しぃ! 静かにするのだ……」


 ハギトは現在、二人から150キロ地点で昼寝をしていたが、念の為、ラヴィはハギトに警戒をしていた。


 「……し、しかし……。 もしかして、お主もフォグと同じマルアハなのか?」


 ライコウは声のトーンを押さえて、辺りを警戒しながらラヴィに聞く――。

 すると、ラヴィは「違うのだ……」と言って、理解不能な理由を述べた。


 「これは『神の子』の力を少し借りただけなのだ。 この間、ワガハイがなんじに言った通り、神とはマナスそのもの――そのマナスが生んだ神の子らの力を、この本は利用する事が出来るのだ」


 ライコウはラヴィの言葉に目が点になっている……。 だが、呆気にとられるライコウの様子に構わずラヴィは言葉を続けた。


 「……汝は理解が出来ないと思うけど、マルアハも元々は神の子が生んだ存在なのだ。 神の子たるメカシェファから生まれた存在――それが、マルアハの正体なのだ」


 ライコウはラヴィの説明を殆ど理解する事が出来なかったが、ラヴィがどうやらマナスの力を使える事は分かったので、もう一つ質問をぶつけてみた。


 「ふむ……正直、お主の説明にワシのアタマは理解が追い付けん……。 つまり、お主はマナス――いや、神の力を使役してフォグと同じように『スキル』とやらを使用できるのか?」


 「……ワガハイは神を使役するなど、そんな烏滸おこがましい事出来ないのだ。 神の存在を肯定こうていし、神の力を顕現けんげんさせただけに過ぎないのだ。


 神は普遍的ふへんてきに存在するものなのだ。

 しかし、普遍的に存在するものだからこそ、永久に存在しないのだ――


 ――汝らが神の存在を肯定しない限り」


 ラヴィの説明では、ラヴィはマルアハと違ってマナスの力を操っているのではなく、利用しているだけだそうだ……。

 したがって、変幻自在へんげんじざいに操ることは出来ず、もともとあるマナスの力から自分が都合の良い力を利用するだけに過ぎない――ラヴィの周りを浮遊している本の力を使って。


 ……ラヴィの表情は空間と同化してうかがい知る事が出来なかったが、ラヴィは何か恥ずかしそうにさらに言葉を続けようとしていた。 しかし――「……これ以上、話をすると……ライコウ様が……」と独り言を呟き、話をするのを途中で止めてしまった。


 ――ラヴィが何故、マナスの力を利用する事が出来るのか? 何故、マナスを『神』と呼ぶのか?


 そもそも、マナスという存在は一体何なのか――?


 ライコウは謎だらけではあったが、ライコウは細かい事を拘泥こうでいするような性格ではないので、ラヴィの説明を何となく受け流し、とにかく、ラヴィがイナ・フォグと同じく頼もしい能力を使用できる者であり、心強い仲間が加わった事に喜んだ。


 ……そして、この一件でライコウは自分が疑っていた事が間違いない事実だと確信した。


 (これでは、フォグにラヴィの事を詳しく話せないな……。

 まあ、フォグが帰ってくればバレる事だが……バレた時が恐ろしい……)


 ライコウはイナ・フォグの怒った顔を思い浮かべ、身をすくませた……。


 ――


 ラヴィは透明になってハギトのすぐそばまで近づき、ハギトの様子を観察していた。

 

 ハギトはオーメル草原の東端――監視塔かんしとうイルから700キロ手前まで来ており、そこで腹を出してゴロリと昼寝をしていた……。

 ハギトの周りには自身が付けた足跡がそこら中についており、その足跡のいくつかが光輝いていた。 光る足跡は、足跡を取り囲むようにヒト一人分くらいの大きさの円に囲われていて、その円は魔法陣のように青色の光を発していた。


 「ハギトの光る足跡は監視装置なのだ。 青色の光から特殊な電波を発生させて周囲10キロ程度までのあらゆるモノを監視しているのだ……」


 ラヴィはデバイスを通してハギトの能力をライコウに解説した。 ライコウはラヴィからはるか離れた砦の内側で待機していた。

 ラヴィの解説をライコウが「ふーん……」と気の無い返事をしていた時――


 ――突然、監視塔イルがある方角から、複数のミサイルがハギト目掛けて飛んで来た!


