第7話 小さくて大きすぎる背中
小春を教室へと帰らせた詩紋は、トイレの個室に籠って考えごとをしていた。
とりあえず小春を事件から遠ざけたので、小春が殺される心配はなくなった。絶対ではないが、それだけは安心していいと思う。
なら次は犯人を探す。容疑者は小春が絞ってくれていた。確か水無月、西条、平野の三人。じゃあ三人の周辺を聞き回って──。
「……待て。なんで俺がそんなことするんだ」
よく考えてみろ。なぜ自分がそんなことをする必要がある。
小春は助けられた。事件に関わりさえしなければ死ぬことはないだろう。そうなると、自分が事件に関わる理由もない。
自分が関われば、またあのような激痛を感じる羽目になるかもしれない。
「そうだよ。俺がなんで調査するんだ。垣花さんは助けられたんだ。もういいだろう」
あとは警察に任せればいい。下手に自分が関わるよりも早く事件を解決してくれるだろう。
「全部警察に任せて、普通にしてればいい」
死ぬ危険なんて冒す必要はない。こんなところで命を懸ける必要もない。
「そうだ。それが最善だ」
だから関わらない。もう二度と事件には関わらない。
「それが……一番いい……選択のはず」
──犯人はまだ殺人を続ける気だ。
前回は事件を調べていた小春と詩紋を殺しに来ただけ。もし放置すれば本当に狙っていた人物を殺しに行くかもしれない。
警察がウロウロしてる状況で自分たちを殺しにくるような人間だ。リスクとか、可能性とか。そんなことよりも感情を優先するタイプのはずだ。
このまま放置すれば、本当に狙っていた人を殺しに行く。その対象は、詩紋とは全く関係ない人かもしれない。というか関係のない人物の可能性の方が高い。
それなら、まだ事件に関わる理由は小さいはずだ。その程度の理由で事件になんて関わらなくていい。痛い思いなんてしなくていい。
「……」
自分が、関わらなければ。あの激痛を他の誰かが味わうことになる。
「……はぁ、あああ! クソ、ちくしょう!」
──それを黙って見過ごせと言うのか。
──それを見て見ぬふりをしろと言うのか。
何も知らなければ、その選択肢を取っていただろう。しかし詩紋は知ってしまった。殺される『苦痛』を。『喪失感』を。『絶望』も『悔しさ』も。
たとえ他人だったとしても。それを見過ごすことはできない。
「やってやる……やってやるよ……!」
頬を叩いて気合いを入れる。どうせやるなら、とことんやろう。自分と小春を殺した犯人を突き止めて警察の前に引きずり出してやるのだ。
* * *
「ねぇ、君って図書委員だよね? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あ? なに?」
詩紋は相手の顔を覗き込むようにして話しかけるが、相手は視線を逸らしながらも一応耳を貸してくれた。
──まずは落ち着け。質問は具体的に、でも強引にならないように。
「図書委員の中に水無月って奴がいるだろ? なんか最近変わった様子とかなかった?」
「水無月? えーっと……」
相手の生徒は一瞬目を伏せ、しばらく考え込むような仕草を見せる。
詩紋は息を呑んで待った。
「いやー、特に何もなかったと思うけど。むしろ最近、委員会にも全然来てないし」
「え、来てない……?」
「そうそう。サボり癖ついたんじゃね?」
ふっと笑いながら、相手は軽く肩をすくめる。
「そっか……ありがとう」
詩紋は軽く頭を下げてその場を離れた。
──けど、違和感が残る。
水無月がサボり癖? そんなキャラじゃなかったはずだ。本が好きな奴なのに図書委員をサボるとか意味分からない。
「嘘を付かれてる……俺が怪しいから……」
……クヨクヨしてても仕方ない。聞き込みはトライアンドエラーだ。次はいい情報が聞けるはず。
* * *
廊下の端でスマホをいじっている女子生徒──今井を見つけた詩紋は、内心の緊張を隠すように軽く声をかけた。
「あの、ちょっといい?」
今井とは前のループでも話をしている。そして西条と同じ国際情報科。小春は「西条はシロ」と言っていたが、一応調べてみる価値はあるだろう。
二度目の邂逅。しかしながら、今井には詩紋と会った記憶はない。
相も変わらず美人で不機嫌な顔。気の強い美人は苦手だ。
「……一応聞きたいんだけど、僕らって初対面だよね?」
「は? ……そうでしょ。なんなの?」
「あー、こっちの話。ちょっと世間話が見つからなかっただけ。ほら、今井先輩って美人だけど気が強そうだから、どういう風に話せばいいか分かんなくて」
今井の顔に『不快』の二文字が現れる。新手のナンパとでも思われてるのだろうか。残念ながら心の先約は既にいる。
……なんてことは言えず。詩紋は咳払いを二度ほどおこない、話を戻した。
「分かったごめん。本題に移るね……西条って知ってる?」
