第9話 霧散した記憶

 「――ライコウ! 早く、ヒツジのそばへ――!!

 コイツは私に任せて!」


 イナ・フォグは呆然ぼうぜんとしているライコウに向かって叫び、両手に持ったかまを握りしめた。

 

 ――その鎌の外見は異様であった。

 真っ黒い大蛇だいじゃが鎌のとなっており、大蛇の口からは人間の腕のような気味悪い骨が吐き出されていた。 その太くおぞましい腕の先――白骨の手は三日月型の鋭利なやいばを握りしめている。

 その刃は燃えたぎるような深紅しんくに染まっており、切り裂かれたら鉄まで焼き尽くすのではないかと思えるほど禍々まがまがしい熱を帯びていた――。


 イナ・フォグが対峙たいじしているベトールは、イナ・フォグが駆けつけた事に面食らっているようであった。

 ベトールの体は常に蒼緑そうりょくの風をまとっていた。

 先ほどまでは竜巻のような暴風を引き起こしていたので、姿形がはっきり見えなかったが、今は風が落ち着いており、ベトールの様態をはっきり視認する事が出来た。


 ――彼女は翡翠色ひすいいろをした龍の頭をかたどった兜をかぶっていた。

 深く被った兜からはその素顔を見る事が出来ず、カールのかかった桜色の髪が風に吹かれて踊り、頭上にはエメラルド色に輝く天使の輪が、暴風に動ずることなくフワフワと浮いている。

 兜と同じく翡翠色ひすいいろをした硬度の高そうな鎧は、胸のあたり深緑しんりょくの葉の紋様もんようのレリーフが刻まれており、さながら空を悠然ゆうぜんと駆ける端麗たんれいなる竜騎士といった出で立ちである。


 だが、足元を見るとやはりただの騎士ではない。


 しなやかな細い上半身とは打って変わって、大鷹おおたかのような茶色い羽に覆われた強靭きょうじんな脚に鋭利な爪を立てている下半身が彼女を人外じんがいたらしめている。

 そして、羽ばたかせている翼は極彩色ごくさいしきのクジャクのような翼であった――。


 「イナ・フォグ……久しぶりだな」


 イナ・フォグが目の前に現れて、一瞬面食らったベトールであったが、すぐに落ち着きを取り戻し、イナ・フォグの脳内に声を響かせる。

 恐らく、口から声を響かせても周囲を渦巻く風によってき消されてしまうからだろう……。


 イナ・フォグはベトールの呼びかけに答える事なく、背丈の倍はあろうかという鎌を振り上げ、八重歯を出した赤い唇をキュッと噛みしめてベトールをにらみつけた。


 「バット・コル……」


 イナ・フォグがつぶやくと、その瞬間、ベトールの頭の中からおだやかな鐘の音が響き渡り、ベトールが思わず耳をふさごうとした――


 ――その時――


 一瞬でベトールの間合いにイナ・フォグが現れた! ――と同時に、禍々まがまがしい鎌をベトールめがけて閃電せんでんと振り下ろす――!


 「グッ――!!」


 避ける間もなく、灼熱しゃくねつの鎌でその体を切り裂かれるベトール――。


 『シュー……』という煙と共にエメラルドのような鎧をいとも簡単に切り裂いた赤黒い刃……。 ベトールは胸を抑えて苦悶くもんの表情を浮かべ、すぐにイナ・フォグと距離を取った。


 だが、イナ・フォグは間髪入れずにベトールを追う――


 「クソッ! 調子に乗るなっ――!!」


 ベトールが眼前めのまえせまるイナ・フォグ目掛めがけて手に持った長剣を四方八方に乱舞させると、空気を切り裂く無数の真空波しんくうはとなりイナ・フォグを襲う――。


 『キン、キン、キン――!』


 発止はっしと金属音を鳴り響かせて、イナ・フォグが驚異的な速さで鎌を振り、全ての攻撃をさばく!


 「――バット・コル!」


 イナ・フォグが叫ぶと、再びベトールの脳内に鐘の音が響く!


 「なっ!? また――!?」


 ベトールは両手をクロスさせて、胴への攻撃に備えるが――目の前に現れたイナ・フォグは、ベトールの顔面に強烈な拳を打ち込んだ!


 「ガァァ――!!」


 我を忘れて、怒りの咆哮ほうこうを上げるベトール。

 そのまま、当てずっぽうに長剣を振り回すが、すでにその場にイナ・フォグはおらず、はるか後方へと下がって、鎌を構えていた……。


 「……ぐぅぅ!! 貴様きさまっ! 何故、沼地から出て来た!」


 ベトールのあまりの激昂げきこうぶりに周囲一帯の強風が渦となり、海を吸い上げ上空へ竜巻の柱をつくる。


 「……気分転換よ」


 イナ・フォグは鎌を構えたままました声がベトールの脳内に響いて来た。


 「何を――!? 100年もの間、あの沼地の中でくすぶっていた貴様が――!」


 ベトールの叫びなど、イナ・フォグは全く聞いておらず――


 「シェム・ハ・メフォラス……」


 と呟くと、再び一方的にベトールに言葉を投げた。


 「スカイ・ハイ、アナタとは今戦う時ではないわ……」


 イナ・フォグの言葉にベトールは少し落ち着きを取り戻し「何――?」と言ったまま剣をおさめた。


 「相変わらず自分勝手な奴だ……。 貴様から我に戦いを挑んできたクセに何を言うか!」


 ベトールは高圧的な態度でイナ・フォグを詰る。


 「アナタがライコウに攻撃してきたからでしょ? 先に攻撃をして来たのはアナタ……」


 イナ・フォグはベトールの高圧的な様子にも泰然たいぜんとした様子で、鎌をクルリと回した。


 「……ライコウ? ああ、先ほど無礼ぶれいにも我が領空内に立ち入ったあのガラクタか……」


 ベトールは挑発的な言葉を吐いて、地上を見下ろした。 ベトールの視線の先には、破壊された橋が見える。 そして、丘の下にはライコウとヒツジが上空の様子をうかがっている姿が見えた。


 ――


 ライコウはイナ・フォグが助けに来てくれたおかげで命拾いした。

 イナ・フォグの叫びですぐにヒツジのそばへと駆け寄り、ヒツジと共に丘の下で隠れてイナ・フォグとベトールの戦いを見守っていた。


 (……なっ、何なんだ? まるで次元が違うじゃないか……!)


 進む事すら難しい強風をものともせず、縦横無尽じゅうおうむじんに空を飛びまわり、巨大な鎌を自由自在に振り回すイナ・フォグ。 そして、ベトールの繰り出した全てを切り裂くような真空波を、まるで手で払うかのような鎌捌かまさばきではじき飛ばす――。

 

 (俺と戦った時、フォグは自分の力の半分も出していなかった……というのか?)