 「なっ、何じゃ!?」


 ミサイルはバハドゥルのゼルナー達がハギトを挑発する為に打ち込んだもので『ヒュー……』と風を切る音と共に地上へ着弾し――『ドカン!!』という大爆発と同時に黒いキノコ雲を立ち上らせた。

 それから立て続けに何発ものミサイルが発射され、ハギトの周囲に幾つか着弾し大爆発を起こす――。 ハギトはミサイルが着弾する度に吹き飛ばされて、えぐられた岩の破片や土煙つちけむりと共に宙を舞ったり、黒煙こくえんまみれて転がったりしていたが、力なく横たわっているだけで何の反応も見せなかった……。


 「スゴイ爆発じゃ!! もしかしたら、ハギトのヤツ――」


 ライコウはこれだけのミサイルを撃ち込まれれば、さすがにハギトも何かしらのダメージを負っているに違いないと思った。

 しかも、ミサイルで吹き飛ばされても力なく転がっているハギトを見ると、もしかしたら、すでに死んでいる可能性もあるかも知れないと期待した。


 「――いや、まだ、奴は寝てるのだ……」


 ライコウの期待に水を差すような事を口にするラヴィ。

 ライコウは「いや、いや、そんな訳ないじゃろ……」とデバイス越しからハギトを良く見ると――


 「――うぇ!? お主の言う通り、あ奴まだ寝ておるぞ!」


 と、ライコウが驚愕きょうがくの声を上げたように、ハギトは少し顔をしかめながらも、まだ眠っているようであった……。


 ライコウが唖然あぜんとしてハギトを見ている間にも、塔からボンボンとミサイルが飛んでくる――。 ハギトは先程寝ていた場所から10キロ近くも吹き飛ばされ、ようやく目が覚めた。

 ざんばら髪に丸い獣耳を付けている少女は、すすだらけの顔をして眠そうな眼をこすり、忌々いまいましそうにミサイルが飛んで来た方へと顔を向けた。


 「――んにゃ。 俺の眠りを邪魔するなど、万死ばんしあたいする!」


 ラヴィは体を透過させてハギトのすぐそばにいたが、ハギトはラヴィの目の前で東へ顔を向けて叫んでおり、ラヴィには全く気が付いていない様子であった。

 ハギトはひとしきり何か叫ぶと、光輝く翼をバサバサとはためかせてその場で宙に浮いた。


 「ラヴィ――! マズイぞ! ヤツは塔を攻撃するつもりじゃ!」


 ライコウは慌てて、監視塔イルに向かおうと壊れた砦からオーメル草原へと入ろうとする――。

 ところが、ラヴィは「ライコウ様――! 待つのだ!」とライコウを止め――


 「――バハドゥルの奴等は自業自得じごうじとくなのだ! あんな奴等は少しらしめた方が良いのだ。 ライコウ様が手を汚す必要はないのである!」


 と、このままハギトの様子を見るように主張した。


 「……し、しかし……」


 ライコウが躊躇ちゅうちょしている間――ハギトは空を飛びあがったと思うと、まるでロケットのように『ドカン!』という爆発音と共に監視塔イルに向かって飛んで行った!


 「――お、追わなければ!」


 ライコウは急いでハギトが飛んで行った監視塔イルへ向かう――。 とはいえ、監視塔までの距離はライコウのいる砦から1500キロ以上も離れている。


 「ライコウ様――! もう、間に合わないのだ! 汝が着くころには、もうバハドゥルの連中は壊滅しているのだ!」


 ラヴィはバハドゥルのゼルナー達が、ハギトに勝利する可能性は微塵みじんも無いと確信していた。

 

 「だからと言って、放っておけないだろ!」


 ライコウは砦を越え、疾風しっぷうのように草原を駆けだした――。


 「――待っ、待つのだ! このまま汝とワガハイがハギトと戦ってもゼッタイ勝てないのだ!