「……一年生の子?」
「そう! 理由は言えないんだけど、今ちょっと西条について調べててさ。なにか知ってることがあったら教えてほしくて」
チッ、と露骨な舌打ち。美人に目の前で舌打ちされると、心の弱い詩紋は折れそうになる。
「知らない。話したこともないし」
「同じ学科でしょ? くだらないことでもいいからさ。なんか気になることとか、怪しい動きをしてたとかない?」
「だからないって……」
ほんのりと今井の顔が赤くなる。しかし必死な詩紋ではその変化に気が付くことは出来ず──。
「頼むよ、ほんのちょっとで──」
「──だからないって!」
廊下全体に響き渡る怒鳴り声。周りの視線は二人に集められる。
「……ご、ごめん」
「もういいでしょ。私行くから。あと、先輩には敬語使ったほうがいいよ」
「あ……」
今井も恥ずかしくなったのか、そんな捨て台詞を吐いてその場を後にした。
「……ちょっと君。今はあんまり今井さんには話しかけない方がいいよ」
今井の怒鳴り声を聞いた女子二人組が詩紋の元へとやってくる。
「ほら、理科準備室の事件。今井さん、あの殺された楠木君のことが好きだったらしいんだよね」
「そう。だからピリピリしてるの」
「そ、そうだったんですか」
どうりでピリピリしていたわけだ。好きな人が死んだ後に、よく分からない男がしつこく話しかけてきたら、怒るのは当然のことだ。
しかし小春の時はイライラこそしてたが、怒鳴りはしなかった。
「……前は敬語使わなくても言わなかったのに」
悪態をついても失敗は失敗。今回もなんの情報も得られなかった。
証拠探しと容疑者に関する聞き込み。二つを同時にこなしてこそ『名探偵』だと小春は言っていた。
なら、その片方すら満足にできていない詩紋は『探偵』の土俵にすら立てていないと言える。
「……次だ次!」
* * *
「なぁ、ちょっといい?」
今度は話しかけやすそうな気弱そうな男子学生に声をかけてみた。
「な、なんですか?」
「平野と同じクラスだよな? なんか平野が気になることをしてたりしなかった?」
「平野……? えっと──あぁ、アイツか」
「同じクラスだろ? なにか気になることとかないか?」
「気になることなんて言われても……あいつ影薄いし接点ないんだよ。オマケに、喋れば『俺の親父は船の船長でー』とか『俺は全日本研究発表会でー』とか自慢してくるし。嫌いなんだよ」
「あーそんなのはいいんだよ。他になにかない? さっきの時間だよ。ここに居たと思うんだけど」
「そんなこと言われたって……」
「なんでもいいんだ。『いつもと違うことをしてた』とか、そんなこと──」
「──ちょっと」
後ろから出てきたのは気の強そうな不良っぽい女子生徒だった。
「何聞いてんのよ。しつこいんじゃないの? 遠藤君も困ってるんだけど」
「ま、待って。困らせるつもりはなくて──」
「さっきから噂になってるよ。『変な奴が探偵の真似事をしてる』って。はっきり言って気持ち悪いんだけど」
「う……」
その言葉に詩紋は言い返すこともできず。スゲスゲと二人から離れるしかなかった。
* * *
「──クソっ! んだよ、どいつもこいつも!」
ストレスをぶつけるように、掃除用具入れを叩いた。甲高い音が響いて周りの生徒の視線が詩紋に集まる。
……何を物に当たっているんだ。自分の技術の足らなさが原因なのに。なんて惨めな姿だ。こんな姿、小春には死んでも見せられない。
「誰か殺されるかもしれないってのに、なんで誰も分からねぇんだよ……!」
これまでに聞いて得たものは──なし。もう一時間は経つというのに、何一つとして情報を得られなかった。
「垣花さんなら聞けてたんだろうな……」
小春なら、もう十個くらいはいい情報を聞けているはず。あの子の尋問技術は凄かった。息をするように相手の懐に入り込み、聞きたいことだけを聞いて去っていく。
詩紋では真似できないことだ。あんな器用な話し方をすることができない。しかも初対面の相手にだぞ。
自分じゃ小春のようなことはできない。それならどうするか──。
──なぜか小春のドヤ顔が思い浮かんだ。刑事の話を盗み聞きした時の。あのムカつくが可愛い顔を──。
「……尋問が、無理なら」
話を聞くのは無理だ。だったら──話を盗む。それしかない。
盗み聞きは小春とやった。刑事相手にできたのだ。学生相手ならもっと楽なはず。
あまりいい方法とは言えないが、詩紋に残された方法はこれしかない。……多分。
「あぁ、もう! 自信を無くすな神代詩紋!」
ナイーブになれば引きずられる。空元気でもいいから気持ちを盛り上げろ。
詩紋は拳を握りしめ、また歩き出した。
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