 イナ・フォグの驚異的な力を目の当たりにしたライコウはそう確信した。

 確かにイナ・フォグはライコウと戦った時は力の半分も出していなかった。 それは、ライコウとヒツジを破壊する事が目的ではなかったからだ。


 ライコウの驚愕きょうがくした横顔をヒツジが心配そうに見つめる――。


 (リターがマルアハを倒すためにフォグを仲間にするように言っていた理由が分かったよ……。 ボク達だけじゃ、マルアハにはゼッタイ勝てないんだ……)


 ヒツジはライコウがこの戦いを目の当たりにして自信を無くしてしまわないか心配した。

 だが、ライコウはヒツジの心配をよそに、ヒツジに向かって前向きな言葉を掛けた。


 「――ヒツジ! ワシはフォグと一緒なら、必ず夢をかなえる事が出来る!

 フォグがいれば、マルアハにも勝てるんじゃ!

 

 ――フォグ、スゴイぞ!」


 ライコウは全く落ち込んだりしておらず、かえってイナ・フォグの強さを目の当たりにして、イナ・フォグと一緒なら自分の夢を実現できるはずだと自信を付けた。

 ヒツジはそんなライコウに安心した様子で緑色の目を光らせたが――内心、もあった。


 ――二人がイナ・フォグの様子を見守っている中、二人の背後にはモコモコと土が盛り上がり地上にいる巨大な何かがうごめいている様子が見えた……。

 

 ――


 「フン! あんなガラクタ共を気にするとは、貴様も100年の間に随分ずいぶんと変わったものよ……」


 ベトールはイナ・フォグを嘲笑ちょうしょうするように「ククク……」と含み笑いをらした。


 「まぁ、今回は貴様の変化に免じて見逃してやろう……」


 そう言ってベトールは強がるものの、先ほどのイナ・フォグの鎌の一撃で体を覆っていた鎧は袈裟切けさぎりにされ、あらわになった胸の谷間からあおい風がヒューヒューと漏れていた。

 内心、ベトールもこれ以上イナ・フォグと戦う事を避けたかったのである。


 ――だが、ベトールはイナ・フォグに自分のプライドを傷つけられた。

 

 結局、ベトールの攻撃は全てかわされて、一方的にイナ・フォグに攻撃されただけである……。


 ベトールの申し出にイナ・フォグは「ふぅ……。 相変わらずね……」とベトールの高慢こうまんな言動にあきれた様子を見せ。 鎌をグルリと回して、刃を下に向けた――


 ――その瞬間をベトールは見逃さなかった!


 ベトールはイナ・フォグが鎌を下に向けた瞬間を見逃さず、地上のライコウとヒツジ目掛けて急降下した!


 「ハハハ――! 貴様にやられっぱなしでは腹の虫がおさまらん!

土産みやげにアイツ等を食い殺してやる!」


 イナ・フォグはあわてた様子でベトールの後を追う――。


 「ライコウ、ヒツジ――逃げて!!」


 だが、二人がベトールに気付いた時にはすでにベトールは『ドカン!』という爆発音と共に小隕石が落下したかのような衝撃で地上に降り立ち、青く光る唇を持ち上げてニヤリと笑った。

 

 「ヒツジ――!!」


 ライコウはベトールが地上へ降り立った瞬間――咄嗟とっさにヒツジを突き倒し、ベトールの狙いを自分に向けさせた。


 「――ライコウ!!」


 ヒツジはライコウに突き飛ばされて、転がりながらライコウに向かって悲痛な叫びを上げる――その間すでにベトールはライコウの目の前に迫り、長剣をライコウの体目掛けて抜きつけようとしていた!


 『ゴゴゴゴゴ……』


 「――何!?」


 ――突然大きな地鳴じなりが響き、地鳴りに驚いたベトールの動きが止まった――


 次の瞬間――


 ライコウの背後の地面が突然重力に押しつぶされたかのように『ボコッ』とへこんだかと思うと、地面から太さ5メートルほどの巨大な大蛇が噴水ふんすいのように飛び出し、天をいた!

 そして、体をかがませて真っすぐベトール目掛けて凄まじい速さで突進したかと思うと、そのままベトールの体に巻き付いて、ギリギリとベトールを締め上げた!


 「な、何ぃ! ぐはぁ――!」


 凶悪な力で獲物をめ上げる大蛇はイナ・フォグが造ったゴーレムであった。


 「アナタのような外道げどうが考える事なんてお見通しよ――!」


 イナ・フォグはそう叫びながら、ライコウとヒツジの許へ駆け寄った。

 そして、ヒツジを抱きかかえると、大蛇を振りほどこうと藻掻もがくベトールに強烈な蹴りをお見舞いした。


 締め付けられた大蛇と共に壊れた橋の方へと吹っ飛んで行くベトール――。


 「――貴様ぁ――!!」


 ベトールはイナ・フォグに向かって怒りの咆哮を上げながら、大渦に飲み込まれていった……。


 「ライコウ! 今の内に逃げましょう――!」


 イナ・フォグはそう叫ぶと、ヒツジを抱えたまま黒い翼を広げてライコウに手を差し出す――。

 ライコウは差し出されたイナ・フォグの手を慌ててつかむと――凄まじい力で引っ張られてそのまま空へと飛び立った!


 「うぇっ――!?」


 ライコウが叫ぶ間もなく、イナ・フォグのスピードは音速を越え『ズドン――!!』というすさまじい衝撃波が響き渡り、辺りの空気を揺らがせた。


 こうして、三人はあっという間に壊れた橋を飛び越して、対岸たいがんへと辿たどり着いた。


 ――その間、巨大な地鳴りと共に海上の大渦が大きく隆起りゅうきしだした……。

 そして、三人が対岸へ着いたと同時に――大渦の中心からまるで海底噴火ふんかのような爆発が起こり、真っ黒い突風と共にベトールが海中からロケットのように飛び出して来た!