 二人そろって犬死するつもりなのか!?」


 ラヴィの叫び声がする空間に本がめぐり、空中でピタリと止まったかと思うと、薄っすらとラヴィの手が本をパラパラとめくる様子が見えた。


 「暗黒のもの……闇よりも暗き漆黒しっこくの結晶たる汝。 時空をめぐるその大いなる血をもって全てを覆い隠さん……」


 ラヴィが謎の言葉を呟くと――今しがた草原を掛けていたライコウの周りが突然暗くなり、ライコウは慌てて立ち止まった!


 「なっ、何じゃ! これは……!?」


 ライコウは暗黒の霧に包まれ、まるで方向感覚も分からなくなった……。

 全く別の空間に飛ばされたように感じ、その感覚はイナ・フォグの『マスティール・エト・エメット』で異空間に飛ばされた時の感覚と良く似ていた……。


 「ライコウ様! バハドゥルの連中が勝手にハギトを挑発して、ハギトの怒りを買っただけなのだ!  そんな奴等の為に汝を犠牲にする訳にはいかないのだ!


 それに――


 あの、アラトロンのヤツが許さないのだ……」


 「フォグ――!」


 闇の中からラヴィの声が響き、ラヴィの言葉にライコウはイナ・フォグの顔を目に浮かべた。

 

 「ハギトは……悔しいけどアラトロンの力無くしては倒せないのだ……。

 だから、アラトロンが戻るまで辛抱するしかないのだ……」


 ラヴィの言葉にライコウは冷静さを取り戻し、その場で座り込んだ……。


 「……クソッ! 悔しいが、ラヴィ……お前の言う通りだ。 俺達ではハギトには勝てん!」


 ライコウはこのままバハドゥルの連中を助けようとハギトに戦いを挑んでも、勝てる可能性など無い事は分かっていた。 ましてや、ハギトの行動もまだ把握出来ていない。

 ラヴィの言う通り、このままバハドゥルのゼルナー達がハギトに破壊される様を傍観ぼうかんしているしかないのだ……。


 「クソッ、クソッ――!!」


 ライコウは暗闇の中で地面を叩き、悔しがった。


 ――暗闇は徐々に薄くなり、草原の上に座り込むライコウの姿が見えて来た。

 ラヴィは透明の体をすっかり元の体に戻しており、ライコウの様子を悲し気な瞳で見つめていた……。


 ――


 あっという間に監視塔イルの付近まで到着したハギトは、ベトールがやって来る事を嫌がったのか、塔の手前で地上へと降り、四本足でケモノのように駆け出し、矢のような速さで一直線に塔へ向かった。


 監視塔イルは高さが150メートル以上ある巨大な建造物であった。

 もともと、300メートルをゆうに超える塔であったが、ベトールによって壊されて、当時の半分くらいの高さになってしまった。

 特殊な金属で造られた円筒状の塔は三十層に及ぶ階層で構成されており、三層目からは各層にバルコニーのような露台ろだいが突き出ており、露台には外へ向けた砲台と、ミサイルを発射させるコンテナが設置されていた。

 塔の外壁には大型の機銃が外壁を囲むように幾つも設置されており、塔に近づくショル・アボルがいれば、自動的に機銃が掃射そうしゃされてショル・アボルを破壊する。

 各層の露台に設置されている巨大なコンテナは、塔の中にいるバハドゥルのゼルナーが手動でミサイルを装填そうてんし、外へ向けて発射するものであった。

 ミサイルは全長3メートルほどの小型の弾道ミサイルで、暴風吹き荒れる上空を数メートルの誤差なく1000キロまでの射程しゃていで飛ばす事が出来る高性能なミサイルであった。

 このミサイルはベトールに撃ち落とされる事がしばしばあったが、ベトールは自分を標的にしたミサイルでなければ放っておくことも少なくなかったので、周囲のショル・アボルをせん滅させる為に使用される事が多かった。


 そして、さらに上層へ行くと、外へ向けられた砲台が最新鋭のレーザー砲となっていた。

 これは、ベトールが襲撃して来た時に応戦する為のものであり、つい最近バハドゥルで開発された『スペクトル・エクスィティ』と呼ばれる七色の光を放つレーザー砲であった。

 

