実力を勘違いされ国を追放された陰陽師、国を出て村を作る〜ぐーたら過ごしたいだけなのに次々と厄介事が降ってくる件〜

恋狸

第1話 追放と勘違い

「あー……どうしよっかなぁ」


 神無月伊織(22)。

 この度国を追放されて無職になりました。



☆☆☆


「おいグズが。何サボってんだよ」

「規定の仕事は終わらせたけど」

「終わらせだろ、この役立たずが」


 日差しが眠気を誘う昼下がり、午前中に仕事を終わらせた俺は、突如ズカズカと部屋に侵入してきたに目を移した。

 腰まである長い黒髪を後ろで束ね、狩衣装束越しには、よく鍛えられた筋肉があった。


 神無月かんなづき康太こうた

 弟でありながら俺の上司である。


「あー、すみません、神無月一階級陰陽師。前述の通り、定められた分の仕事は終わらせましたが」

「仕事が終わったら次の仕事がある。当たり前だろ? お前は雑魚で禄に魔精相手に戦えないんだからよ。俺らの分まで地味な事務作業をこなすのが筋だ!」


 目茶苦茶な論理だし、この世には労働規則というものがある。……まあ、規則自体あってないようなものだけど。

 俺の弟である康太は19歳でありながら、実質上の最高位である一階級を授かった天才陰陽師だ。


 対する兄の俺は最下級の六階級陰陽師。

 禄に魔精相手に戦えないと判断され、薄暗い部屋でひたすら事務作業と戦う戦士である。

 

 この国では強いやつが偉い。

 脳筋思考極まりないが、政治、国防ともに陰陽師という職業が担っているのだ。 

 最下級の俺は情けないことに弟にすら逆らえない。


「……分かりました。滋賀原しがはら二階級陰陽師に作業が無いか確認してまいります」


 屈辱とは感じたことがない。

 仕方のないことだと諦めているわけでもない。

 これが俺にとって世界の全てでこの世の条理だ。

 粛々と頭を下げる俺を見下ろす康太から、ギリッと歯を食いしばる音が聞こえた。

 プライドの欠片もない兄を嫌っているのは理解の範疇だ。


「その必要はない。俺がたっぷり仕事を持ってきてやったからなぁ」


 ドサッと頭の上に多くの書類が降り落ちる。 

 確認してみると、そのほとんどが康太にまつわる書類であり、俺にとっては職務外の内容のものだった。


「いや、これ神無月一階級陰陽師の……」

「──何か文句でもあんのか?」

「……いえ」

「チッ、こんなクソみたいな兄を持ったのが人生の恥だ」


 鋭い目つきを持つ康太は、まるで人を殺すような憎々しげな表情で去っていった。

 

「そもそもお前が手柄を奪ったのが……。いや、今更言ったって意味ないか」


 過去の記憶を振りほどく。

 俺はただの六階級陰陽師。事務作業専門の雑魚でしかないのだから。



☆☆☆


「お前をこの国から追放する」

「……え?」

「聴こえなかったのか? この国から追放すると言っているのだ。二度と敷居を跨げると思うな」


 仕事を終え、一段落ついた頃、父上から呼び出された俺は、開口一番『追放』という言葉に驚愕を禁じ得なかった。


「……ですが、この国の技術が渡ることは問題なのでは……」

「お前みたいな雑魚が他国に渡ったところで問題はないだろう。重要書類も任せた覚えはない」


 それは……まあ、確かにそうかもしれないな。

 思わず納得してしまったが、父上目線だと俺は役立たずで穀潰し。さりとて実力があるわけでもない。

 手放したところで何も問題はないだろう。


「そもそも康太が一階級に昇級した時点でお前を切り捨てるべきだった。所詮は妾との子だ。お前も……他国の方がやりやすいだろう」


 俺を慮ってるフリをして、父上の表情は嘲笑に歪んでいた。体よく厄介者を排除できるとあからさまに喜んでいる。


 ……ここらが潮時かもしれないな。

 この国にいたところで何も良いことがない。とはいえ、他国に伝手も何も無い。上手くやっていけるかどうかは博打でしかない。


 ──そもそも他国に行って何をする?

 仕方ないから真面目に事務作業をやっていたものの、別にやりたくてやってるわけじゃない。

 性根はぐーたらで寝ていたい主義だ。


「……わかりました。今夜中に国を出ます」

「そうか。なら、さっさと支度をするのだな」


 最後まで父上の表情に、俺を気遣う色は無かった。








 

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