ダイス②



 「ふぉォ──!ふぉッふぉッふぉッ!言うておらんかったがのぅ、実はこの空間は『空間自体』が『意識』を持っておるんじゃよ!その地面のへこみは空間の介入。儂に準ずる者、だったかの?観点はよいが空間は『者』のうちには入らない。詰めが甘いぞぃ!ふぉっふぉふォ!

 儂はのぉ。小僧!お主みたいな自身満々の表情と心を砕いて眺めるのが大好きなのじゃよ!残念じゃったのぉ!」


 白い老人は楽しそうに、声に無邪気さを含ませてケタケタと笑いながら若者へ告げる。今、起こっている出来事に絶望しているであろう若者へ向けて。


 老人は若者を見る。どんな顔をしているのか、彼の絶望の表情は一体どんな顔の形をしているのか、見てみたかったからだ。

 だが浮かんでいた表情は今この瞬間には全くありえないものだった。いや、ありえなくはない。だが決して現状から結びつけられるような表情ではない。あまりの絶望に狂ったのか、そう疑いそうになる表情。

 そう──笑みを浮かべていたのだ。


 ゆっくりとその笑みは老人に向けられていく。その笑みを見た途端なぜか背筋にヒヤリとした感触を覚えた。ありえない。虚勢に違いない。白い老人はそう自分に言い聞かせることしかできなかった。



 「出た目を見てみろよ。なんだ?見えるか?出た目の数が」 



 そして先ほど老人がそうしたように。声に楽しさと無邪気さを含ませ、老人の絶望を伺うように、若者は老人へと告げた。


 若者に促されるがままに、ゆっくりと視線をサイコロへ向ける。へこんだ地面に落ちたサイコロへと。そして視線がサイコロに重なったとき、老人の目は限界まで見開かれたあとダラダラと滝のような汗を流し、目を泳がせながら驚愕を無意識に口にだしてしまう。


 「な、なぜじゃ。運か?予想外の事態がおきて、なお強運で6を出したとでもいうのか?

 じゃがそれでも今の一連の出来事に一度も驚愕の表情が浮かばなかった理由にはならない。少なくとも予想外の事態が起きたのは事実。人間なら誰しも驚愕をすれば体に反応がでるというもの。なのに主には全くと行っていいほど反応がなかった。まるで、そう。まるで知っていた、かの、よう、に…?」


 ありえない。だがそのありえない答えしか現状を説明できる手だてがない。その事実に老人の中には葛藤が産まれていた。


 そして、まるで好きな音楽を聞いてるかのように、幸せそうな顔をして老人の声へ耳を傾けていた若者。出来ることなら録音して音楽プレイヤーに入れたいとすら思っていた。


 「『空間が意思を持つ』ね。ジイさん、あなた俺へ付与したスキルを忘れたのかい?」


 

 既に老人の顔で滝のように流れていた汗の勢いがさらに強くなる。そして流れていく汗の量に比例して顔もみるみる青くなる。思い出してしまったのだ。自らの失態を。


 「………『【鑑定】LV極』」


 やってしまった、老人はそう思わずにはいられなかった。まさか自分の付与したスキルを勝負に利用されるなど思いつきもしなかった。【鑑定】のスキルの付与は、一時的なもの。異世界へ行ったと同時に勝手に消えるのだ。だから老人にとって付与したスキルをいちいち解除するのは、手間そのものだった。


 ──その手間を惜しんだ故に老人は敗北した。


 詰めが甘いのは自分のほうだったと老人は自らの発した言葉を深く後悔するのと同時に自らの甘さを呪わずにはいられなかった。

 

 「じゃが、」


 だがそれでも疑問が残る。


 「じゃが、この空間がどのように動くかなど予想できるはずが…。いや予想はできる、じゃがその予想を導くための情報は本当に膨大じゃ。世界を覆う世界、さらにその外側の世界にまで。儂かてやれと言われたらためらわずに無理と言うじゃろう。それを、それを貴様がやったとでもいうのか…?」



 若者は初めから浮かべていた笑みをそのままにして狼狽えた老人へ口を開く。述べられた言葉は、老人が若者へと最初に告げた言葉だった。





 「『出た目がすべて』だろ?」




 出たダイスの目は『6』だった。




♦︎




 



 「なんか選べるスキルの数少なくないか?」



 「あれは特別製じゃ。本来のスキル選択のときはそっちで行うんじゃ」


 

 「えぇー?じゃあそっちでスキル選択しなーい?」


 「このガキィ…あんま調子にのってくれるなよ…?」



 うわっ、ジジイの顔の血管がぴくぴくしてる。さっきまで青い顔して狼狽えてたクセに。そんな顔したって忘れないからな。というかそんなカリカリして血圧とか大丈夫なのか?


