焼肉

赤井あおい

二人の男

 ____男は肉を焼いていた。


「で?味はどう?」

「よくわかんない。たれのあじ」

「そっか。それどこの肉だっけ」

「うーん?足?」

「じゃあモモ肉だな。多分」

「へー」


____肉汁が網から零れ落ちて、七輪の炭が激しい音を鳴らす。しばらく、男は男が肉を食う様子をじっくりと観察しているようだった。沈黙を破ったのは観察していた男。もう一方の男が皿に乗せた肉を食い終えた時だった。


「お前さ、もつ鍋って食ったことある?」

「なにそれ?」

「えーとな、九州の方のやつが有名で美味いんだけど」

「九州、行ったことないよ」

「知ってる。お前、この辺から出たことねえもんな」

「うん」

「まあ、ここで言うモツってのは要するに小腸のことでさ。ああ、これだよ。これ」

「ながーい」

「普通は短く切って提供される」

「へー」

「まあ、これは俺の持論なんだが、モツは油が多いからもつ鍋にするのが一番うまいと思ってる。油が汁に溶けるのが美味いんだよな。実はカレーに入れても案外行ける」

「ふーん」


____男が細かく食べやすいように切った小腸を網に乗せると炭はより一層激しい音を奏でる。煙で視界が悪くなる。二人はその音を静かに聞いていた。他の音は何も聞こえない、静かな時間だった。肉が焼けると、それを皿に乗せて男は再び口を開く。


「これくらいでいいかな?どうだ?美味いか?」

「あんまり。ぶよぶよでおいしくない」

「……そっか。じゃあ、あとで捨てておくよ。……ほかに何食べたい?」

「うーん。もういいかな。たのしかった。ありがとう」

「そうか。なら良かったよ。お酒とか飲むか?いっぱいあるぞ。あんまり冷えてないけどさ」


____男は缶ビールをじっと見つめる。焼くものがなくなった炭は静かにパチパチと音を立てる。


「ビール」

「そうビールだ」

「この前、まちがって飲んだら怒られた」

「そうか。別にお前も飲んでいいんだけどな。法律上は」

「殴られて痛かった」

「そうか」

「でもその後に机にぶつけたほうがもっと痛かった。だからお酒きらい」

「そうか。悪かったな。俺は飲みたいんだが、飲んでもいいか?」

「……いいよ」

「ありがとう。二日酔いを気にしなくていいからさ。思いっきり飲みたい気分なんだ」


____そう言うと男は缶ビールを勢いよく飲み干した。あまりの勢いに、顎をつたって服の中にいくらかのビールが流れ込んだのだが、男は濡れた服のことは一切気にしていない様子だった。


「お父さんみたい」

「そうか?いやまあお前の親父のことは知らないんだけどさ」

「そこにいるよ」

「あー、そういう事じゃなくてだな。話をしたことがないって意味だよ」

「ふーん。そっか。何だか眠くなってきちゃった」


____七輪の火は少しずつ弱くなる。だんだんと、世界から音が消えていく。


「あのさ、なんか昔の人は身体の悪い部分があるときにそれと同じところを食べるとよくなるって信じてたらしいんだよな」

「ふーん。やっぱり君はかしこいね」

「いや、小説読んでてたまたまそういう話が出てきて知っただけ」

「そっか。でも僕はしらなかった」

「でさ、お前の場合、やっぱり頭だよなって。ごめんな、失礼な話だけど」

「そうだね。今からでも食べたらよくなるかな?」


____そういうと男は寝転がったまま死体の頭に手を伸ばした。


「やめとけ。ならないから。すまんな、最後がこんなくだらない話で」

「いいよ。ちょっとだけかしこくなれてうれしい」


____部屋は既に煙が充満していた。


「ねむいや。さきにねるね。おやすみ」

「おやすみ」


____男は意識を失った男の頭を優しくなでた。




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