(3)

 あれは……漫画家の福岡憲明のアシスタントをやった時に、資料として観せられたヤクザ映画だったか……それとも、俺が生まれる前に起きた本当の事件についての話だったか……。

 ともかく、俺は待ち続けていた。

 何かの映画の……あるいは実話の……敵対する組の組長の命を狙って、ターゲットが愛人を住まわせてるマンションの前で何日も何日も何日も待ち続けたヤクザのように、ずっと待ち続けた。

 漫画家の安房清二を……。

 俺が、その動画を受け取ったのは……よりにもよって、NTRもののエロ漫画の原稿を描いてる時だった。

 専門学校の頃から付き合ってた彼女は画面の中で、知らない中年男と……明らかにラブホの一室で……裸で……。

 エロ漫画の定番のようなポーズで、エロ漫画の定番のような台詞を……ただ、顔だけが、喜んでるのか泣いてるのか判らない表情だった。

 よりにもよって、その動画を見た俺は……やってしまった後に、いわゆる「賢者タイム」は来る事なく、自分で自分のナニを切り落したくなる程の嫌悪感だけが残り……カッターナイフを手にしたが、本当に自分で自分を去勢するような勇気も狂気も俺に有る訳はなく……。

 そして、翌朝、彼女は死んだ。

 安房清二が運転する車の事故で……。

 そして、今、ようやく……人通りが少ない時間帯に、奴が1人で朝帰りしているのを見付け……。

 通行人を装って、奴とすれ違う。

 ある程度、距離を取ってから、体を奴の方に向け……マズい。

 ヤツが、こっちを見ている。

 俺は走り……奴に飛び蹴り。

 ヤツは倒れて、頭を打ったようだ。

 俺は、ヤツに馬乗りになり……ヤツの口の中にカッターナイフを捩じ込む。

 口の中のどこかに刺さった感触。

 俺は、わざとカッターナイフの刃を折る。

 俺が、以前、アシスタントをやったヒーローものの漫画「護国軍鬼ニルリティ」に出て来た、あの兇悪な武器にヒントを得たやり方だ。

 通常の傷なら瞬時に再生してしまう怪人用に作られた、逆棘が付いてて刺すと簡単に抜けない上に……刃の根本から折る事が出来るナイフ。そいつで刺されると、外科手術以外に刃を体から取り出す方法は無い。

 足が付かないように、別々の店で何本も買った大型のカッターナイフ。

 それで何度か練習した。

 俺は、奴のダウンジャケットのファスナーを降すと、次のカッターナイフを取り出し……そして……。

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