 このレーザー砲こそ、バハドゥルのゼルナー達がハギトにちょっかいを出した原因であった。


 ――それは先日、ベトールが監視塔イルを襲撃しようとした時に、このスペクトル・エクシィティという兵器を嫌って監視塔イルの襲撃を諦めて引き返した事に起因した。

 ベトールにしてみれば『暇つぶしに塔を襲撃しようとしたものの、訳の分からない七色の光を出すレーザーに当たるのが何となく気持ちが悪いので、また気分が良くなった時にでも襲えば良いか』程度の考えで襲撃を止めて引き返しただけだったのだが、バハドゥルのゼルナー達は、ベトールがあたかもこの兵器を恐れてシッポを巻いて逃げ出した勘違いして、大いなる自信をつけた。


 「すでに我々はマルアハを凌駕するほどの戦力を手に入れた!」


 バハドゥルは各都市に偉そうな宣言をし、バハドゥル達の宿敵であるマルアハ『ファレグ』と戦う前にハギトを討伐して、全世界にバハドゥルの栄光をとどろかせようと息巻いた――。


 ――ハギトが空を飛び一直線に監視塔イルに向かっている時、バハドゥルのゼルナー達は満を持してスペクトル・エクスィティをハギトへ向けて発射した――。

 七色のレーザー光線が『ドン、ドドン――!!』と連続してハギトに命中し、バハドゥルのゼルナーは歓喜かんきに満ちた気勢を上げる――


 ……ところが、白い煙の中から出て来たハギトは全くの無傷であり、むしろ、先ほどのミサイルでの攻撃の方が、ハギトの顔をすすけさせる程度には有効であったと思わせた……。


 上層階で気勢を上げていた鎧姿のゼルナー達は、一同信じられないような顔をして呆然ぼうぜんと口を開けるしかなく、そんな間抜けなゼルナー達をよそにハギトはみるみる監視塔へと迫って来た……。


 ――塔の外壁に設置されている機銃から四方八方に掃射される銃弾や大砲からの砲撃を避けようともせず、一直線に監視塔の城門へと向かってくるハギト――。

 その小さな体の頭上には、天使の輪を取り囲むように光輝く数本の剣が浮遊しており、剣から放つまばゆいレーザーで銃弾を迎撃げいげきしながら監視塔を攻撃して来た。

 ハギトの頭上を浮遊する剣から出るレーザーの威力はすさまじく、金属で覆われた外壁をまるで石壁のように破壊した。

 

 いよいよ、監視塔の内部が騒がしくなり、監視塔からは大きな警報がけたたましく鳴り響いてきた――。

 すると、塔の外壁がまるで鏡のような銀色の金属に変化し始めた……。

 これは『エスペクラリア』というコーティング剤で、ハーブリムの器械『ウサギ』が開発したものであった。 鏡のようなコーティングを物体に塗布してレーザーを反射するもので、戦車や建物など様々な物に利用されおり、レーザーを防ぐ為には無くてはならない兵器であった。


 エスペクラリアでコーティングされた外壁は、ハギトのレーザーを反射し始めた――。

 ハギトは自身の放ったレーザーを避けながら「にゃにぉ、ガラクタ共が猪口才なマネを――!」と叫びながら、お構いなしにレーザーを照射しながらそのまま城門へと突進してきた。


 ――ついに、城門へ辿り着いたハギトは、そのまま城門を突き破るかと思いきや――地上に幾つかの光輝く足跡を残し、その脇の城壁をあっという間に駆け上がった!

 城門の裏でハギトを迎え撃とうと待機していたバハドゥルのゼルナー達は、ハギトの行動に面食めんくらい、慌ててハギトを追おうと上層へゼルナー達を向かわせた。


 監視塔イルに待機していたバハドゥルのゼルナーはおよそ500名――ゼルナーだけでなく一般の器械や作業機械を含めると、1300名ほどが監視塔イルの中にいた。

 

 150メートル以上ある監視塔の最上階まであっという間に上ったハギトは、露台に設置されていたポンコツ兵器を蹴散らしてそのまま中へと侵入し、最上層にいた器械達を次々と食い殺した――!


