第56話 烈風▪疾風▪納豆藩、海路を行く ! ①

【十兵衛side】


 親父殿柳生但馬守宗矩の命により、俺達は納豆藩が幕府に運ぶ新酒の護衛をする為に弁財船べざいせんにのりこんでいる訳だが……


「十兵衛殿 ! こんな時期に海路を選ぶなど無謀でござる !

 これでは自殺をするも同じ !

 やはり陸路の方が確実だったのではござらぬか !? 」


 納豆藩 船奉行の岸和田伊右衛門きしわだ いえもんが抗議してきた。

 いやいや、俺の考えじゃ無いぞ !

 親父殿からの指示なんだが、俺のせいにされても困るんだがな……

 しかし、そのまま伝える訳にもいかないので、


「 いや……六百こくにのぼる量の酒樽を今月末の期日に間に合わせるには陸路では難しいだろう。

 それに長い隊列を組んでの運搬は、反幕府派や盗賊に襲撃を受ける可能性があるからな 」


 秋から冬にかけての海は荒れやすく、荷崩れが起きぬように厳重に縄で固定してある。


 むしろ、身内である主水が新酒を盗み呑みしないかの方が心配だったのだが……


「おっ…………えぇえぇぇぇ~~ンげぇえええ !! 」


 船の縁に捕まり船酔いしている主水の様子から盗み呑みは出来ないだろうと判断した。

 鹿島灘は潮が速く船の難所でもあるのだが、主水を見た伊右衛門は不安を覚えたのか、


「こちらも貴方方を信頼したいのですが……

 あのような状態で果たして、風魔や魯西亜をろしあの手から守れるのか……はなはだ心許ないと申しますか……」


 俺は正成と顔を併せてため息を吐いてしまう。

 仲間思いの正成も主水や胤舜殿宝蔵院胤舜の醜態を見せてしまった手前、文句も言えなかった。

 船底では胤舜殿が船酔いでのびてしまい、酒樽の監視を頼み寝てもらっている。

 槍の宝蔵院も嵐には勝てなかったようだな。


 そうした中、水夫が俺達に近づき、


「お奉行様、風が変わりました !

 帆はこのままで、よろしいので ? 」


 流石、海の男達は俺達と違い、黙々と嵐の中で作業をしていたようだった。


銚子ちょうしにたずねよ !

 奴はどうした ? 」


「それが、お姿が見えませんので……」


「銚子 ! 銚子は何処だ ! 」

 伊右衛門が大声で呼びかけると、一人の老武士が駆け付けてきた。


「お呼びで…………」

 いかにも無愛想な老武士が現れると、伊右衛門が不安げに近づいて行く。

 船手組頭ふなて くみかしら 銚子新兵衛しんべえ

 ウチの頑固親父殿と同じ類いの者だと感じる。


「何をしておったのだ !? 」


「積み荷の様子を見に下へ……行っておりもうした 」


「そんなことより、早く水夫に指示を与えんか ! 」


「はっ ……」


 新兵衛が水夫に指示を出す姿を確認して、明らかにホッとする伊右衛門。


 若く経験の浅い伊右衛門を経験豊富な新兵衛が支えているのだろう。


「まったく、面目ない……」


 ぐったりした主水が戻ると、


「今はまだいい。

 肝心な時に動けるように身体を休めておけ ……」


 正成が言うと、フラフラに成りながら主水が、


「悪いな……言葉に甘えさせて休ませてもらう ……」

 そう言い残し、船底に向かっていく主水。


 不味いな……今、動けるのは、俺と正成だけか。

 こんな状態の時に風魔や魯西亜に襲われでもしたら、一溜りも無いぞ




 ─── 十兵衛は知らなかった……

 自らフラグを立てていたことに …… ───


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