犯人捕縛作戦 1
「…………おい」
「あと十秒」
「さっき五秒って言っていなかったか⁉」
エイミーの頭上から、ライオネルの「はー」っという長いため息が落ちてきた。
そこにはあきれ返った響きしかないのに、エイミーはそれが嬉しくて仕方がなかった。
だって、口では文句を言っても、前みたいに押しのけようとしたりしないから。
(ふふ、幸せ……。殿下、いい匂い……)
ライオネルにぎゅーっと抱き着いて大好きな香りを胸いっぱいに吸い込んでいると、ライオネルが諦めたようにぽんぽんとエイミーの頭を叩いた。
「もういい、このまま話を続けるぞ」
週末の今日、エイミーとライオネルはカニング侯爵家のエイミーの部屋で、犯人捕縛計画を煮詰めていた。
だが、せっかく両想いになれたのに、無粋な話ばかりでは味気ないし面白くない。
だから隙を見てエイミーはライオネルに抱き着いてみたのである。
(両想いってすごい。幸せ……!)
侍女のスージーも気を利かせて部屋を出て行ってくれたので、今はライオネルと二人きりだ。
「お前が過去に狙われた場所では玄関と中庭が圧倒的に多い。しばらく初級魔術の授業は座学のみになるから校庭はカウントしなくていいだろう……って、おい、聞いているか?」
「聞いてます」
ライオネルの胸に顔をうずめてにへらっと笑うエイミーに、ライオネルがこめかみをもんだ。
「聞いているならいいが……、とにかく、玄関と中庭に、魔術師に追跡魔術を張らせておく。こちらはウォルターが指示を出しているから任せておけばいいだろう」
今回張られる追跡魔術は、その場で魔術が発動された際に、使用者を特定するためのものだ。相手に気づかれず、けれども魔術を行使したものがどこにいるのかを調べるため、学園内、および周辺の地図に反応が出るようにするそうだ。地味な魔術ではあるが非常に高度なため、相手に悟られずにこの魔術を行使するのはエイミーやライオネルでは難しい。
そしてエイミーに悪質な嫌がらせをしていた犯人の特定ができれば、そこから、他の誰かとつながりがあるのかどうかを調べていく。
犯人捕縛に移るのは、それらをすべて調べてからになるので、エイミーはしばらく何も知らない囮役として今まで通り生活しておく必要があった。
「いいか、さっき渡したブレスレットは肌身離さずつけておけよ」
囮のエイミーに危険が及んではいけないので、ライオネルは先ほど防御魔術を組み込んだブレスレットをプレゼントしてくれた。
万が一エイミーが頭上から降ってくる物体をよけきれなかったとしても、このブレスレットに組み込まれた防御結界が発動してエイミーを守ってくれる。
「それから、学園の警備員の中に城の魔法騎士を数名潜り込ませておく」
「気づかれませんか?」
「その辺はうまくやるから大丈夫だ。もともと俺が在籍中は俺の従者が学園で仕事をすることになっている。今のところウォルターだけを入れていたが、大人数でなければ増えても疑問は持たれないだろう。……それはそうともう十秒はとうに過ぎたぞ。いい加減匂いを嗅ぐのをやめろ」
「まだくっついていたいです」
「くっつくにしてもこの体勢だと疲れるだろうが」
(ん?)
エイミーはライオネルにぴたっとくっついたまま首をひねった。その言い方だと、くっつくこと自体は問題ないように聞こえる。
あのライオネルが、くっつくのはダメじゃないと思っているということだろうか。
びっくりして顔を上げると、ライオネルがちょっと赤い顔をして、それから突然、エイミーをひょいと抱え上げると、自分の膝の上に横抱きにした。
「――! ――! ――‼」
エイミーは目を白黒させた。声にならない歓喜の叫びが、頭の中でリーンゴーンという鐘の音とともに響いている。
叫んで部屋の中を走り回りたい衝動に駆られたが、ライオネルにお膝抱っこされているという奇跡の瞬間を手放すのは非常に惜しい。
ぷるぷると震えていると、ライオネルが怪訝そうな顔をした。
「どうした?」
「感動と歓喜と興奮と、それから叫んで踊り狂いたい衝動に打ち震えています……!」
「……お前のモモンガ語は健在なんだな、意味がわからん。嫌なら下すが……」
「嫌じゃないです死んでもおりません一生このままでいいです‼」
「一生は俺が困る‼」
おろされてなるものかとエイミーはひしっとライオネルに抱き着いた。
どうあっても抱き着くのか……とげんなりした顔をして、ライオネルが話を続ける。
「それから、お前はシロだと言ったが、念のためシンシア・モリーンにも見張りをつける。いいな?」
「わかりました」
エイミーはシンシアが犯人ではないと確信しているが、この状況下ではエイミーの側にいる時間が長いシンシアが監視対象に上がるのは仕方がない。
(シンシアには全部終わったら謝らなきゃ。それから殿下と両想いになれたことも、終わったら報告しないとね!)
本当はライオネルに好きだと言われたその日に叫んでシンシアに報告したかったが、この件が片付くまで余計なことは言えないと我慢していたのだ。
「この件に関する作戦は今のところ以上だが……そう言えばエイミー、お前、あれから歌の練習はしているのか?」
「歌?」
「城で歌の特訓をしてやっただろうが! 音楽祭は十日後だぞ!」
「そのことですね! 大丈夫ですよ! ばっちりです!」
「……本当だろうな」
「はい! 当日はわたしの歌声で殿下をメロメロにして見せます!」
「音楽祭は合唱だ、お前の独唱じゃない!」
「愛があればわたしの声だけを聴きとることが可能ですよ!」
「そんなわけあるか! いいか、間違っても一人だけ大声で歌おうとするなよ? むしろ小さい声で他に紛れるように歌え! 練習時は大丈夫だったが、当日に万が一ってこともあるかもしれないからな! わかったな⁉」
「えー……」
エイミーは納得できずにむーっと口をとがらせる。
「わたし、殿下のために歌いたいです」
「……頼むからそれは、城の防音室で二人きりのときだけにしてくれ」
「つまり、わたしの歌声は誰にも聞かせたくないと?」
「なんでそうな――ああもういい、そう言うことにしてくれていいから、頼むから、俺の前以外で歌うな。いいな?」
「はい!」
ライオネルはエイミーの歌が独り占めしたかったのかと、エイミーは盛大に勘違いをしてにこにこと笑った。そう言うことなら、大好きな人のお願いは叶えねばならない。
「当日はほかの人に聞かれないように小さな声で歌いますね。殿下、嬉しいですか?」
「ああとっても嬉しいぜひそうしてくれ」
なんだかちょっと投げやりな言い方に聞こえなくもなかったが、ライオネルがぶっきらぼうなのはいつものことだ。きっと言葉通りとても喜んでいるに違いない。
嬉しくなってすりすりとライオネルの胸に頬ずりすれば、よしよしと頭を撫でてくれる。
(わたし、一生このままでいたい……)
両想い――
それはなんて素敵な響きだろうかと、エイミーはうっとりと目を閉じた。
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