 「――イナ・フォグ! 貴様っ! どこへ消えた!!」


 立派な竜の頭をかたどった兜は粉々に割れ、麗美れいびな桜色の巻き髪を風になびかかせた女性が、恐ろしい般若はんにゃの様相で牙をいて激怒している。

 ベトールが一つ怒声を発するごとに上空で暴れる空気がゆがみ、音波のように周囲にその歪みが伝播でんぱしていく――。

 

 ……ベトールは怒号を発しながら、しばらくグルグルと辺りを旋回せんかいした。

 ところが、イナ・フォグ達は影も形も見当たらず――やがて、ベトールの怒りもおさまってきた。


 「ふぅ……我としたことが……」


 ――ようやく落ち着きを取り戻したベトール。

 彼女が大暴れをしたせいで、海は大荒れになり、地上のいたる所に竜巻が発生して大地をえぐり空から土の雨を降らせていた……。

 

 「オナ・クラウド……貴様は我を……。


 それに……あのガラクタ……」


 ベトールは先ほどの般若のような形相ぎょうそうから、キリッとした柳の葉のような眼で地上を見つめる瓜実顔うりざねがおに戻った。 イナ・フォグに切られた胸の傷口を指でなぞりながら、その細い眉に疑念の影をひそませたかと思うとクルリときびすを返し、ゆっくりと『輝く森』へと帰って行った……。


 ――


 イナ・フォグ達三人は紫色の床が広がる異空間に身を隠していた。

 対岸へついてすぐ、イナ・フォグが『マスティール・エト・エメット』を使用して異空間へ避難したのだ。

 

 イナ・フォグは少し疲れている様子で『青銅の蛇』を抱きながら、兜を脱いだライコウの隣に寄り添っていた。 ヒツジは二人の前でライコウの青いマントを掛布団にして眠っていた。


 イナ・フォグはベトールが発する放射線を大量に浴びてしまっていた。

 ライコウとヒツジも微量な放射線を浴びており、その為体内に残る放射線を除去する為に青銅の蛇で体を癒していたのである。

 

 「フォグ……済まなかった。 ワシがショル・アボルを甘く見てしまったせいで……」

 

 ライコウは今にも泣きだしそうな青い瞳をイナ・フォグの顔に向ける――。


 「――ううん。 アナタは何も悪くないわ……私が少し油断しただけ。

 私がそもそも貴方に『アラフェール・ライラ』を使用していれば、アナタはスカイ・ハイに見つかる事はなかった……」


 イナ・フォグがライコウをかばうと、ライコウはイナ・フォグの頭を撫でながら、イナ・フォグの髪に顔を近づけた。


 「すまぬ……。 ワシはもっと強くなって、きっとお主を護ってみせるから……」


 ライコウはそう言うと、イナ・フォグの髪に口づけをした。

 

 すると、イナ・フォグは「ふふふ……」と微笑み、顔を上げてライコウを見つめた。

 上気した頬は紅に染まり、赤い瞳はその目に映る者に無償の愛を捧げていた。

 

 ライコウがイナ・フォグの髪に口づけをした事に恋愛感情などはなかった。 ライコウにはそのような感情がまだ芽生えていなかったのである。

 

 『ただ、なんとなく、イナ・フォグが美しかったから……』


 そんな、漠然ばくぜんとした愛情をイナ・フォグに対して持っていたのである。


 だが、イナ・フォグはライコウの事を愛していた。

 ライコウが自分の髪に口づけをしたことが、今までこの世界に生まれてきた中で最も幸せな瞬間であったと言っても過言ではなかった。


 (アナタは……私のモノ……。 いえ、私はアナタの……)


 イナ・フォグはライコウの胸に顔を寄せて、暖かいココロの安らぎを感じながらそのままライコウの胸の中で眠りについた……。


 ――


 イナ・フォグはそれから一日中、異空間の中で眠り続けていた。

 圧倒的な力でベトールを退けたイナ・フォグであったが、ベトールの発する放射線の影響は甚大で、彼女といえども休息をして体内の放射線を除去しなければ動けなかった。

 ライコウはイナ・フォグが眠っている間、自分の膝を彼女の枕代わりにして、一日中ずっとそのままの態勢で彼女が目覚めるのを待っていた。

 ヒツジはもう目が覚めて自分が掛け布団にしていたライコウのマントをイナ・フォグにかけてやり、何処どこまでも続いているような空間を散策していた。


 「ねぇ、ライコウ……。 キミ、そのままの態勢じゃ辛くない?」


 ヒツジがだいだい色の目をボンヤリと光らせて、ライコウにポツリと言った。


 「うーん。 何故か知らんが、フォグの寝顔を見ていると疲れる事もないのぅ。

 むしろ、ずっとこのままでいいくらいじゃ」


 ライコウがはにかんだ笑顔をヒツジに向けると、ヒツジは「ふーん……」と答えてその場で座り込み、話題を変えた。


 「さっきのベトール……アイツはボク達じゃ手に負えないバケモノだった……」


 ライコウはヒツジの言葉に小さくうなずいて、イナ・フォグのサラサラした桜色の髪をでながら唇を噛んだ。


 「……正直、今の俺では勝てない……。 フォグがいなければ、俺はあっという間に破壊されていた。 お前をまもれたのはフォグのお陰だ」


 そう言うと、ライコウは緑色の瞳をうっすらと光らせるヒツジを見た。


 「だからと言って、悔しいと思わない訳じゃないぞ! お、俺だって……お前を護れるくらい強くなりたい……そして、フォグも護れるくらいな。


 ……その為には『トコヨ』にあるという『アマノハバキリ』という武器が必要なんだ」


 ライコウの言葉にヒツジは緑色の瞳をピコピコと点滅させた。


 「トガビトノミタマから作られたという刀だね……」


 すると、ヒツジはライコウも知らない驚くべき事実を口に出した。


 「……でも、ライコウ。 残念だけど、アマノハバキリは『ミコ』が造った刀……その刀では同じミコの分身であるマルアハは倒せない……」


 「――!? どういう事だ?」


 ライコウは驚いて思わず立ち上がりそうになった。 ところが、すぐにライコウの膝に頭を預けてスヤスヤと眠っているイナ・フォグに目をって、座り直してイナ・フォグの頭を撫でた。

 ヒツジはライコウの様子に気が付いていないようで、瞳を青く光らせて過去の出来事を思い出しているようだった。


 「今は詳しい事をキミに話す事は出来ない……。

 ただ、アマノハバキリはマルアハと同じ、アマノシロガネから造られた刀なんだ。

 

 だから、アマノハバキリではマルアハを倒す事が出来ない」


 「……それじゃ、どうすれば良いんだ?」


 ライコウはヒツジの様子をジッと見つめている……。 ヒツジはうつむいたままポツポツと言葉を続けた――。


 「……実は……トコヨにはもう一振り刀があるんだ……。 それは1000年前、この世界が崩壊して人類が滅亡した厄災の時に創られた刀……」


 「ヒツジ……。 お前は1000年前の事を知っているのか?」


 ライコウの問いにヒツジはブルブルと頭を振った。


 「ううん……ボクはそのいままわしい厄災やくさいの前に起こった人間同士の戦争に巻き込まれて吹き飛ばされたんだ……。 そして、そのまま土の中に埋まってしまっていた……。

 リターに助け出されるまで、どうして人間が滅亡したのか、どうしてこの世界が崩壊してしまったのかは分からなかった……」


 ヒツジの言葉にライコウは疑いの目を持った。


 「……世界が崩壊する前にお前が土の中に埋もれていたのだとしたら、どうしてそんな事を知っている? マザーから聞いたのか?