 狭い塔の中で動きの素早いハギトを迎え撃つ事は悪手であり、ハギトと戦うのであれば塔の外で戦うべきであった。

 もちろん、バハドゥルのゼルナー達も塔の外で戦おうと、事前に戦略をってはいた。 だが、その戦略というのは――『スペクトル・エクスィティ』でハギトを撃ち落とし、ミサイルや大砲で一気に畳みかけよう――という単純な戦略であった。


 バハドゥルのゼルナー達は、そもそも、ベトールが逃げたからという理由だけで、七色のレーザーの威力を過信していた事が誤りである事を気づかなかった。 マルアハに対して間違いなく効果があるのかどうかの検証もおろそかにし、レーザーがマルアハに効かなかった場合の対応策すら考えていなかったのである……。


 個体の性能が他都市のゼルナー達より高いだけの烏合うごうしゅう――これが、バハドゥルのゼルナー達の正体であった。

 

 「――ガラクタ共はショル・アボルと遊んでいれば、良いんにゃ!」


 ハギトは途中で食い殺したゼルナーの腕をペッと吐き出して、目の前にいるゼルナーの背中を爪で引き裂いた。

 まるで布のように切り裂かれたゼルナーは悲鳴を上げる間もなく、おびただしいオイルや燃料をき散らしながら爆発した――。

 

 上層からモクモクと黒い煙が立ち上り、城門の前にいるバハドゥルの兵士達の指揮官とおぼしきゼルナーが青い顔をして、偉そうに王様のようなカイゼルひげを震わせながら大声で叫ぶ――


 「――クソー! お前ら、撤退だ! 撤退!

 こんな戦略を考えたヤツは一体誰だ!


 お前ら全員、処罰は覚悟してるんだろうな――!?」


 護衛ごえいのゼルナーに囲まれているカイゼル髭は、怒鳴どなり散らしながら護衛たちの頭を順番にポカリ、ポカリと殴った。

 

 (テメェが考えた戦略だろうが……ボケ!)


 頭を抱えながら護衛のゼルナーの内の一人がココロの中でカイゼル髭を罵倒した……。


 そんな茶番ちゃばんが一階で行われている間――上層階はハギトによって破壊され、すでに500名以上いたゼルナー達は200名足らずになっていた。

 ゼルナー達は他の器械や作業用機械を囮にして、我先へと下層階へと逃げだしていた――。

 哀れなことに、逃げ遅れた一般の器械はハギトに向かって助けを求めて懇願こんがんするが、ハギトはそんな器械達の命乞いのちごいなど耳を貸さず、無慈悲むじひにも次々と爪で切り裂いて回った。

 アニマが無く、感情が無い作業用機械はハギトを目の前にしても命乞いすら出来ず、いつものように給仕きゅうじをしようと壊れた床を動き回っていた。 ハギトはそんな機械すら、目障りな障害物として破壊せしめたのであった……。


 ――


 「……クッ、クソ!! もう、我慢ならん!!」


 その様子をラヴィから送信された映像で確認していたライコウは激昂げきこうした――。


 ライコウは居ても立ってもいられなくなり、ラヴィの制止を振り切り再び監視塔イルへと向かった。


 「――ラヴィ! 俺を止めるなら、もうお前とはお別れだ!」


 ラヴィは再び能力を使用してライコウを止めようとしたが、ライコウの言葉でラヴィは能力を使用する事を躊躇ちゅうちょした――。


 「うぅ……ライコウ様、行っちゃダメなのだ!」


 (もし、このままライコウがハギトと戦えば、間違いなくライコウは破壊されてしまう……。

 いっそのこと、アラトロンに全速力で戻って来るよう伝えるか――?)


 ラヴィが頭を抱えて悩んでいたその時――


 監視塔イルから爆発音が聞こえ、塔の上階から次々と破壊された器械の残骸が落ちてきた……。

 そして、一階の城門の前には数体の金色に輝く鎧をまとった巨大なオオカミのような獣が城門の扉を破壊して、一階まで逃げて来たゼルナー達に襲い掛かっていた!