 サイコロの試練を乗り越えた俺はさっきまで汗をだらだら流し面白いくらい狼狽えていたジジイとスキルを選んでいた。だがさきほど見たスキル一覧は特別製らしく今見ているスキル一覧は先ほどと比べて大分すくなくなっていた。さっき良さそうなスキルをついでに覚えていたんだけど意味なくなっちゃったな。


 「そんなカリカリすんなよ。食うか?いちごかぼちゃごぼうメロンパン」


 「自分で食べて吐いた物人をに勧めるでないわッ!」


 ッチ。だがじじいの言う通り、あれは本当に奇跡的なまずさだった。まとわりつくようなくどい甘さと土臭さの残る苦みが絶妙にマッチした味。食感もサクッとした外側にねばっとした内側が見事にマッチして生理的嫌悪感を最大に引き立てていて、泥水でもいいから口の中を濯ぎたくなる、そんな食べ物だった。後から味を思い出してさらに吐いたときは呪いかと思ったほどだ。

 くくく…じじいにも味合わせてやるからな…。





 「よし、スキルはこれでいい」


 「決まったかの。それじゃあ転送するぞぃ」


 いよいよ異世界か。どういう風に過ごすかはまだ決めていない。だがとりあえずは自分の能力を上げることに努めるつもりだ。ゲームとか憧れてたし。まあ、何が起こるかはわからないが勝負に勝ったことだしとりあえず幸先は良いほうだろう。



 転送が始まったのか地面が光輝いていく。この光、俺がここに来る前にコンビニで見た光と同じだな。


 まぁ今はそれよりも


 「ふっふっふ!このときを待っていた!味わえいちごかぼちゃごぼうメロンパン!『転送』!」


 俺はスキルを使って、手に持っている暗黒虹色パンをじじいの口の中へ送り込む。


 

 じじいの悲痛にまみれた叫び声とともに光に包まれ俺は異世界へ転送された。




 ♦︎




 「げほっげほっ…」



 恐ろしい置き土産じゃ。世界中にまずいものを集めて凝縮したような絶妙なまずさじゃ。

 


 しかし今回は非常に有意義な時間じゃった。あやつは熱中しすぎて気づいておらん様子じゃったが既に数年近い時間が流れておる。この空間は世界とは隔離されているため時間に対しては問題はないかもしれんが少し召喚の場所に齟齬がでるかもしれんのぉ。

 まぁそうなったらそうなったらのこと。間違いもまた『世界』の一部。ダメなことなど何もありゃせんわい。それにあやつならどこでもあの世界を楽しむことができるじゃろう。


 儂はふと小僧の振ったダイスへ視線を向ける。それは祭りが過ぎ去ったような哀愁のようか感情がそうさせたのかもしれん。

 そう、確かに振り返ってみれば楽しかったもんじゃ。あやつとの勝負は。

 サイコロを眺めながら少し感慨深さを感じておった。選別として付与していた鑑定もそのままあげてしまったほどじゃ。


 「ふぉ?」


 このダイスこんなんだったかの?

 微妙に感じる違和感に思わずダイスへ手を伸ばす。そして手がダイスに触れた瞬間、上を向いているはずの『6』を記していた面がスゥーっと、まるで最初からそうだったかのように、あるいは夢から覚めるように、少しずつダイスの『6』が『2』の面になっていった。



 事態の把握ができず体が硬直する。そして起こった出来事を理解すると同時に体がカッと熱くなるのを感じた。それは怒りからなのか、まんまとはめられた羞恥から来たのかは分からないが。


 「あ、あぁあ…あ、あんのクソガキィ…!!」



 祭りはまだ終わっていなかった。

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