 

 ……だが、お前も薄々うすうす分かっている通り、マザーはウソを付くぞ。 そんなヤツの話をお前は信用しているというのか?

 もしかしたら、お前が吹き飛ばされたという戦争のせいで世界が崩壊したのかも知れないだろう――」


 ライコウの指摘にヒツジはさらに青い瞳を光らせて俯きながら答えた。


 「確かに厄災の事はリターから聞いた話だよ。 でも……でもね、ライコウ……。

 ボクはリターが言った言葉を信じているんだ」


 そう言うと、ヒツジは顔を上げて青い瞳をライコウへと向けた。


 「ライコウ……


 ことが、その言葉の真実を証明しているんだ」


 ライコウにはヒツジの言葉の心意しんいが分からなかった。

 とにかく、ヒツジはマザーの事を信用して『トコヨにはアマノハバキリに替わる刀がある』と思っている事は分かった。

 

 (考えてみれば、俺もマザーの言うことを信用して人間になる為にフォグと旅をしているんだっけな……。

 ヒツジも俺と同じで、ウソと分かっていても、俺の事を思ってマザーを信用しようとしているのかも知れない……)


 イナ・フォグの安らかな寝顔を見つめ、ライコウはヒツジの気持ちをおもんばかった。


 「まあ、辛気臭しんきくさい話はもう止めよう、ヒツジ! お前の言う通り、トコヨにアマノハバキリに替わる刀があるなら、そもそもの目的は達成する訳だ。 何にも心配する事ないじゃないか!」


 ライコウはそう言うと、手招きをしてヒツジを呼び寄せた。


 「……何?」


 ヒツジは青い目から橙色の目に変化させて、ライコウの傍へとピョコピョコと近づいてきた……。


 すると、ライコウはイナ・フォグにかけていた青いマントをヒツジにかぶせて微笑ほほえみながら優しくささやいた。


 「ほら、お前は『お母さん』と一緒にもう休め。 辛い過去の事を思い出して疲れただろう……」


 ライコウの言葉にヒツジは瞳をピンク色に光らせながら「うん……」と言って、イナ・フォグの体に再び青いマントをかぶせるとそのままイナ・フォグに背中に寄り添った。

 

 ライコウはイナ・フォグの体にかかった青いマントを少しずらして、ヒツジにもかけてやり、そのまま自分も座ったまま眠りについた。


 ――


 翌日、異空間から出た三人はその辺にいたキツネ型のショル・アボルを捕らえて、食事をした。

 イナ・フォグは自然にマナスが回復するので、ほとんど食事をらなくても良いが、ベトールとの戦闘でマナスを消費していたので、ライコウ達と食事を共にした。

 ライコウとヒツジはここ食事を摂っていなかったので、燃料不足になっており、小動物型のショル・アボルを摂取しただけではまだ燃料が不足していた。


 「アイナまで、まだ4000キロ以上もあるからのぅ。 この先、こんな小さなショル・アボルだけではガス欠になってしまうぞぃ……」


 焚火たきびかこんで、ショル・アボルの鉄くずをしゃぶりながらライコウが呟く……。


 すると、ヒツジがショル・アボルから採ったオイルを飲みながら「大丈夫さ!」とライコウをはげました。


 「この『ミドハルの荒地』を少し進むとビヒモス型と呼ばれるショル・アボルが生息しているから。 カバ型に似ているんだけど、ちょっと大きいくらいでね……。

 そいつを何体か狩れば燃料を補給できるよ!」


 「ほぅ、ソイツは都合が良いのぅ! それじゃ、早速出発するか!」


 ライコウは焚火をガシガシと足で消し、兜をかぶった。


 「ここから北に行くと小高い丘になってて、その下にショル・アボルがいるはずだよ」


 ヒツジはそう言いながら、イナ・フォグが乗っている三日月型の物体へと「よいしょ……」と上がった。

 イナ・フォグはすでにパジャマを着ており、三日月型の物体に上がってきたヒツジを目を細めて抱き寄せた。


 「……うむ。 ワシだけ歩くわけか……。 まあ、良い、とにかく出発じゃ!」


 ライコウはそう言って歩き出した……。


 こうして、三人は北へ向かって進んで行った。

 

 ――


 北へひたすら進むと、ようやくヒツジの言っていた丘が見えて来た――。

 丘というよりも山のように傾斜けいしゃがきついその場所をずんずん上ると、その先はがけのような谷になっていた……。

 すると、ライコウが谷の様子を探ろうとデバイスを起動させると、ピコピコとアラームのような音が鳴り、ライコウに注意をうながした。

 ライコウがフィールドを展開して、その谷の下へと注意を向ける――。


 『!!注意!! ショル・アボル=ビヒモス 群 -54.090103,146.7136422 真素小~中……個体数多……防護シールド起動準備中……』


 「何じゃ? ヒツジの言っていたビヒモスとか言うショル・アボルがいるようじゃ。 しかし、数が多いみたいじゃが……?」


 ライコウはそう呟くと、フィールド上の赤色の枠に映し出されている谷の下の様子を拡大させた。


 「うぇ!? なんじゃ、この数は!?」


 ライコウは絶句して、再び赤枠に映し出されているショル・アボル達の様子を見た。

 ショル・アボルが数十体もの群れをなして、土を掘ったり、岩を食ったりしているではないか……。

 しかも、体長10メートルはあろう個体が殆どで、子供のような4、5メートルほどの個体も何体かいた。

 

 その様子を確認したライコウはヒツジに文句を言った。


 「こりゃ、ヒツジ――! こんなに大量にいるとは聞いとらんぞ!」


 すると、ヒツジは澄ました顔をして瞳を白く光らせながら――


 「えっ、だってボクも数までは知らなかったんだもん。 まあ、食糧がいっぱいある方がいいでしょ?」


 とイナ・フォグの手を離れ、三日月の物体から滑り降りてきた。


 すると、ライコウとヒツジのやり取りをながめていたイナ・フォグが「――ライコウ、どうしたの?」と狼狽ろうばいえるライコウに不思議そうな顔を向けた。


 「いや、この谷の下にショル・アボルが大量にいるんじゃ……。 数十体もいると討伐するにも剣呑けんのんでのぅ……」


 ライコウが面倒くさそうに肩をすくめると、イナ・フォグは「ふーん……」と一言つぶやいたかと思うと「私も手伝うわ……」と言って、ゴソゴソと三日月の中に手を突っ込んで、黒いドレスを取り出した。

 