 「ひぃぃ――! お前ら、俺を護れぇぇ――!!」


 カイゼル髭のゼルナーは立派な髭をチリチリに焼け焦がし、必死の形相ぎょうそうで周りのゼルナー達に命令した……しかし、ゼルナー達はすでに巨大なオオカミに頭を食いちぎられ、体を引き裂かれて全滅してしまっていた……。


 「――にゃっはっ、はっ、はっ! 愚かなガラクタめが!」


 カイゼル髭のゼルナーが笑い声のする方へ顔を向けると――そこには、腕を組んだ褐色かっしょくの少女――ハギトが立っていた。

 すでに、ハギトは塔の全ての器械を壊し尽くし、オイルと燃料の返り血を浴びて口から見える牙をむき出しにして笑みを浮かべ、この最後のゼルナーに襲い掛かろうとしていた。

 

 ゆっくりとこちらへ近づいて来るハギトに、腰を抜かしてジリジリと後ずさりするカイゼル髭……ところが『ドン……』と背中に柱のようなモノが当たり、後退を阻まれた――。

 恐る恐る、後ろを振り返るカイゼル髭……。


 すると、カイゼル髭の怯え切った瞳に、巨大なオオカミがまさに自身の頭を食いちぎろうと大口を開けている姿が映し出された――


 「ひっ――!」


 ……


 「――にゃんだ、お前ら! 俺が食おうとしてたのに!」


 金色の鎧を纏う巨大なオオカミは、カイゼル髭の欠片も残さずにあっという間に食い尽くしてしまった……。

 美味そうに舌を出して主人を見るオオカミに、ハギトはあきれた様子を見せて仕方なさそうに腕を組みながら、腰から伸びるシッポをムチのようにしならせて、床をペシンと叩いた。

 

 すると、オオカミ達の足元に青白い光が広がり、オオカミ達はそのまま青白い光に吸い込まれ、忽然こつぜんと消えてしまった……。


 こうして、ハギトは監視塔イルの全てのゼルナーを破壊した後、満足顔でパタパタと翼を広げ、ベトールに見つからないよう低空で空を飛んだ。


 ――ハギトが空を飛んでいると、地上を駆けるライコウの姿が目に入った。


 「にゃんだ、あのガラクタは……? まあ、もうハラ一杯だし、メンドクサイから見逃してやるか……」


 マルアハは皆、面倒くさがり屋である。 ハギトは腹が満たされて眠くなっていたので、ライコウが塔に向かって走っている姿を目撃したものの、そのまま無視して縄張なわばりへと戻って行った。


 ――


 ライコウは破壊された監視塔イルの目の前で立ちすくんでいた……。

 500名いた屈強なゼルナー達があっと言う間にハギトに食い尽くされ、さらにゼルナーでは無い一般の器械達も皆破壊されてしまった……。


 ライコウがひざをついて呆然ぼうぜんとしていると、ライコウの後を追ってきたラヴィが悲しそうな瞳でライコウの背中を見守っていた。

 

 「ラヴィ……俺達はマルアハには勝てんのだな……」


 「うん……。 ワガハイ達だけでは勝てないのだ……。 皆の力とアラトロンの力なくしては……」


 (それと、ライコウ様――


 汝の記憶を取り戻さなければ……)


 ラヴィはライコウの過去を知っていた。

 ライコウの過去はヒツジとマザーしか知らないはずだが、ラヴィも何故かライコウの過去を知っていたのだ。


 ライコウには自分も知らない秘密があった。


 それは、この世界でラヴィとヒツジ、そしてマザーしか知らない秘密であり、その秘密はライコウが行きたがっている『トコヨ』に隠されていたのであった。


 ――


 ライコウとラヴィは塔の中で生存者を探し続けていた……。

 殆どの器械はハギトが爪で一振り切り裂いただけで、爆発を起こしてみじんになり、鉄の欠片しか残っていなかった。 かろうじて原型をとどめていた器械も所々ハギトに食われた形跡があり、見るにえない凄惨せいさんな様子で破壊されていた。

 

 ライコウは塔の上まで生存者を探して歩き回ったが、途中から天井が崩壊して進むことが出来なくなり、途方に暮れていた。

 

 「結局、誰一人救えないのか……」


 ライコウが項垂うなだれている様子を、後ろから悲しげな様子で見つめているラヴィ――ピンク色の瞳はうっすらと濡れているように見えた。

 

 「ライコウ様……もう……」


 ラヴィは、これ以上生存者を探しても無駄だと思い、ハギトが再びやって来る前にアイナへ戻ろうとライコウに声を掛けた。

 

