警察署の老人

元警察官A氏から聞いた話


A氏が働いていた警察署は、地下階があった。

地下は一般には用のない施設だったので、地下への階段も「関係者以外立入禁止」という看板を立てていた。


ちょうどA氏がその看板の前を通りがかった時だった。

地下から見知らぬ老人が登ってきているのに気づいた。

よぼよぼとして、かなりの高齢に見えた。

立入禁止看板の向こうにいたので、A氏は声をかけた。

「そこから地下は立入禁止ですよ」


老人は笑って頭を下げた。

「どうもすいません。はっと気がついたら、ここにいましてね。自分がどこから来たかも、よう分かりませんで」


老人の言葉を聞き、A氏は「保護」された老人かと思った。

警察の生活安全課は迷い人や行方不明老人を保護する業務を担当している。 


A氏は、保護された老人がトイレでも探して警察署内で迷ってしまったんだろうと思った。

「御主人、生活安全課は上の階ですよ。私についてきて下さい」A氏が言った。


老人はA氏の後をゆっくりとついて来た。

A氏は話しかける。

「御主人お名前は?」

「タナカイサムです」

「住所は?」

「〇〇町です」


刑事課員だったA氏は立ち止まった。

そして思わず口にした。

「〇〇町のタナカイサムさんって…先程孤独死された方と同じ名前じゃ…」


瞬間、後ろの老人が「あっ」と声を出した。


咄嗟にA氏が振り向く。


そこにいたはずの老人は消えていたという。


A氏は語る。

「地下には、公用車の駐車場と霊安室があったんですよ。タナカイサムさんは独居老人でしてね。机の上に新聞とお茶の入った湯呑みをおいた状態で、新聞を読むように突っ伏して亡くなってました。発見されるのが遅くて、ご遺体は腐敗していたんですよ。

おそらく、ご自身でも何気なく新聞を読んでいただけで、死んだことに気づいてなかったんでしょうね。突然霊安室に連れてこられて、困惑したんでしょう…」

 

霊安室に運ばれたタナカイサムさんの霊が、ひょっこり現れたんだろうとA氏は言う。


【おわり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る