 「着替えをするから見ちゃダメよ……」


 イナ・フォグは小さな口から八重歯をのぞかせながらそう言うと、ライコウに背中を向けておもむろにパジャマを脱いで服を着替えだした……。


 ――


 「さて……。 じゃ、アナタ達には右のヤツ等をお願いするわ。 私は左にいるヤツ等を破壊するから……」


 イナ・フォグはすっかり黒ドレスに着替えて、三人は谷を下ってショル・アボルの群れの付近まで来ていた。

 イナ・フォグの右側――東に群れをなすショル・アボル達は小さいショル・アボルが多く、反対に左側――西の群れは10メートル以上の大型の個体が殆どであった。


 「……おい、おい、フォグ。 お主にあんなデカブツ任せていいのか?」


 ライコウがイナ・フォグに遠慮がちに聞くと、イナ・フォグは「大きくても小さくても変わらないわ」と飄々ひょうひょうとした様子だ。


 「……そ、そうか。 それじゃ、頼んじゃぞ……」


 ライコウはイナ・フォグの言葉に少し引き気味にそう言うと、イナ・フォグから離れて、ヒツジと一緒に岩場の影に隠れながら、東側のショル・アボル達へとソロソロと近づいて行った。


 ――すると、イナ・フォグに任した西の方からショル・アボル達の咆哮ほうこうと巨大な爆発音が聞こえてきた!


 「――なっ、何じゃ!」


 ライコウとヒツジが慌てて岩場の影から飛び出すと、真っ赤に燃え滾る鎌を片手に次々と巨大なショル・アボルを一刀両断するイナ・フォグの姿が見えた!


 ライコウ達が任された東のショル・アボル達も爆発音に気づいて一斉に振り向いてイナ・フォグのもとへ突進しようとしている――。


 「イカン! いくらフォグでも全員相手にするなど――!」


 ライコウはイナ・フォグに向かって駆け出すショル・アボルの群れに向かって、右手を突き出して、指先から弾丸を照射した。


 『タタタタ――』と軽やかな銃声が響いて、近くにいたショル・アボル達はきびすを返して、今度はライコウとヒツジへ襲い掛かってきた!


 ――ビヒモスと呼ばれるショル・アボルは、武装した盲目もうもくのゾウのような姿をしていた。

 背中には大きな大砲を装備しており、両耳は円形のパラボラアンテナのような機械になっており、機械はクルクルと回りながら何やら怪しげな音波を出していた。

 顔から飛び出た巨大な鼻はホースのように伸び縮みし、鼻の根元あたりに開いた口には大きな金属製の牙を二本装着していた。

 さらに、その巨大な象は目が鼻の先端にくっついており、鼻をブンブンと振り回しながらその一つ目から図太いレーザーを乱射するというとんでもない象であった。

 

 『ピシュン、ピシュン――』と自在に振り回す鼻からレーザーを乱射するショル・アボル。 レーザーはかなりの威力で、直撃した岩は高熱で赤くなりながら『ドカン!』という音を立てて爆発四散しさんした――。

 

 「――ヒツジよ! お主はあまり奴等やつらに近づくな!」


 ライコウは背中の剣を抜きながら、ヒツジに向かって叫ぶ――。

 ヒツジは少し体を大きく変形させて、大きな瞳をガトリングガンに変えて、子供のような小さいショル・アボルに向けて掃射していた。

 

 「うん! ボクは小さい方を狙うから、ライコウは大きいヤツを――」


 「――承知!」


 巨大なショル・アボルの鼻から連射されるレーザーを、軽い身のこなしでたくみによけながら、ライコウはショル・アボルのふところへと入る――。

 ――そして、その剣を振り上げて、その長い鼻を一瞬で切り落とした。

 

 ショル・アボルは痛みを感じるのか、大きな悲鳴を上げて、両耳のアンテナを狂ったようにクルクルと回す――。

 

 すると、遥か向こうの丘の上からこちらへ向かって、大量のショル・アボルが突進してくるのが見えた!


 「――んな!? このアンテナは仲間を呼ぶ為のものじゃったか!」


 ドスドスと土煙つちけむりを上げながら突進してくるショル・アボル達はオオカミ型やクマ型など、多様なショル・アボルがおり、しかも、三十体はいるであろう大群であった!

 ビヒモス型は付近に生息しているショル・アボル達を耳に装備している音波で呼び寄せたのだ。

 

 「あの耳を破壊しなければ際限がないぞ!」


 大型の個体はライコウの周りに三体――背中の大砲から巨大な鉄球をボンボンとライコウ目掛めがけて打ち込んでくる。 鉄球は地上に着弾すると爆発を起こし、ライコウは鉄球を辛うじて避けるものの、爆風にあおられてなかなか近づくことが出来ない……。

 ショル・アボル達も迂闊うかつにライコウ達に近寄らず、ひたすら大砲とレーザーで攻撃をしてくる。 恐らく、ライコウが一体の鼻を切り落とした為に警戒しているのだろう……。


 「ぬぅ――! やはり、遠距離で攻撃するしかないか……」


 ライコウは左手に剣を持ち替えて、左手に力をこめた。 左手のグローブから剣先まで電流がほとばしる――。

 そして、ショル・アボル達が一斉に大砲を発射しようと一瞬体を硬直させた瞬間に、剣を連続で振り下ろした。

 

 ライコウが剣を振り下ろすと、剣先に帯電した電流がショル・アボルに向かって雷の槍となってショル・アボルに襲い掛かる!

 その槍は矢のような速さで、大砲を打とうと動きを止めたショル・アボルを貫いた!


 ライコウは連続で剣を振り続け、三体のショル・アボル達はいくつもの雷の槍に体を貫かれ、凄まじい爆発を起こした!