 「……そうだな。 ラヴィ、済まなかった。 ハギトが来る前に帰ろう――」


 ライコウは後ろ髪を引かれる思いで、後ろを振り返りラヴィを見た――


 すると――


 (……タスケテ……)


 おびただしいゼルナー達の残骸の中から、ライコウの耳に助けを求める声が聞こえた。

 

 「――!? 誰だっ!? まだ生きているヤツがいるのか!?」


 ラヴィの耳には何も聞こえないが、ライコウは確かに助けを呼び続ける声が聞こえていた。


 「この上だ――!」


 ライコウはきびすを返して、脇目わきめも振らずに崩壊した天井の瓦礫がれきを飛び越えて、上へと急ぐ――。 ラヴィも慌ててライコウの後を追った。

 ラヴィがライコウの後を追って上へあがると、多くの作業用機械――アニマが無く、意志を持たないロボット達の残骸が散らばっていた。


 「……ここにいる者は皆、作業用機械なのだ……」


 意思も感情も無い作業用機械が助けを呼ぶはずはない――。

 ラヴィはライコウが聞いた声は空耳に違いないと、ライコウの肩を後ろから叩き、下へ降りるようにうながそうとした――


 その時――


 (……タスケテ)


 その声は、ラヴィの耳にもはっきりと聞こえた。


 「――何処どこにいるのだ!?」


 ラヴィは声のする方向をデバイスで探索するも、デバイスには生存者がいるという表示はされなかった。

 それでも、確かに助けを求める声はライコウとラヴィの耳に響いて来ていた。


 (……タスケテ……)


 か細い声で助けを求める声は、瓦礫の下から聞こえて来ていた……。


 「この下か――?」


 二人は急いで瓦礫をどかす――すると、瓦礫の下からほこりまみれた人形が姿を現した……。

 その人形は赤い花柄の着物を着ている、黒いおかっぱ頭の人形であった。

 可哀そうに手足がもげており、髪の毛は器械達の爆発によってちぢれてしまっていた……。

 感情の無い黒い瞳は二人の姿をジッと見据えていた。 だが、気のせいか、一瞬、目を細めて微笑んだかのように見えた。


 ――ライコウは人形を優しく抱き上げて、ゆっくりと頭を撫でる――


 「もう、大丈夫だ。 よく頑張ったな……」


 意思も感情も無い人形に、ライコウが微笑みかけた。


 ……


 『アリガトウ……』


 人形は二人に感謝の言葉を残し、それきり言葉を発しなくなった……。


 「……これはトコヨで造られた『市松』と呼ばれている人形なのだ。

 どういう経緯でこの塔へ持ち込まれたのか分からないけど、たぶん誰かがこの人形を愛玩あいがん人形として持ってきたんだと思うのだ……」


 ラヴィは、この人形の所有者は、さびしさを紛らわす為に人形を持ってきたのだろうと推測した。 だが、デバイスで人形を調べてみても『詳細不明……』としか表示されず所有者が誰なのか見当もつかなかった。

 

 「しかし、先ほどの声は空耳だと思うのだ……。 まさか、アニマも無い人形が言葉を発するなんて……」


 ラヴィが腕を組んで難しい顔をしていると――


 「――いや、空耳じゃないさ」


 と、ライコウがラヴィの言葉を否定した。


 「きっと、この子にはココロがあるんだ。


 俺達と同じココロが……」


 「ココロ――?」

 

