第29話 本当の覚悟

「お前、何を隠してんだよ」


 今までの脳天気な声ではなく、低く迫るような声で話す武蔵。


「さっきから変だぞ。一人でブツブツ話して、一人で焦って」


「それは……」


「それにほぼ初対面の相手にあんな高圧的に話さないだろお前は。何考えてんだよ」


「……アイツはあれでいい」


 嫁にDVをして、自分らを殺すような人間に下手に出る必要はない。──なんて、説明できるか。


「……会うのは一度目じゃないとかか?」


「まぁ……ある意味では」


「どっちだよ」


「複雑なんだよ色々と」


「俺には言えないのか? それとも俺らに言えないのか?」


「……お前らには、言えない」


「……分かった。詩紋、こっち見ろ」


 言われた通りに目線を武蔵へと向ける──。


「言えないなら言わなくていい。言いたくないなら言わなくてもいい。けど──せめて他人を頼れ」


「……」


「こっちはお前と何年も一緒にいるんだ。お前が馬鹿で、要領が悪くて、見栄っ張りってのは知ってる。お前が殺人事件を解決したって聞いて『今日ってエイプリルフールだっけ?』って思ったくらいだ」


「言い過ぎだろ」


 ──武蔵はじっとこちらを見ていた。ただじっと。いつものように。


「多分……俺には分からない事情があるんだろ。何かしらのズル? とか裏ワザとか。俺は馬鹿だから、俺を頼れないのも仕方ない」


「武蔵……」


「だが小春ちゃんは頭がいい。瑠花ちゃんだってそうだ。俺じゃなくても、俺以外なら頼れるだろ?」

「お前は不器用だからな。誰かを頼る時に理由がいるって考えてると思う。だけど別に理由なんていらない。ただ『手を貸してくれ』って言ってくれたら、俺らは手を貸す。お前と一緒に事件を解決する」


「……生意気だな。お前は昔から──」



* * *



「──垣花さん。水瀬さん」


 戻ってきた詩紋と武蔵。緊張しながら待っていた小春と瑠花は二人を見つけてホッとした表情となる。


「もう、ちょっと心配したじゃん!」


「どうかしたんですか?」


 詩紋はさっきの武蔵のように──二人を見つめた。


「──知恵を貸してくれ」


 今まで無意識の間に詩紋は三人を『利用』するようにしていた。なんて愚かなことだ。最低なことだ。

 ──武蔵のおかげで目が覚めた。三人は生きている。生きている人間だ。


 馬鹿で、要領が悪くて、見栄っ張りで、不器用な自分だけでは事件を解決なんてできない。

 だから『利用』するんじゃなく『協力』する。自分一人で何とかしようとするのではなく、皆で一緒に事件を解決するのだ。



「──ふふん。それはつまり、私がホームズになっちゃってもいいってこと?」


 胸を張って鼻を鳴らす小春。


「? 当たり前じゃないですか。なんで急に?」


 さも当然と言わんばかりに首を傾げる瑠花。


 ……予想通り、そんな反応だ。何も恐れることはなかった。なのになんでこんなにも安心するんだろうか。

 心が落ち着いて口から笑みが漏れる。


「『手を貸してくれ』って助言したと思うが?」


「お前と同じことを言うのは癪に障る」


「……生意気なやつ」



* * *



 仕切り直しだ。まず詩紋は得ている情報を三人に共有することにした。


「なんでそう思ったかの理由は聞かないで。まず犯人は羽川、もっと言うなら羽川と奥さんだ」


「……分かった。まぁ私もなんとなく怪しいなとは思ったし」


「ありがとう。ただ羽川夫妻を追い詰めるには『矢橋を看板の下まで誘導した方法』と『羽川の奥さんのアリバイ崩し』と『羽川夫妻の決定的な証拠』が必要になる」


 前回の事件はほとんど状況証拠で追い詰めた。あの時はそれで何とかなったが、今回はそうはいかない。

 お土産を貰ってそれを鑑定にでも出せば捕まえられたのだろうが、貰わなかった以上、その方法は通用しない。

 『犯人はお前しかいない』と宣言できるほどの決定的な証拠が必要だ。


「あの、島風さんが来ていたというのは本当でしょうか? 実は時計をズラしてたとかは」


「それは無いはず。俺もレシートを見せてもらったけど、確かに犯行時間に島風さんは来てた」


「そっかぁ……じゃあ厳しいよね。店から犯行現場は地味に距離があるし」


「絶対に関与してるはずなんだがなぁ……」


 小春はウンウンと唸りながら考えている。瑠花は──唇に少しだけ触れた後、口を開いた。


「購入時の時間が記されたレシートがあるからアリバイがある、ってことなんですよね?」


「あぁ。そうだ」


「──それ、アリバイにはなりませんよ」


「……へ?」


 先に疑問の声を出したのは武蔵であった。


「レシートに時間が書かれてるんだよ? なのになんでさ」


「そうですね。じゃあ先にレジの仕組みについて説明しましょう」


 どこからか取り出したメガネと白衣。どこぞの博士のように瑠花は正座した三人へレジの説明を始めた。


「レジには内蔵された時計があり、基本的にはこの時計を基準として時間が記されます。チェーン店などはサーバーや本部のシステムとネットワークで同期していますが、今回の八百屋はシンプルに内蔵時計頼りでしょう」


「ほむほむ」


「同期してる時計なら誤差はほぼ無いんですけど、今回みたいな中小規模の個人商店では完全に時計頼りで誤差が放置されてることも少なくはありません。数分、酷い時だと数時間ズレてる場合もあります」


 となると──レシートでアリバイ証明は無理だ。数分でも時間がズレていれば犯行現場を行き来することができるはず。

 偏見だが、あの人たちがレジをバラして時計を弄れるような知識を持っているとは思えない。仮にできたとしても放置してそうだ。


「これなら……アリバイは成立しないな」


「よく知ってるね瑠花ちゃん」


「雑学集めが趣味なので!」


 そういえば身近な毒物についてもよく知っていた。横に広いタイプの知識量らしい。


「水瀬さんは敵に回したくないな……」


「林檎をバカにしない限り敵にはならないので安心してください」


「今ほど甘党で良かったと思ったことは無いよ」


 ともかくこれで一つの謎が解けた。残るは二つ。誘導方法と決定的な証拠のみ。

 これらを解くためには──現場へと行くしかない。

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