 「……結局、出し惜しみせずに一気に破壊した方がよかったのか……」


 ライコウとヒツジは時間がかかりながらも、周りのショル・アボルを全て破壊した。

 

 「フォグの方は――!」


 爆発の硝煙しょうえんがまだ周囲にただよう薄暗い視界の中――ライコウがイナ・フォグの様子を確認しようとイナ・フォグがいた位置へと顔を向けた。

 すると、すでにそこには大量のショル・アボルの残骸ざんがいしかなく、イナ・フォグの姿が見えない……。


 「フォグは……?」


 ライコウが辺りを見渡すと、はる前方ぜんぼう――ビヒモス型に引き寄せられたショル・アボル達が雪崩なだれを打ってやってきた位置から何かが連鎖的れんさてきに爆発する轟音ごうおんとショル・アボルの悲鳴とも似た咆哮が聞こえてきた……。


 イナ・フォグはすでにビヒモス型ショル・アボルを破壊しつくして、三十体ものショル・アボルの群れに飛び込んでいた。

 イナ・フォグは巨大な鎌を軽々しく振るい、深紅しんくの刃でオオカミのようなショル・アボルを真っ二つに切断した。 そして、奔流ほんりゅうのように襲い掛かってくるショル・アボル達の攻撃を、疾風迅雷しっぷうじんらいのごとく避けながらも次々に鎌を振り回し切り裂いていくと、瞬時にクマのような巨大なショル・アボルの体を蹴り飛ばした。

 ショル・アボルの体には大砲が直撃したかのような大きな穴が開いて『ドカン――!』という爆発を起こし、周りのショル・アボルにも誘爆――ショル・アボル達はことごとく破壊されてしまった。


 イナ・フォグは爆発の衝撃などものともせずに、ただ無表情に赤い瞳を光らせて、全ての敵を火の粉を払うように破壊し尽くしたのであった……。


 ライコウはその様子を呆然ぼうぜんと見つめていた……。

 イナ・フォグの強さを心強いと思う一方、ケタの違う力を無慈悲にもショル・アボルにぶつけている姿に恐ろしさも覚えた。


 「ラ、ライコウ……」


 ヒツジもイナ・フォグの姿に恐怖を覚えたのか、青い瞳をうっすらと光らせながら、ふるえながらライコウの手を握っていた。


 ――


 「終わったわ……」


 イナ・フォグはビヒモス型に呼ばれた三十体ものショル・アボル達をあっという間に破壊して「ふぁ……」と欠伸あくびをしながらライコウとヒツジのもとへと近づいてきた……。


 ヒツジはイナ・フォグが近づいてくると、ライコウの手を握る手に力をこめた。

 恐怖で瞳を青く光らせているままだ……。


 「……どうしたの?」


 緊張した面持ちでイナ・フォグを見詰める二人に、イナ・フォグはキョトンとした顔を向ける――その表情は先ほど無表情にショル・アボルを破壊していたイナ・フォグとは違い、少しつぼませた口から可愛らしい八重歯をのぞかせ、首をかしげるあどけない少女のような表情であった。


 「い、いや……『フォグは強いのぅ』と思ってな……」


 ライコウが気まずそうに気の利かない言葉を出すと、イナ・フォグは「ふふふ……」と言って、ライコウとヒツジに微笑を向けた。

 

 ……ところが、その微笑は悲し気な影を含んだ暗澹あんたんとした微笑であった。


 「……本当は……こんな力は持ちたくないの。


 だから……私は人間になりたいの……」


 イナ・フォグは自分の力を呪っていた。

 イナ・フォグは、ただ面倒くさいという理由だけでなく、なるべく自身の力を開放したくなかったので戦いを好まなかったのである。


 ライコウとヒツジはイナ・フォグが悲しそうに呟いた言葉から、イナ・フォグが自分の力を嫌い、その力をなるべく使いたくないという事が分った。

 そして、そのイナ・フォグの思いに二人は安心した。


 ヒツジはライコウの手を離し、イナ・フォグのそばへと向かい――イナ・フォグに抱き着いた。


 「ボクはさっきのフォグを見て少し怖かったけど、今は全然怖くないよ。

 フォグはボク達の為に使いたくない力を使ってたんだね……。


 ボクはそんなフォグのことが大好きだよ!」


 ヒツジはすっかり愁眉しゅうびを開き、ピンク色をした瞳を光らせてイナ・フォグに甘えた。

 イナ・フォグはヒツジの頭を撫でて、愛おしそうにヒツジを抱きかかえた。


 「フォグ……。 ワシはお主に助けられてばかりじゃ……。 だが、必ずお主を護るだけの力をつけて、必ずお主にいらん力を使わせないようになるから!


 じゃから、すまんがもう少しだけ待っていてくれんか……」


 ライコウは申し訳なさそうに後ろ手に頭をいている。

 イナ・フォグはそんなライコウへほがらかな笑顔を向けた。


 「ふふふ……。 期待しているわ」


――


 ショル・アボルを大量に駆除くじょしたおかげで、この先の食糧は当分困らなくなった。

 三人はさらに谷を下り、丘を登って北へ北へと歩き続けた――。


 しばらくは砂と岩石しか転がっていなかった地面であったが、前方に大きな東西に広がる大きな構造物が見えて来るにつれ、小さな草が生えている地面へと変わって行った。


 「おお、珍しい! 草が生えおるぞ!」


 ライコウが珍しそうに四つんいになり、一本の草を観察する。

 その草はタンポポのようなギザギザな葉っぱを生やした草であったが、一枚の葉っぱの先に幾重にも葉っぱが生えているという奇形種であった。


 「人間が核戦争を起こして1000年以上経つけど、まだ放射能を含んだ物質が残っているんだよね……。

 草が生えて来ているのは良い事だけど、その草も昔とはだいぶ形状が変わっているようだよ……」


 ヒツジは寂しそうに青色の瞳を光らせながら、東の向こうで暴れている砂嵐をみつめた。

 

 ――ミドハルの荒地を北へ進まずに真っすぐ東へ数千キロ進むと、コンクリートに囲まれた要塞ようさいのような廃墟はいきょが見えて来る。

 その廃墟は『原発跡地』と言われ、1000年前の戦争によって放射線が大量に漏れ出して、周囲の大陸を草木一本生えない死の世界へと変えてしまった。

 そして、さらに追い打ちをかけるようにして起こった厄災によって、この星の殆どの場所では草木も生えていない荒廃した大地になってしまったのである。

 そして、ようやくこの辺りの大地にも草木が生えてくるようになったが、放射性物質と空中に浮遊するマナスの影響で葉っぱの上に根を張っている木があったり、引っこ抜くと呻き声を上げる草があったりと、まともな草木は生えてこなかった――。

 

 奇妙な形の草は進むにつれて数が増えて来て、三人の目の前に巨大な鉄壁が見えるころには、地上はすっかり深緑しんりょく色の草だらけになっていた。

 鉄壁は五十メートルくらい高さの巨大な代物で、東西に延々と連なるそびえ立つ山脈のようであった。

 『壊れたとりで』と呼ばれているこの鉄壁は、その名の通り、かつては壁全体に電流が走り、そこかしこにレーザー銃などが設置されていた機械式の立派な砦であったのだが、今や電流は走っておらず、壊れたレーザー銃にはつる浸食しんしょくし、赤錆あかさびた穴だらけの鉄壁には金属を食べる虫型のショル・アボルがびっしりと貝のようにくっ付いているという廃墟となっていた。

 鉄壁に開いている穴は、戦車や車も通れるほどの大穴も至るところにあった。 したがって、もはや砦の意味をなしておらず、そのままこの壁を抜けて『オーメル草原』へと行くことが出来た。