 ラヴィはライコウの言葉に戸惑とまどいの表情を見せた。


 ――ココロとはすなわち、感情である――


 感情が無い人形にココロなどあるはずも無い……。

 だが、ライコウが呟いた次の言葉にラヴィは胸のあたりが少し熱くなったように感じた。


 「感情が無くても、言葉が話せなくても――


 ――どんな物にもココロがあると思う。


 それは、ラヴィ、君がさっき俺に言った神様の話と同じように――


 ココロがあると信じる事が出来れば、どんな物にもココロが宿るはずだと――


 俺は思うからだ」


 ライコウは顔を上げてラヴィの瞳を見た。

 ラヴィは顔を赤らめ、ライコウの言葉に同意した。


 「うん……。 ライコウ様の言う通りなのである。

 ワガハイが間違っていたのだ……」


 ライコウはラヴィの素直な言葉にニッコリと微笑んで「――うむ。 それじゃ、この子は持って帰ってライムに修理してもらうとするかのぅ!」といつもの調子に戻った。


 ――


 ハギトが『監視塔イル』を壊滅させてから一夜明けたバハドゥルでは、ゼルナー達の責任のなすり合いが勃発ぼっぱつしていた。

 ゼルナー達は誰も責任を取ろうとせずに、ハギトに破壊されたカイゼルひげのゼルナーが『独断』でハギトを挑発したとして、全ての罪を髭になすりつけてマザーに報告した。 マザーはもちろん今回の件の一部始終を知ってはいたが、この期に及んで「器械達の自主性が……云々うんぬん」などと言って、全ての事後処理をゼルナー達に任せた。

 

 ――そんなバハドゥルの混乱ぶりはアイナにもれ伝わってきており、バハドゥルの者達を少なからず憎んでいたアイナの市民達は、バハドゥルのゼルナーに会えば神妙しんみょうな顔をしてお悔やみを述べるものの、ゼルナーが背中を向けた途端とたんに隣の仲間達と顔を見合わせ、ふくわらいを浮かべてゼルナーをあざけっていた。

 子供型の器械などは、用も無いのにバハドゥルの市民達が住む高層エリアの前をウロウロして、隙あれば透明な防壁に『バカ』だの『アホ』だの落書きをしたり、カイゼル髭のゼルナーの偉そうな肖像画しょうぞうがを貼りつけて、その肖像画に落書きをしたりと、バハドゥルの市民達を小馬鹿にするような悪戯いたずらを繰り返し、日ごろの鬱憤うっぷんを晴らしていたのであった。


 ――


 監視塔イルが壊滅的な被害を受けた事は残念であったが、そのおかけでハギトの攻撃方法がいくつか判明した。


 まず、鋼鉄の外壁も軽々と上り、ゼルナーの鎧ごと切り裂く爪による攻撃――


 そして、光り輝く剣を周囲に展開し、剣からレーザーを放出する攻撃――


 最後に、何処からともなく出現した、身の丈10メートルはあろうかという巨大なオオカミのような怪物による攻撃――


 今のところその三種がハギトの使用した攻撃方法であり、最低でもこれらの対策を取らなければ討伐する事は不可能だろう。


 だが、ライコウはハギトが翼を使って飛び回る事に、最も脅威を感じていた。

 

 「……その前に、まずはとんでもない速さで飛び回るあの翼を何とかしなけりゃならんのぅ……

 夜……夜でなければハギトと戦う事はできん。

 だまちをしようが、不意打ふいうちをしようが、何よりも先に翼をもぎ取らなければ……」


 ライコウは掘りごたつのヒーターに足を当てながら、空になった湯呑ゆのみをテーブルに置いて頭をいて悩んでいた。

 向かいにはライムが座っていたが、ラヴィは居間にはおらず隣の部屋で何かの作業をしているようだった。

 

 ――ハギトは広大なオーメル草原の至るところに出没し、ラヴィの能力とデバイスの機能を組み合わせて探さなければ簡単には見つからない。

 ましてや、しばしば空を飛び、ベトールを警戒してあまり長時間は飛ばないものの、気が付けば遥か数百キロまで飛んで行ってしまっていたという事もザラにあった。


 ところが、ここ二週間の調査によって、夜になるとハギトは特定の場所に移動してその場所を必ず寝床ねどことして利用する事が分かった。


 ハギトの寝床は、壊れた砦から北に500キロ程度進んだ場所にあるオアシスであった。

 オアシスの周辺では1メートル以上の草が生い茂っており、ハギトは毎晩その草の中に身を隠して眠っていたのだ。

 ライコウはイナ・フォグから「私は夜の方が力を発揮しやすい」と聞かされていた。

 したがって、ハギトとの戦いは、イナ・フォグの力が最大限発揮できて、しかも、ハギトを確実に捕捉ほそくする事が出来る夜間がベストであった。


 ハギトとの戦闘は夜間に行うという事は確定した。


 あとはどういう作戦を立てるか……。 これは、イナ・フォグとヒツジが戻って来なければ立てようがなかったので、ライコウは引き続きハギトの様子を観察しなら、イナ・フォグ達の帰りを待つことにした。

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