第44話 魯西亜 ⑥

【十兵衛side】


 狡魔の忍者が蛾にまとわり付かれながら苦しんでいる。


 奴から情報を引き出す為に近づこうとしたら、


「十兵衛殿、近づいてはなりませぬ !

 アレは南蛮の毒蛾でございます。

 いかに十兵衛殿とはいえ、沢山の毒蛾に集られては命がありませぬぞ !」


 半兵衛からの諫言かんげんに足が止まった。


「毒蛾だと !?

 南蛮には、そんな危険な虫まで居るのか ?

 だいたい、ここは日の本だぞ。

 どうして異国の虫が居るんだ ?」


《クッ クッ クッ クッ、 それは俺様が連れて……極東の猿には我らがロシア帝国の言語は理解出来ぬか……仕方ない 》

「その毒蛾は俺様が手塩にかけて育て上げた毒蛾だ。 その無能に使うのはもったいないが、俺様が直接 処刑してやるのだ、感謝するが良い !」


 ※《◇◯◌□◎》はロシア語です。


「貴様、南蛮人か ! 何処の国の者だ、名を名乗れ !」


 仲間であろう狡魔忍者をいとも簡単に見捨てる南蛮人に怒りを燃やす正成が叫んでいた。


「今から死んで行く貴様らには必要あるまいが、誰に殺された事も知らないと云うのは、あわれだから教えてやろう。

 俺様の名は、ドワルダスキー。

 いずれ、お前たち黄色い猿のご主人様に成る者の一人だ !」


 悦に入っているところを俺たち全員で襲う合図をした。

 得体の知れない相手に卑怯もクソも無いだろうわ!


 しかし、奴が水袋を取りだすと……


「絶対に水袋の中身を浴びないでください !

 おそらく、アレが毒蛾を呼び寄せているのだと推測します ! 」


 半兵衛の諫言に俺様の動きが止まる。

 奴はニヤニヤしながら、


「次は誰がいい ? 俺様の投げ業から逃げられると思うなよ ! 」


 ポンポンと水袋で、お手玉をして挑発してやがる !

 なめやがって、とにらんでいたら……


 シュッ、 パシャ !


 水袋が破裂して、奴自身が濡れてしまった。

 それに気がついたのか、狡魔忍者に取り付いていた毒蛾が奴を襲い始めた。


 奴は逃げ出したが、服の下に鎖帷子くさりかたびらを着こんでいるのか、足が遅く毒蛾に追い付かれてしまい……


 やがて動かなく成ってしまったところで、かがり火を近づいて設置すると、誘蛾灯のように毒蛾が次々と炎の中に飛び込んで行った。


 死して屍拾う者なし


 闇に生きる者の掟とはいえ、少々 憐れに思えてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る