 

 オーメル草原はこの星で唯一まともな草が生えている場所であり、もはや忘れ去られていた美しい緑を再びこの目で見ることが出来た。

 だが、この草原はマルアハ『ハギト』の縄張りであり、考えも無く草原に侵入して来たものはあっという間に食われてしまう。

 したがって、このまま鉄壁を通過してオーメル草原へと侵入する事は不可能であり、鉄壁の地下に位置する地底都市『アイナ』を経由してオーメル草原へと出る必要があった。


 「――うーむ。 この先に『ハギト』がおるのか? どんな奴なのかちょっと見てみたいのぅ」


 巨大な鉄壁にぽっかりと開いた大穴から見える草原をのぞき込むライコウ――。

 後ろにはイナ・フォグとヒツジが三日月の乗り物に乗って、ライコウの後ろ姿を見守っていた。

 

 「デバイスの割り込み警報が鳴っていないから、50キロ圏内にはいないと思うけど……とりあえず、デバイスを起動させて周辺の状況を調べてみれば?」


 ヒツジがライコウに助言を送ると、ライコウも「そうじゃのぅ」と言って、デバイスを起動させた――


 ――といきなりデバイスのアラームがけたたましく響き、強制的に赤枠の窓がフィールド内に表示された。


 『!!危険!! リリム=ア・フィアス -49.109001,128.059462 真素極大 ……速やかな退避を勧告 映像転送中……』


 しばらくすると、もう一つ赤枠の窓が表示されて、オーメル草原を拡大した映像が映し出された。


 ライコウが映像を見ると、草陰くさかげの奥にトラのような黄色いしま模様が映し出されていた。

 黄色い縞々模様しましまもようだったので、一瞬トラ型のショル・アボルかと思ったが、草陰から出てきたそのけものは二足歩行をしており、良く見るとヒトの形をしていた……。

 

 「なんじゃ、コイツが『ハギト』か……?」


 ライコウは目の前に広がるフィールドをヒツジとイナ・フォグに共有して、二人に赤枠の窓の表示された映像を見せた。


 「そうね……。 コイツが『ア・フィアス』だわ」


 イナ・フォグはライコウの問いにうなずくと、ヒツジが思わず本音を呟く――


 「なんか、あんまり強くなさそうだね……」


 体長はイナ・フォグと同じくらいであろうか……。 ベトールと違って鎧に身をまとっている訳でもなく、胸のあたりにトラ柄の布を巻いており、下半身はハーフパンツのようなトラ柄の服を着ているざんばら髪をした少女のようであった。

 ススキのような黄金色こがねいろの髪に所々桜色の髪が散りばめられている小さな頭には、左右に丸いフサフサした大きな耳が髪をかき分けるように付いていた。 頭上には他のマルアハ達と同様に、光輝く輪っかがクルクルと回っている……。

 浅黒い肌色の顔は愛嬌のある丸っこい顔をしており、目は猫のように大きく、小さな二本の白い牙を口元から飛び出させている。 背中には頭上に光る輪っかと同じく、大きな光輝く翼を生やしており、時々パタパタと低空飛行をしていた。

 ハギトは顔から胴体――そして、両腕のひじまでは浅黒い人間の肌であった。 しかし、肘の先からはフサフサの毛が生えたトラのようなたくましい腕に変貌へんぼうしていた。

 足も両腕と同じく、ハーフパンツからひざまでは浅黒い人間の肌が見えているが、膝から下はトラのような猛獣の足であった。


 ハギトは特に目的なく草原を散策しているようで、時々飛び回る小さなショル・アボルにじゃれついたかと思うと、いきなり立ち止まり、足で耳元を掻きだすという、まるで猫のような動作をして自由気ままに暮らしているようであった……。


 「……うーん。 何かイメージとは大分違うような気がするのぅ……」


 ライコウはベトールのような鎧に身をまとった騎士か、もっといかついバケモノをイメージしていたようだ……。

 あの様子では、確かにヒツジと同じ意見で、ちっとも強そうには見えない。

 だが、デバイスの情報ではマナスの量は『極大』となっており、スカイ・ハイと同じく凶悪な力を持っている事が見受けられた。


 すると、イナ・フォグが「あんな様子でも、かなり手強いのよ……」とヒツジとライコウをたしなめた。


 「アイツの爪はこの世にあるどの金属も簡単に引き裂くわ……。 爪に当たるとそれだけで致命傷を負うから、近づかないように距離を取って戦わなければならないわ。

 でも、アイツは光のように早いの……。

 いくら遠くへ逃げてもあっという間に近づかれて、爪や牙で切り裂いてくるわ。


 ――それに、忘れているかも知れないけど、私と同じでマナスを使ってスキルを使う事もできるのよ」


 イナ・フォグの指摘をライコウとヒツジはすっかり忘れていた。

 イナ・フォグが異空間を創り出したり、ゴーレムを召喚したりする不思議な術をハギトもまた使用できるのだ……。


 「……ど、どんな『スキル』をつかうのじゃ?」


 ライコウが緊張した面持ちでイナ・フォグに聞くと、イナ・フォグは「全ては知らないわ……」と首を振った。


 「私がアイツと戦った時は、光る足跡をそこら中に残してその足からゴーレムを呼び出していたわ。 あと、空中から光線を出して攻撃してきた事もあったわね……」


 イナ・フォグの説明にライコウは再びハギトの映像をジッと見詰めて信じられない様子で首をかしげた。


 「うむむ……。 顔に似合わずとんでも無い攻撃を仕掛けてくるのぅ」


 「そうね……。 私も沼地に住む前にベエル・シャハトへ行こうとした時、一度だけア・フィアスと戦った事があったの。

 でも、その時はスカイ・ハイが邪魔に入って、ア・フィアスに追い返されたわ。

 

 まあ、スカイ・ハイの邪魔が入らなければやっつけていたけど、ア・フィアスはすぐに空を飛ぶからスカイ・ハイがぎ付けてくるの……」


 イナ・フォグが困った様子でライコウと一緒にハギトの様子を見つめる……。

 ライコウはイナ・フォグの横顔を見ながら、ベトールの邪魔が入ったとはいえ、イナ・フォグを退けるほどの力を持つハギトにどのように戦うべきか悩んだ……。


 「うーむ。 ベトールみたいなあんなバケモノに邪魔されると敵わんのぅ……。 そうすると、やはり一度アイナに行って対策を考えねばならん。

 ゼルナー達の協力も必要だしのぅ……」


 ライコウはデバイスを停止し、イナ・フォグの頭をポンと優しく叩いて、起き上がった。


 「――ところで、ヒツジ。 アイナへの入り口は何処にあるんじゃ?」


 ヒツジはライコウの問いに、緑色の目をピコピコ光らせて東へ果てしなく伸びる鉄壁の向こうを指さした。

 

 「このまま壁に沿って東へ進むと、大きな門があるんだ。 その門の手前に地面と同化した昇降機があるよ」


 ヒツジはそう言うと、フワフワと浮いている三日月型の物体へとよじ登り、腰を落ち着かせた。

 イナ・フォグもヒツジと一緒に三日月型の物体へ乗り「じゃ、その門へ向かいましょう――」とフワフワと三日月型の物体を東へと進めた。

 

 「ワシもあの乗り物に乗ってみたいのぅ……」


 ライコウはそうボヤきながら、二人の後ろをトボトボと付いて行った……。


 ――


 もともと鉄壁の入り口であった巨大な門扉はすでに赤錆びてくの字にひしゃげており、所々奇形した植物のつる侵食しんしょくしていた。

 地面にはコケや草が生い茂っており周囲は気温が高く、蒸し暑い。

 この様子だと小さい虫や小動物がいるかも知れないと期待させたが、ショル・アボル以外に生物は何処どこを探してもいなかった。

 もし、生物がいても先ほどのようなビヒモス型のショル・アボルのような怪獣に食われているのかも知れない……。

 そう思うと、マザーの言ったようにマルアハだけでなく、ショル・アボルをこの世から駆逐くちくしなければ、人間を復活させたとしても、すぐにショル・アボル共に食われてしまって、人間が再び繁栄する事は難しいだろう――。


 ――三人はこの大量の蔓が絡まっている巨大な門扉の前に立った。 すると、ライコウはひしゃげた鉄門の門柱に絡みつく鬱蒼うっそうとした蔓の中に監視カメラがある事に気づいた。


 「それで、どうすれば良いんじゃ――?」


 ライコウが後ろに振り向き、イナ・フォグと一緒に三日月の物体に乗るヒツジに目をった。

 ヒツジは「……たぶん、もう気づいていると思うんだけどな……」と呟きながら、蔓の間に隠れている監視カメラに向かって手を振っている。


 すると、地下から大きな地鳴りが響き渡り、三人が立つ地面が徐々にグラグラと揺れだした。


 「おゎ――! 何じゃ!? いきなり地震が起こったぞ!」


 ライコウが驚いて、下を向くと――『ブーン……』という巨大なモーターが回転するような音と共に、地面がみるみる下へと落ちて行く――!

 円形に切り抜かれた地面はそのまま下へゆっくりと落ちて行き、ぽっかりと開いた地上の穴はみるみる小さくなっていった……。


 ――こうして、地上の穴が殆ど見えなくなるほど小さくなった時、ようやく落ちていた地面の動きが止まった。


 「さあ、着いたよ!」


 ヒツジはそう言うと、三日月型の物体から降りて、イナ・フォグもヒツジの後を追ってピョンと降りた。

 ヒツジはトコトコと草の生える円形の昇降機を降りて、奥にある階段の方へと向かっていく――。

 イナ・フォグは何かに気が付いたように立ち止まり、三日月型の物体へ手をかざした。


 「マスティール・エト・エメット……」


 イナ・フォグがつぶやくと三日月型の物体はあっという間に消え去って、三日月型のイヤリングへと変わった。

 イナ・フォグはそのイヤリングを耳に着けて、ライコウに「どう……? 似合う?」とまるでお洒落しゃれをした時の女性のように、八重歯やえばを少し出してはにかんだ笑顔を向けた。


 「……お、おう! 良く似合っているんじゃないか! はっ、はっ、はっ……」


 ライコウはイナ・フォグに意見を求められて、思わずそう口に出した。


 「ふふふ……ありがとう」


 イナ・フォグはほおを少し紅潮こうちょうさせながら、ライコウにめられて喜んでいるようであった。


 ライコウはイナ・フォグが珍しく嬉しそうにしている様子を見て、もうちょっとイナ・フォグの容姿を褒めてあげようかなどと思った。

 だが、考えてみればイナ・フォグと出会ったときや、ふとイナ・フォグを見た時にイナ・フォグが『美しい』と感じる事は何度かあった。

 そうしたライコウがココロの中で思っている事を、そのまま正直に口に出せば、イナ・フォグはもっとライコウに美しい笑顔を見せてくれるはずだろう。


 「――ホラ! はやく昇降機から離れないと、また地上へ上がり出すよ!」


 ほんわかした様子でライコウとイナ・フォグが微笑ほほえみ合っていると、ヒツジが赤い目をチカチカと光らせながら二人を呼ぶ――。

 

 「へい、へい……」


 ライコウとイナ・フォグが昇降機を降りると、昇降機は再び『ブーン……』という音を立てて上昇を始めた……。


 ――


 三人が立っている場所は、地上へと続く昇降機がある鉄製の高台であった。

 この無骨な鉄製の高台は、地上の鉄壁と似たようなボロボロの廃墟であった。

 高台の隅には所々ペンキがはげ落ちた灰色の街灯がいとうが等間隔に建っており、ボンヤリとした光を床へさびしそうに照らしていた。 かつてクリーム色の綺麗きれいなタイルが張られていたと思わる床は、もはや、ほとんどのタイルが抜け落ちており、赤錆びた鉄の地色がむき出しになっていた。

 建物らしきものといえば、地下へ続いていると思われる螺旋らせん階段の傍にある引戸ひきどが外された小屋だけであり、その小屋はトタン張りのハゲハゲの赤い屋根が付けられており、中には一脚のベンチとバス停のような案内板がポールにくくり付けられてポツンと建っているという、うら寂しい様子であった。


 「なんか、随分ずいぶんさびれた所じゃのぅ……。 地上へと出る大事な場所なんじゃから、もうちょっと整備しても良いとおもうんじゃが……」


 ライコウとイナ・フォグは高台の端へと進み、小汚い欄干らんかんに手をかけて下に広がる景色をながめた――。


 高台はかなり高い位置にあるようで、100メートルくらい下にぎだらけのパイプが見え、もくもくと黒煙を吐いている小さな工場が立ち並ぶ様子が見えた。

 一見するとハーブリムの街並みに似ているが、目線を奥に移すとこの高台よりもはるかに高い超高層ビルが立ち並ぶ近代的な街が見える――。

 そして、ビルの下には朱色しゅいろの屋根の小さい建物が乱立しており、その屋根からも何やらモクモクと煙が立ち上がり、空は煙で薄暗くよどんでいた。

 

 欄干らんかんに身を乗り出して、珍しそうに都市の様子を眺めているライコウとイナ・フォグ――その後ろから、ヒツジがピョコピョコと近づき、声を掛けた。


 「ここが地底都市『アイナ』さ――」

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